第12話 揺らぐ確信

 その子の顔は、際立った特徴があるわけではない。奥二重の目も、尖った鼻も、穏やかな弧を描く眉も、美醜どちらに振ったものでもなく、印象に残りにくいと言える程度であろうか。


 だからすぐに思い出せなかったのだ。紗和はそう言い訳しつつ、それにしては一度確信してしまってからは、逆にその顔は一つ一つの表情を含めて記憶に深く刻みつけられてしまっていた。


――もう忘れることはできない


 変な暗示をかけてしまっただろうか。

後悔しても遅い。


 紗和はその後、どの旅先に脳内旅行で出かけても、“その子”と出くわした。


 七五三のお神酒を舐めて顔をしかめる紗和の隣で、彼も同じようにお神酒を舐めていた。


 幼稚園のクリスマス会で、紗和が取り落としたプレゼントを拾い上げてくれたのは彼だった。


 弟が生まれた日、産院のキッズコーナーで絵本を読む紗和の隣で、彼はブロックで城を作っていた。


 現在の実家に引っ越してきた日、家から一番近い公園の場所を教えてくれたのが彼だった。


 小学校の入学式の日、隣の席に座っていたのは彼で、六年後の卒業式で送辞を読んでいたのは彼だった。


 中学の林間学校で、同じ班の彼はカレーを食べ、バスの隣の席でうたた寝をしていた。


 高校二年の学園祭。後夜祭で紗和に告白してきたのは、彼だった。その後すぐに別れて、気まずくなったのも彼だった。 



――なぜ。なぜ。おかしい


 確実に初めて出会ったのは、あの夏の日だ。紗和が小学二年生で、弟が溺れそうになったあの日。あの時を起点にして、それよりも昔の記憶に彼はあの時よりも幼い姿で現れ、あの日よりも未来の記憶の中では、彼は紗和と同じように成長して現れた。


――そんなはずない。だってあの子と会ったのは、あの日一度きり……


 あれから彼に再会したことはなかったし、あれより前に会っていたことはない。間違いない。間違いないはずなのだ。


――そのはず……でしょう?


 考えこむと、確信が揺らぎそうになるのは何故だろうか。

 紗和は自分の記憶に、段々自信が持てなくなっていくのだった。それは非常に心もとない感覚で、不安を誘い、彼女の心を不穏に陥らせるものだった。

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