第2話
「で、どうしたんだ?」
「なにが?」
「急に誘ってくるるなんて何かあったんだろ?」
「カオルに隠し事は無理か。さすが元彼。あたしのとこよく分かってる」
誤魔化した後の茶化し。こりゃ相当参っていると見て間違いないかもな。
「ん、で?」
「えへへ。えっとね……。仕事、辞めようと思ってる」
おっと、思っていたよりも爆弾の威力が高かったのでビビる。辛うじて顔には出さなかった。
「それで、理由を聞いても」
「あたしね。今の会社にプランナーで採用されてアシスタントやってたじゃん。それで、そろそろ担当持てるかと思ったら急に営業に回されて、今度は来月から経理に行くことって言われた」
カオリの会社はイベント企画会社。大手ではないが、中堅どころでけっこう見知った大きなイベントも手掛けているようなところ。
「そっか」
「才能なかったのかなぁ。でも経済学部出身だからって経理に回すことないじゃない?」
「まあ、ベタだよな。俺が言うのもなんだけど」
俺の勤め先は企業向けの消耗品や什器などを取り扱う総合商社。そこの総務で働いている。さっき言ったベタってやつだな。
「辞めるっていったって次の仕事は決まっているのか? 今は人手不足だって言っても実際に人手が足りていないのは現場ばかりでカオリがやりたいようなところはあるのか?」
「うーん。実際にそうなんだよね。花形は人が足りないどころか余っているらしいし、かと言って現場でただの手足になるのは嫌だし」
俺はあまり求人情報などを見ないが、話に聞く限りでは人手が欲しいといっているのは主に間接部門ではなく現場作業員などの直接部門が多いらしい。
「創造的な仕事がしたいけど、実際に現場で言われた通り
「そゆことー。設計通り作る人にはなりたくないんだよね。自分の思い描くナニカをわたし自身が生み出す、みたいな。だってそれが私の夢だし」
駆けつけ3分で大ジョッキが空っぽになっている。相変わらずコイツは飲みっぷりだけはいい。
「残るは独立か?」
「あはは! 無理無理。コネクションもなければ実績もない。名も売れていなければ、実力だってない。だから困ってる」
カオリは大ジョッキの生グレープフルーツサワーを頼む。俺はまだ大ジョッキが空いていないのでここはスルー。焼き鳥でも頼むかな。
「取り敢えず生活もあるだろうし、今のところで働きながら次を探すっていうのが穏当なところじゃないのか?」
「ヤッパそう思うよね。あっ、ありがとうございます! ほら、カオル。絞って!」
グレープフルーツのまる一個を真ん中で切ったやつとステンレス製の絞り器を俺に押し付ける。非力なカオリではうまく絞れないからいつも俺が絞る役目になっている。
半分ずつ絞り器でジューズを絞り出しジョッキに注ぐ。柑橘類のいい香りが酒と煙草の匂いの中に紛れて消えていく。分煙になっているくせに匂いがどこからか流れてくるようだ。
「ほれ、出来たぞ」
「ありがとー! いただきまーす」
グビグビと一気に半分ぐらい飲み干す。いくら焼酎が薄いと言っても酒なのだからそういう飲み方は良くない。
「空きっ腹に一気に酒を入れるんじゃない。ほら、焼き鳥もあるから、これを先ず食え」
「そーゆーカオルだって枝豆しか食べてないじゃん! ほらほら焼き鳥食べなさい」
カオリは飲みっぷりがいいのだけど、酒自体にはそれほど強くはない。2杯目なのにすでにほのかに顔は赤いし、喋り方にも酔いを感じる。
いつもなら俺もカオリにこんな飲み方はさせないけど、ストレスフルなのは見て分かるので、少しぐらいは羽目を外してもいいかなとは思った。
その分、あとで始末をするのは大変になる場合が多いが、それくらいは大目に見てやろうと思う。元カレで……親友ならこれくらいはな。
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