第2話 新卒で重役で非公開2

カフェを後にした俺は、秘書課のミーティングを横目にしつつ自身の持ち場に向かった。俺の執務室は、本社ビル4階の一角である。本社ビルは、1階から4階まで吹き抜けの箇所があり、俺の執務室もその吹き抜け空間にある。本社ビルの空間演出か何かのために、ガラス張りベースなのが難点ではあるが、階層や人の往来を見る事ができるので気に入ってもいる。


俺の執務室には、俺のややデカめな仕事用デスクを部屋の奥側に備えており、そんなに必要かという程のディスプレイが机上に備わっている。

また、上層部連中のこだわりなのか室内は土足厳禁で高級ラグが敷かれている。そのため、革靴を脱がなけれならない。少々、面倒であるが外部に行かずに、ずっと閉じこもっている俺にとっては好都合だ。

また、執務室の玄関口に秘書課の担当者が配置されて、入退室者や電話対応をしてくれるので、これもまた楽である。

秘書課の担当者が付くのは、今日からなので少々楽しみである。


〜 執務室 〜


秘書課はミーティング中なので、先に4階に行き、部屋の電気や空調、そしてPC類に電源を入れた。社内Wi-fiに接続し、やっと機密系の仕事にも着手ができる。カフェのネット環境では些か不安であるが故である。


すると、デスクの電話が鳴った。ディスプレイには、「秘書課」とあった。


「はい、戦略部門の萩原です。」


「おはようございます。秘書課の佐藤です。」


落ち着いた物腰の男性の声が耳に入った。


「あ、おはようございます。」


「これから本日、萩原部長を担当する宮本とご挨拶にお伺いしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」


「わ、わかりました。お願いします。」


「ありがとうございます。失礼いたします。」


そして、電話は切れた。多少なりともドキドキしてしまうものである。


俺は、PCで人事情報にアクセスして、名前を調べた。

「佐藤 秘書課」で検索すると、

「佐藤 公人(さとう きみひと) 人事部人事課 課長 及び 秘書課 課長」

普通に俺より年上で人事部の人事課長と秘書課長の兼務者だった。普通にお偉いさんではないかとより緊張してしまった。

「宮本 秘書課」で検索すると、登録なしというエラー画面になった。緊張がさらに増してきた。


「登録なしということは、外部者ということなのか?」


ふいに独り言を発してしまった。


すると、執務室のドアがノックされた。


「どうぞ!」


「失礼します、秘書課の佐藤です。」


先ほどの落ち着いた声のお偉いさんだと緊張がさらに増した。


「失礼します、本日萩原部長を担当いたします秘書課受付係の宮本かのんです。本日はよろしくお願いします。」


スラッと背が高く、いわゆる美人顔の女性であった。秘書課用のワンピースを身に纏っているが、少々スカートが短いような気がすると感じるのは俺だけではないだろう。若干無理な体勢になれば、見えてしまいそうだ。


「戦略部門の萩原です。佐藤課長、宮本さんもご挨拶に来ていただきありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします。」


お互いに頭を下げ、挨拶は終了としたいところであった。

佐藤課長の指示により、宮本さんは執務室の玄関口のデスクに向かった。


「萩原部長、いくつか秘書課についてご説明したいことがありましてよろしいでしょうか?」


 佐藤課長より申し出があったので、快諾した。


「本日から萩原部長には、ほぼ日替わりで担当者が付きまして業務のサポートをいたします。基本的には、電話や入退室者の対応、スケジュール管理業務がメインです。萩原部長を初めて担当する者の時は、私が本日のように同行してご挨拶や説明を行います。」


「はぁ、はぁ、ありがとうございます。」

日替わりの担当者ってどういうことなのか、そんなに挨拶に来るのかと理解が追いつかない。


徐に佐藤課長は手に持っていたタブレット端末に目をやりながら、話を続けた。


「本日は、◯×プロダクションに所属する宮本かのんさんが受付係となります。そこそこ研修を積んでいますので、問題は無いと思いますが何かあれば私にご連絡をお願いします。」


◯×プロダクションと言えば、うちもまぁまぁ金を出している大手のモデル事務所じゃないかとまたしても理解が追いつかない。


「萩原部長の本日のスケジュールですと、午後からほぼ社長といらっしゃるとお聞きしましたので、宮本さんは午前中までの業務に当たってもらい、午後からは同じく受付係の‥」


今まで、スラスラと落ち着き払った佐藤課長の説明が突然止まった。


「午後からは、担当の方が変わるのですか?」


「は、はい。」


「どなたですか?」


すると、佐藤課長は手に持ったタブレット端末を俺に見せた。


〜タブレット〜


20XX年4月1日 幹部担当者一覧

萩原 戦略部門(部門長)

午前:(新)宮本 かのん(◯×プロダクション)

午後:(新)萩原 零(秘書課受付係) 



〜執務室〜


「あー、なるほど。そういうことですか。」


佐藤課長の苦労、いや心労が手に取るように分かった。簡単に説明できるような人物でないからなぁ。


「は、はい。また午後にお伺いいたします。その、萩原部長の奥様と。」


「分かりました。お手数お掛けしてすみません。」


本来なら部下になるんだけど、現社長の溺愛する孫娘で旦那は同社幹部なんてこと有り得ないことである。それは、下手に口に出せない。


「また本日はよろしいですが、終日担当する場合は、幹部の方が幹部担当者の昼食を用意するのが慣例となっています。つまり、昼食に弁当を注文したり、外食やランチ代を出すということです。」


「え、そんなのがあるんですか?」


「はい、基本的に大手のプロダクションの方々、いわゆるタレントを担当者にしていますのでパイプ作りのために行っている様子です。」


これに関しては、歴代の幹部の言い訳にしか聞こえない。単純に美人とご飯行きたいだけだなと感じた。


「取締役会ですと、夕食代も出している方がいるそうです。」 


これはもう下心としか考えられないと感じて、佐藤課長と目が合ってしまった。


「申し上げ難いですが、萩原部長クラスですと、ランチ代としてこれくらいは担当者にお願いしたいのですが‥。」


そして、佐藤課長はまたしても俺にタブレットを見せて来た。

そこには、超がつくほどの高級弁当屋やレストラン、寿司屋の名前がリスト化されていた。


「マジですか?」


「はい、代々そのようになっていますのでよろしくお願いします。こちらのリストは、後ほどメールにてお渡しします。また、ランチの予約などは担当者が行いますし、急遽の予約などでも基本的に対応可能なお店ばかりですので、その点は心配ないかなと思います。」


「は、はぁ。」


そして、佐藤課長は俺の執務室を去った。

俺の手取りが結構減りそうで恐怖に怯えた。




〜午前11時30分 執務室〜


俺は気を取り直して、業務に勤しんでいた。

ディスプレイと広々としたデスクと、俺1人だけの環境とあってか仕事のモチベーションと進捗がピカイチである。

ちょっと、休憩すると、もう昼の頃合いであった。


「宮本さん、今日午前中で終わりでしょ?」


俺は、執務室から出て玄関口の宮本さんに声を掛けた。


「はい、そうです。」


俺が声をかけると、しっかり立ち上がって返事をした。

デスクは、宮本さんのものと思しき手帳やスマホがあり、なんというか「仕事無くて暇してました感」を大いに抱いた。


「午前中、なんか電話とかあったりしました?」


「いえ、全く無かったです。研修で何回も練習したんですけどねぇ。」


「すみません、今後も俺の所は電話とかはあんまり来ないかもしれません。」


「あ、でもそれは佐藤さんから教わりました。取締役会とかよりも上位の役職の人だから、恐らく誰も電話や執務室に来ないだろうって。だから、萩原さんとお食事行ったり、お茶するくらいですよとミーティングでありました。」


取締役会とかよりも上位の役職って聞いた事ないんだけど、佐藤課長は何かを感じたんだろうなきっと。

そして、多分俺の執務室は相当に暇なのだと分かってはいたが、再度理解した。


「あ、分かりました。であれば、今日は午後から予定が詰まっているので、ここのお弁当屋さんに好きなものを注文して食べてください。」


俺は、朝に佐藤課長から貰ったリストにある弁当屋を提示した。


「え、いいんですか?佐藤さんから今日はごめんねって言われてたんですけど。」


「構いませんよ。どうぞお好きなものを」


「あ、ありがとうございます」


とても良い笑顔を頂いた。なるほど、幹部連中はこれに屈したのかと自分でも分かった。待てよ、俺の妻の場合でも、同じことになるのか?と一つの疑念が湧き、これを佐藤課長に確認するのは酷だなと察してしまった。



 宮本さんが注文すると、ものの10分程度でお弁当が到着した。

宮本さんには、お昼休憩に入るように伝えて秘書課受付係の控室に行ってもらった。

執務室に戻ると、五十六氏から電話が入った。


「昼は、いつもの寿司屋に行くから地下の駐車場に零と来てくれないかの?」


「はい、分かりました。」


呼び出しがあったので、これから午後の業務の幕開けである。

そして、俺は執務室のガラス張りから1階の受付窓口に目をやり、ある人物がいるのを確認してから社内の内線電話をした。


「はい、1階受付の橋本です。」


「お疲れ様です。戦略部門の萩原ですが、秘書課の萩原さんはいらっしゃいますか?」


やや緊張して電話をした。窓口にいることは分かっているのに。


「ただいま、お繋ぎしますので少々お待ちください。」


「はい、お願いします。」


保留音に切り替わった。何だろうな、このたった数秒だろうに待ち遠しく感じてしまう。


「はい、お電話代わりました萩原です。」


「戦略部門の萩原です。会食の時間なので、地下駐車場にお願いします。」


可愛いらしい声に対して何とも面白味のない要件の伝え方をしてしまった。


「はい、承知しました。(待ってますね)」


「は‥‥い」


事務的な言葉の後に、微かな声に心をときめかせてしまった。

窓口を見下ろすと、その可愛いらしい声の主が、少々微笑みながら1階受付窓口から抜けていくのが見えた。



俺もPC画面をロック状態に設定して、執務室に電子ロックを行って地下駐車場に向かった。


〜地下駐車場〜


地下2階にある幹部専用の駐車場及びタクシー乗り場である。

エレベーターを降り、エレベーターホールに足を踏み入れると横からギュッと誰かに抱きつかれた。


「やっと、涼さんとお食事ですね!」


「零、朝食べてからそんなに時間経ってないだろ」


そう、抱きついてきたのは秘書課用のワンピースに身を包んだ、俺の妻である萩原零であった。宮本さんには失礼かもしれないが、零の美人さとは雲泥の差があるように再認識した。


「よし、では食事に出るとしよう。」


五十六氏もいたようで黒塗りの高級ミニバンに乗り込んで、本社ビルを後にした。




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