第6話 いい加減な記憶
向日葵の公園から帰宅した紗和と健人は、例のベビーカーが写る写真を、一冊のアルバムの中から発見した。確かに水色の日除けのついた、古いデザインのベビーカーだった。色褪せた写真越しにも、日除けに所々シミがついていることが見て取れた。
「このベビーカー、こんなにボロボロだったっけ。内側からの記憶しかなかったけど、改めて全体見るとかなり印象が変わるものだね」
日除けの色は、紗和の記憶よりもずっとくすんでいる。鮮やかな水色には見えなかった。
「思い込みだろう。人の脳って、都合の良いように記憶を作り替えてしまうこともあるらしいから」
「そうなんだ」
アルバムのページをめくっていく。赤ん坊の紗和が少しずつ成長して、幼稚園の入園式の一枚が最後のページに貼り付けられていた。
「過去って無駄に美化されがちだしな」
「ふうん。そういうものか」
それなら、もしかしたら脳内で繰り返し訪れていた過去の旅行先も、実際とはかけ離れた場所なのかも知れない。確かにあったと考えている物事は、本当は存在していない、紗和の脳が作り上げた虚構である可能性もあるのだ。
「まあ良いんじゃないか? 楽しく脳内旅行できるならそれでも」
紗和の眉間を、健人の人差し指が撫でていく。
「難しい顔するなよ。俺は紗和が羨ましい。楽しいだろうな、脳内時間旅行。俺は小さい頃のことなんて、そんなにはっきり覚えてないし。特別美味かった食い物のこととか、やっと買ってもらえたおもちゃの形とか、そんなのしか記憶にないよ」
少しだけ寂しげな健人の表情に、紗和は心が動いたことを感じた。
――あ、今。今の絶対、記憶に残る
家の中には、紗和と健人の他に誰もいなかった。両親は仕事で、弟は部活だ。
家中の窓が開いていて、網戸越しに入り込む潮風が、夏の香りとセミの音を絶え間なく循環させている。
「紗和?」
無言を訝しむ健人の言葉の後、紗和は彼の唇に自分の唇を重ねていた。
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