第16話 質問

「ドウシテ 話シテシマッタノ?」


 暗闇の中に響くその声は、すぐ近くから聞こえた。


「二人ダケノ 秘密ニ シテオキタカッタノニ」


 なじる口調だ。

吐息を首筋に感じたが、自分でも自分の身体すら見えなかった。辺り一面、視界いっぱいに広がるのは黒一色である。


『誰なの』と問いかけようとした紗和の声は、暗闇に吸収されたかのように、一つの音にもならなかった。


「デモ君ガ アイツヲ見ツメル時ノ目ハ  ワルクナイ 抱カレテイル時ノ顔モ ダカラシバラク ソノママデイイ 僕ノコトヲ 話シタコトモ 責メナイデアゲル」


 声に軽やかな笑い声が混じった。言葉以上の他意は感じられないが、かえって紗和の胸は不穏に揺さぶられた。


「僕ヲ知リタイ?」


 紗和の心は見透かされている。そのことは、紗和自身にも分かっていた。


「イツカ 教エテアゲル」


 遠ざかる音が聞こえた。次第に視界全てを支配していた漆黒も、色を薄めていった。

 明るくなったその場所には、誰の姿もなかった。紗和はただ一人佇んでいて、波の音が聞こえてくる。


「名前……何ていうの」


 小学生だったあの頃。

何度も訪れた海水浴場で、紗和はその質問をしたかった少年を探していた。ついに彼は見つけられず、その言葉を口にすることはなかったのだが。


 あの時頭の中で何度も唱えた質問を、声に出して佇んでいた。

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