第15話 虚像

 すやすやと寝息を立てる恋人の前髪を、整えるようにそっと撫でつけた。つい先程まで話をしていた唇からは、規則正しい呼吸音だけが漏れている。


「追いかけてくる……か」


 話し切って安心したのだろうか。

つぶさには信じがたい話を打ち明けた後、紗和はベッドに横たわり、程なく深い眠りの沼へと沈んでいった。


――“あの子”って、どんな奴なんだ


 小学二年生の紗和と一緒に、砂の城を作って遊んだという少年。

名前も知らない一度会ったきりのその少年が、記憶の中で紗和を追いかけてくるのだという。


あからさまに襲いかかってくるわけではない。

ただ彼はいるのだ。紗和の記憶の中。過去の記憶のどこかしらに。時間旅行をする紗和を待ち構えていたかのように。時には記憶の中の誰かに置き換わって。


――思い込み? 紗和の妄想? 恐怖心から虚像を作ってしまったのか?


 脳や記憶とは意外といい加減なものなのだと話した、過去の会話を思い出した。健人自身、そんなに記憶力が良い方ではない。昔の出来事を詳細に覚えている紗和のことを、素直に凄いと感心したものだ。


「大丈夫だよ」


 紗和に語りかけるように、自分に言い聞かせるように、健人は呟いた。声にすることで、気持ちは上向きになるかもしれない。


――思い込みだよ


 その少年は今もどこかで、自分達と同じくらいの若者として、普通の生活をしているのだろう。

そう考えれば、紗和の怯えようが滑稽にも思えてくる。

 しかし――


「……うん……」


 うめき声にベッドに目を落とせば、苦悶の表情の紗和がいた。

ギリギリと歯を噛みしめる音がする。


「紗和」


 揺り起こそうと試みたが、紗和はなかなか瞼を開けなかった。

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