第4話 暴虐の花 Part2

 体が動かない。

 五仕旗でダメージを受ければ、しばらくは動けない。相手が起動スターターを鍛えていれば、なおさらだ。

 

 ――盗り逃がした。あの花を……。

 

 二十年前、バーストであった真田の父は、この町を襲った。子どもの頃から『お前は役に立たない』と罵倒されてきた。心底気に入らなかったが、隙のない人物でもあった。

 あの日、父は帰ってこなかった。彼だけではない。父の引き連れたバーストたちも。

 世間では、この町のエージェントにそれだけの力があったと考えられていた。しかし、真田はその考えに賛同できなかった。

 

 ――あの親父が、そう簡単に屈するだろうか?


 この二十年、事件のことを調べ尽くした。そして、ある結論に達した。

 父たちに致命傷を与えたのは……。


 聡情は真田のデッキケースからカードを取り出す。メインのデッキとは別のカードを収納できる部分から、数枚のカードが出てきた。

「一ヶ月前、モンスターたちを無理矢理カードにしたのはお前たちか?」

 真田は答えなかった。

「まあ、どう考えてもお前のデッキに合わないカードを持ってるって時点で、答えは出てるけどな。トゥリーの仲間の他にもこんなに――」

 聡情は手にしたカードを自身のデッキケースに入れた。

「岳積。後はこの町のエージェントに任せよう」

「ああ」

 

 今ここで、捕まるわけには――。

 

 その時、テンプが逃げてきた通りの方から声がした。

「粒井岳積、掛松聡情だな」

 ローブをまとった人物が皆の目の前に現れた。顔はほとんど見えないが、声から察するに男性だ。

「私は瞳縁リム

 男は丁寧に挨拶する。

「どうして俺たちのことを――」

 男は聡情の言葉を跳ね除けるように言った。

「粒井岳積、君とは私と戦ってもらう」

「どうして私と?」

「君が勝てば、統四平限の所在を教えてやろう。君はそのカードを探しているのだろう?」

「統四平限だと?」

「ああ。どうする?」

 真田は鼻で笑う。

 統四平限など、存在するかどうかも疑わしい。自分なら信用はしないが、勝負は受ける。嘘つきは叩き潰す。

「いいだろう」

 岳積は返事をした。

「ちょっと待て!」

 聡情が間に入る。

「どうした? これは私と彼の問題だ。君が勝負を止めることは――」

「止めるなんて言ってねえだろ。その勝負、俺も入る。それでいいか?」

「聡情。何を言っているんだ。私なら一人でも――」

「はっきり言って、こいつ只者じゃないぞ。嘘をついてる感じはしないけどさ、他の奴らとは違うっていうか。お前も感じてるだろ?」

 岳積は首を縦に振る。

「だから俺も入る。二対一でどうだ?」

「私は構わないが」

 思わぬ邪魔が入り、真田はニヤリと笑う。



 

 スパイクは、兄の部屋に入る。整頓された本や資料が並ぶ棚は、ほこりを被っている。自身の身に起こる不可解な現象を解明するため、離れて暮らしていた兄の持ち物は、一旦ここに帰ってきた。

 

 バーストたちに襲われた兄が、行方不明になってから五年。ずっとこの部屋に入ることは避けてきた。彼がまだ生きていると信じていたから。勝手に入ることは気が引けた。

 兄が行方不明になってから、一度だけ彼の持っていた手帳や資料を眺めたことがある。兄を見つけるために、離れて暮らしていた分を取り戻すためにも、彼のことを知っておくべきだと思った。しかし結局は、彼の生活や仕事の様子が断片的にわかる程度だった。他人の心に土足で入った感じがして、かえって自分を苦しめることになった。

 

 兄を見つけだす唯一の手掛かり――統四平限。

 

 いや、統四平限を手に入れたとして、彼が戻ってくるかは疑問だ。それでももう、かすかな希望にすがることくらいしか、自分にできることはない。

 これまで、あらゆる手を使い、統四平限を探してきた。残された兄のデッキとともに。人間やモンスターに酷い仕打ちをしたことも一度や二度ではない。

 それでも構わなかった。兄貴が見つかれば。

 

 粒井岳積――彼と戦ってから何かが引っ掛かっている。


 あともう少し手を伸ばせば、兄の手をつかめる。そんな予感がしていた。

 後ろめたさから、兄の部屋に立ち入るのを控えることは、もう止めることにした。

 兄の手帳に手を伸ばす。

 開くと既知と未知が広がっていた。かつて兄の領域に足を踏み入れた時、一度目にしているはずであるが、懐かしい内容と、いつの間にか記憶から捨て去ってしまっていた内容が共存している。兄に関することは自分の頭にとって、どうでもよいことなのだろうか……。

 ページを掘っていく。

 手帳の中間地点に、封筒が挟まっていた。

 宛名を見て驚愕きょうがくする。ほぼ無意識で封を切ってしまった。

 こんなもの、五年前にあっただろうか。あったとしても、当時の自分なら開けていないだろう。しかし、覚悟を決めた今のスパイクに罪悪感はなかった。

 二つに折り畳まれた紙を広げる。一通の手紙。

 

 そしてスパイクは、について調べることにした――。

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