第3話 彼の思惑と彼女の困惑



「なななっ!???!?!?! なにを言ってるのディー!!!???」


 手はブンブンあたふた、目はぐるぐると回し、思考のまとまらない脳回路を全力で使い切ってどうにか動揺を伝える聖女。

 頬の火照ほてりは聖女のキメ細やか且つ赤ん坊のような透き通る白い肌を一面真っ赤に化粧して、無意識下にも聖女は自身の秘部を聖女専用特注ローブの裾を“ガッ”と押さえつけて隠す。

 その行動に大した意味はないが、咄嗟とっさ的な混乱が羞恥の根源を隠そうとした。


 そして―――


「いやいやいやいや!!!! 主人マイロード!! ご、誤解しないで!!!」

「別に下心はない! 全く! これっぽちも!! 全然!!」


 剣士こっちもこっちで、手は残像をつくるほどに振り回し、手どころか首、胴体、全身。おおよそ横にひねられる場所は全部横に振って否定した。

 公の場所でしか使わない敬称まで用い、されど全体的な口調はプライベートのまま、典型的な動揺。

 それに聖女ほど白くはない剣士の肌だが、顔にいくつもある消えない歴戦の傷跡が分からなくなるほどに、それはもう真っ赤に染まって、その色の抜けきった白髪と相なってまるでひとり紅白合戦だ。


 言われた方も言った方もどちらも想像を絶するほどに羞恥によって悶絶し沸騰し蒸気機関のように煙をモクモク上げる。

 方や、いい方法があると言われた次に変態行為を強請されたもの。

 方や、変態行為を要求したもの。

 どちらも敬虔な神の信者であるがためにそこら辺の無法者の性の価値観とは大きく違って倫理と秩序で構成された精神。

 ゆえに、その倫理を自身で踏みにじる行為も踏みにじられる行為も良しとはしない。しかし、そこは互いが好き同士。絶妙な距離感と高い愛が己が持つ倫理観を怒りではなく羞恥へと変える。


 つまり、だ。

―――個人的には聖女の全てを愛したいからこの変態行為にさえ喜びを感じそうになっている、けれどそれははいけない行為だと倫理が訴えている。それに聖女自身も恥ずかしがっているし、でもでもでも……!


―――剣士が望むならどんな行為だってやぶさかではないけれど、それにこんな場所で一番最初が普通ではないなんて…でも彼がそうしたいと思うなら自分は彼の意思を尊重したい、でもやっぱり神に仕えるものとして恥ずべき行為は…恥ずかしい…でもでもでも…!!!


 といった具合に変に理性がある分、欲求と対立してそちらに意識が回り、怪物などそっちのけでお互いのことしか頭になかった。

 

「おおおおお嬢!! 説明がまだでしたよねっ!?」

「それに、を、聞いてからにし、しましょう!! ね!? 慌てるのが早いですよ!!まったく!!」


 聖女のことなどこれっぽちも見ることなどできず、これでもかと目を見開きながら適当な方向に目が泳ぐ泳ぐバタフライバタフライ。

 

「そそそっそそ!!そうね!! わたしったら何をそんなに慌てていたのかしら! ディーがこんなところで、そそそんな…は、はずかしいこ、こと! 言うわけがないわよね!!」


「そっそそそうですよ!!! まったく…まったく………っ!」


「…」


「…」


「「………」」


 剣士は羞恥で爆散してしまいたかった。説明を置いて先に要求をしたばかりに聖女に変な意味で受け取られてしまったと羞恥した。

 聖女は頭のフードを深くかぶり、純粋無垢な乙女を全開したように、細く純粋な幼女のように縮こまった。

 説明を待たず愛す彼からの要求に堪らず反応してしまったから、自身が淫らな小娘だと、お調子者だが根は純白で清純な彼に思われていないか。


 しばらくは沈黙だけがその場を支配した。

 どちらも悪くないがどちらも傷ついた。愛ゆえの難とはまさにこのことか。


 それで一呼吸おいて―――


「………わ、私のおしっ………をもらってどうするの………?」


 迫りくる脅威にやっと意識が回ったのか、議題は進められた。

 【聖域】内のこちら側には、やつの唸り声叫び声怒鳴り声または聖域を殴る重音は聞こえてこない。

 されど確実に奴の魔の手は二人に、ひいてはグラディオに向かっている。

 悠長にしている時間はそれほどない。


「…ご自身のことなのでよくお分かりになっているとは思いますが、お嬢、あなたという存在はいわば存在自体が生の力、もしくは聖の力で構築されています」


 聖女は当然だと言わんばかりに軽く頭を縦に振った。

 

 聖女―――聖女という存在がなぜこの国で国主の代わりとして崇め奉られ、尊敬され、人々の注目を集めるのか。それはただ単に聖女という名前だけに起因しているのではない。


 はるか昔。この国が建国した時へと歴史はさかのぼるが、その当時、今と変わりなく人々は怪物の恐怖に日々精神をすり減らし、大きな壁などを作って身を守るなどという大掛かりな事を実行する国力のある国などなかった。

 正確な年は不明だが、ある流浪者の集団―――国に身を置くことも出来ず、かといってどこかに安住できるような場所を確保する力も知識もない集団の中に一人のヤェメが生まれた。

 人が生まれれば集団の食料の減りも早くなり、人数が増えることによって怪物に見つかる危険性も上がる、しかしそんな細かな未来の危険などお構いなしに、人が増えれば労働力が増える、そうすれば年長者が楽をできる。その娘は、そんな甘ったれた感情群の中、産み続けられていた子どもの一人だった。

 しかし、そんな悲運な生まれの娘に一つの救いが幸運が手渡された。


 【スキル】だ。


 グラディオたちが生きる時代よりもっともっと人の死が身近にあった狂気の時代。人が怪物に打ち勝つ力など、武器でも兵器でもない。【スキル】だった。

 先の時代から今まで、スキルというものが他の概念に劣ったことはただの一度もなく、何か一つでもスキルを持っていれば、その時代において唯一の存在、至高なる存在へとなれたのだ。

 『スキル』という概念の知識も絶対数も少なかった時代に後天的にスキルを取得できるものは少なく、まさに神に与えられし異能。


 その娘が生まれた時から持っていたスキルそれが【聖女】。

 スキルの内容は至極簡単だ。


≪自分は魔の者に勝つことができる≫


 ただこれのみ。

 

 今では原初の聖女と崇拝される平凡な娘は、拳ひとつで自分の何倍もある巨大な怪物を打ち滅ぼし、海域の巨大怪物は片手ほどの小石で穿ち殺したという。

 それを見た流浪の集団のボスは原初の聖女を利用し、自分たちの国を作ることに決めた。

 醜悪な環境で育ったとは思えないほど優しい娘だった原初の聖女を模倣し「スキルは善なる者にのみ与えられる」と解釈し、心を改め、荒んだ心を洗い流し、自らが神官となることに決めた。

 そして―――幸か不幸か、その流浪者の集団の元ボスは自身の解釈通り【スキル】を得た―――いや得てしまった。

 その名も【神官】。神のお告げを聞き、神の代行者となる者の【スキル】だ。

 原初の神官は、史上でも初の神の言葉をその耳で聞き、その御言葉に従った。それにより、今なお盤石な神プレア聖国の態勢が出来上がったのだ。

 【聖女】が守り、【神官】が導く。


 さて、ここで、だ。問題が発生した。

 聖女の役割についてだ。

 そうだ、聖国に住まう人々を守らねばならないというものだ。

 その役割はもちろん今代の聖女の一人で御座す【リール・ルルニア・ルルラレス】のものだ。

 

 ではここで―――

 さぁ―――思い出してみよう。

 彼女が何を得意とするか。


 さぁ―――少し前を見てみよう。

 原初の聖女と時代の背景を。


 要点から言おう。

 あの時代―――原初の聖女が生きた時代において、魔法はまだ未発達、いや解明すらされていない未知の学問、領域。

 聖女のスキル―――≪≫は魔の者に勝つことができる能力。

 原初の聖女が最も得意とした事―――それは、肉弾戦。

 拳と脚を使って相手を撲殺し、圧殺し、時には道具を使ってひねり殺した。

 には出来た。なぜならば彼女は魔の者に勝つということそれ一点においては最強だったのだから。

 でも、には出来ない。彼女は生まれながらに少しの運動でも体が悲鳴をあげるほどの虚弱体質で、武芸の稽古であっても人並みにできたことなどただの一度もない。

 運動神経、運動をするという点での体の構造、体力。ほぼ全てにおいて彼女が一般人レベルに肩を並べるものはない。

 

 これらが何を意味するのか。


 よって結論を言おう。


 彼女『リール・ルルニア・ルルラレス』は生まれながらに聖女であって聖女でない。

 彼女は生まれたその時から聖女であったが、生まれたその時から聖女にはなれなかった。

 聖女のスキルはにしか作用することはなく、時代の名残かスキルそもそもの原理かは不明だが魔法とスキルが、いや聖女スキルが混ざり合うことはなかった。


 だから―――国にとっての重要人物であっても、たとえそれが紛れもない正真正銘の聖女であっても危険度の高い遺跡にお付きの人間は家名もない剣士一人。

 だから―――足りないものを、自分に出来ないことを諦めずに努力して魔法を極めた。


 だが、でも、けれど、しかし。

 それらは人の範疇での最強であって―――想像を絶するほどの、神の使いと称されるほどの『聖女』という存在には成れない、成り得ないのだ。


 けれど『聖女』様は今日も諦めず御心のままにのだ。


 ―――


 聖女が聖の存在であるというのは聖女スキルを持つすべての聖女が例外のない事実だ。

 それは、魔の者を打ち滅ぼさんとする力の副次効果だという説がある。なんにせよ、聖女の体は魔の者にとって、毒、あるいは自身を打ち滅ぼす光というわけだ。

 だからこそ聖女はその光を帯びた体を使って敵を打つことで相手を滅却することができ、悪しきものに対しては無類の強さを誇る。

 されど、聖女―――お嬢にはその力はない。

 だからこそ、聖女を除いた聖国で一番の強さを持つグラディオが彼女を守るのだ。

 なのに、グラディオはその責務を果たせないでいる。敵は強かった、強過ぎたのだ。


―――だから。 


 ゆえに、彼は欲した。聖女のおしっこを。

 おしっこ。つまりは彼女の体の一部が欲しかったのだ。 

 排泄物とはいえ元は聖女の体をめぐり体の一部であったものたち。そこには溢れんばかりの魔の者を打ち滅ぼさんとする聖の光が詰まっている。

 聖女単体では怪物には勝てない。それは剣士であっても同じだ。

 出来損ないの聖女では聖女の責務を果たせない。

 だから、彼女を守ると約束した男が、彼女の本来の力。聖女の力を代行するというのだ。

 光を剣に塗ればたちまち剣は敵に対しての超毒の攻撃となり、光を体に浴びれば魔と対抗するものに無限の強さを与えるだろう。

 光を我が物に、おしっこを我が物に。


「―――私の聖属性が必要なのは分かったけれど……そ、それなら髪の毛とか爪とか」


「駄目だ、液体じゃなければすぐに吸収できない」


「だ、だったら唾液とか、涙とか……」


「それは逆に聖属性が弱すぎる、量も少ない。体内を回って出た体液であるおしっこには勝てない」


 問答無用の剣士に押し黙る聖女。

 すでに冷静さを取り戻したグラディオと違って、羞恥心は限界を超え口元が“プルプル”と可愛らしく揺れている。


 それでも―――


「―――つまり、私達二人の力を合わせて戦うのね……?」


 最後には理解を示し、グラディオをの顔を見た。

 グラディオは落ち着いた表情で頷く。


「僕達ともう一人の人命がかかっているので大真面目なんです」

「恥ずかしがる必要はありません」


 いっそ振り切ってしまったグラディオは普段の態度で言い切った。


「うぅ……わかっているのよ? すごくいい案だし可能性もあるのは分かったの」

「でも―――でもね……私も女の子なのです」


 長い沈黙の後。


「………………………………はぁ、分かりました」

「ディー、念のため倒れている方の様子を見てきてもらえますか。怪我は完治しているはずですが……」

「その間に事を終わらせてきます」

第六詩律エキシィスの魔法なのであの怪物でもそう簡単には破れないと思いますが、時間はそれほど無いでしょう」


「分かりました」


 聖女はそう力なく言って、今日一番のどんな状況よりも落ち込んだそぶりで『聖域』の端の方にとぼとぼ歩いて行った。

 

「…はぁ………………ディーが、私の………………はぁ」


「―――あ、お嬢、心配しないでください、お嬢のおしっこって魔を滅殺する作用がありますから、なんならその辺の水なんかより何十倍もキレイですよ」

「まさに聖水です」


「………………今は聞きたくなかったです」


 ちょろちょろ…とが聖女の方から、聖女の下腹部の方から、何だか聞こえる音は順調にその量を満たしていっているようだった。


 それと同時にここに二つの思惑があった。

 一つは、これを剣士が使のだというアブノーマルに劣情を少しずつ抱きつつある聖女。

 教会の方針で欲から離された生活を送ってきた聖女はこの非常識の未知の体験に、グラディオというものが相手だということに少なからず、ねじ曲がった何かの感情を抱きつつあった。

 愛ゆえのものか、極限状態による精神混濁の影響か、はたまた聖女にはその性質がもともとあったのか―――はわからないが何にせよ、聖女はこの状況に不快ではない何かを感じ始めてきたということだ。


 そしてもう一つは―――


 ァァあぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァあぁあァァァァァァァァああああああああああああああぁっぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァっァァァァァァァァぁあっァァァァァァァァァァァァアアアアアアアァァァァァァァァぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 大好きな、愛している、全てを愛おしく思いたい。そんな純情を抱えている男。グラディオだ。

 彼の戦いで研ぎ澄まされた耳には、愛しの聖女が秘部をさらけ出し自分が欲したものを排出している音がバッチリ、くっきり、高音質で聞き取れていた。

 もちろんその姿を、見ることは出来ない。彼女のためにも自分のためにも。

 けれども見たくても見れないものというのを前に人はどういった行動をとるか―――想像だ。

 頭の中で、あーんな姿やこーんな姿を妄想してかき回す。日々の戦いのイメージトレーニングがよもやここで役に立つとは考えもしなかった。

 今グラディオの脳内ではまるで見たことのある景色のようにあーんなこーんなが再生されている。

 もしかしたら聖女との二人旅もこの想像の映像に一役買っているかもしれない。

 さて、大好きなあの子がこーんなことやあーんなことを自分の後ろでしていると知っているなら妄想をしない男子おのこはいないだろう。

 それはたとえしたくないものだったとしても、見ていなかったとしても、聞こえればいやでも反応するし想像する。


 かくして、純情グラディオ。平気だなんだと大層なことを口にしていたが、実際はこの猛って仕方がない興奮を隠すための虚飾にすぎない。

 彼の脳内は、信じられないくらい色々なことを考えているが―――それすべて聖女。


 少し経った後。 震える足取りでこちらに戻ってきたのは聖女だ。

 その真意を問うたなら、落ち込み、色々な落ち込み。 

 彼女はきっと、今だけ聖女というスキルを憎んだことだろう。


「……ディー」


 そう言って聖女は、さっきまでは飲み水が入っていたはずの水筒に少しばかり溜められた液体を手渡してきた。

 聖女は、もちろん生まれてこの方他人の尿など見たことも無かったが、尿というものが本当は汚いもので自分のように透明で純粋なものではない、ということはさっき知ったばかり。

 だけれど、それを相手が使うとなると―――


<ぼふんっ


 聖女の頭から勢いよく蒸気があがった。羞恥の蒸気だ。


「あ、え……あ、ありがとうございます」


 平然を装ってはいるがこちらもかなり心拍数は上がってきている。拳を力いっぱい握り、指が肉に突き刺さる痛みでどうにか冷静さを保つ。


「じゃ、じゃあ―――


 剣士が一つ。手に持つ液体を体に振りかけようとした、その時―――



<バリィィッィィン!!!



 『聖域は』……破壊された。

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