第7話 銀之縦操息-ギンノジュウソウソク Part1

「ブリスラッドの花、盗まれたようね」

 新聞を開いていたハルナが岳積に知らせた。

「花? カケラですか?」

 あの花、一見普通の花と同じだが、モンスターの攻撃威力を増大させる作用がある危険な花だった。ブリスラッドのエージェントたちが、あっさりと自分を帰したのは、カケラに関して知られたくないことがあったからだろう。

 

 あの日、聡情は姿を消した。真田から取り返したカードを黙って岳積に託し、彼はどこかへ行ってしまった。

 聡情の置き手紙のおかげで、ブリスラッドのエージェントには、自分が彼を逃したのではないことを証明できた。エージェントには真実を話した。もっとも、瞳縁リムが語った瞳彩アイリスのことや、この世界の成り立ちに関することは伝えていない。言ったとしても、相手にされないことはわかっている。それが原因で、パルスイアにある集会所の印象が悪くなるのも不満だ。

 聡情が姿を消したこともあり、岳積が何か隠していると、しつこくされるのではないかと考えていたが、逆だった。隠し事があるのは彼らも同じようだ。おそらく、あのカケラと呼ばれる花が関係していると直感した。瞳縁リムが展開した【執念箱庭リブート・ミニスケープ】のおかげか、多少の混乱こそあったものの、町への被害は小さかったことから、岳積が執拗しつように責められることはなかった。


 あれから数日。岳積はひとまず、パルスイアに戻ってきた。

 ハルナには瞳縁リム瞳彩アイリスに関することも含めて、全てを話した。聡情が姿を消したことを伝えると、彼女は肩を落としていた。ヨロイに続いて聡情まで失ったら、彼女がどんな思いをするか。聡情も想像ができないわけではないだろうに。彼を恨みそうになる。

 岳積と聡情が外出している間、トゥリーの仲間は元に戻った。聡情が戻らないことを伝えると――理由は曖昧にしたが――彼らは礼を言えないことにがっかりしていた。しかし、皆で再会できたことは嬉しかったようで、しばらくすると住んでいた場所へ帰っていった。

 

「真田たちが盗んだのかしらね……」

 瞳縁リムとの一戦の最中、真田たちはどこかへ行方をくらました。彼らが疑われるのは当然だ。

 

 帰宅途中。

 今は一刻も早く聡情を見つけ、彼の野望を阻止しなければ。瞳縁リムは統四平限の在り処を把握していると言っていた。統四平限の一部が聡情の持つデッキならば、瞳彩アイリスが目覚めるのは時間の問題かもしれない。

 しかし、手掛かりは何もない。

 トゥリーに頼み、聡情の居場所を探ってもらうか。前に力を使った時、彼は辛そうにしていた。苦しめるのは気が引けるが、最悪それしかない――。

 岳積が考えていると、遊歩道の木の陰に人の気配を感じた。向こうはこちらに悟られないようにしているつもりだろうが、甘くみてもらっては困る。これでもエージェントだ。

 このまま尾行されては面倒だ。岳積はその人影に近づいた。

 その瞬間、人影は走り出した。岳積は後を追う。

 人気ひとけのない場所に誘い込まれた。その人物が振り返る。

 岳積と同世代――彼よりも少し年上か――の女性だった。

「こんばんは。私はヨロイ。聡情の仲間よ。五仕旗で決着つけようよ」

「ヨロイ?」

 耳を疑う。たったそれだけの言葉の中に、情報が詰められていて混乱した。

 ヨロイ。この女性は、ハルナと生き別れた彼女の娘だ。

「あなたはかつて、バーストに襲われ母親と生き別れた。あなたの母親は――ハルナさんは、この町でずっとあなたの帰りを待っている。覚えていないのか?」

「覚えてるよ」

 岳積は言葉を失う。

「幼い頃、行き場のなかった私はハルナさんに拾われた。あの人は本当の娘のように私を育ててくれた。でもあの日、町にバーストたちが――。街中混乱する中、ハルナさんと離れ離れになった私は、必死に逃げた。でも、橋から足を滑らせて、そのまま川に……。気がつくと私は、見知らぬ場所にいた。瞳縁リムが私を助けてくれたの。その時私は、ほぼ全ての記憶を失っていたけどね」

「あなたも瞳縁リムとともに瞳彩アイリスを復活させようとしていたのか?」

「そう。彼は私に才能を感じると言っていた。だから助けたんだと思う。でも数年後、私は突然、過去の暮らしのことを思い出した」

「その時に母親のもとに戻ろうとは思わなかったのか?」

 ヨロイはわずかに苦しみの表情を浮かべる。

「その時までに、私は数え切れないほどの悪事をはたらいていた。統四平限を探すためには、汚いことも避けられない。そんな状態で、母親同然の人の所へ戻れる?」

 岳積には返す言葉がなかった。

「もしも記憶を失っていなければ、すぐにハルナさんのもとに戻っていたと思う。でも、何も覚えていない私に行くところはなかったし、命を救ってくれた瞳縁リムに恩を返したかったのよ」

 聡情も似たような心情なのだろうか。岳積は彼のことを考えていた。

「聡情はどこだ? なぜあなたがここに?」

「それは私に勝ったら教えてあげる。彼は今、忙しいから。とりあえず、あなたは危険人物ってことで、私が倒しにきたの。瞳縁リムの弔い合戦もしたいしね」

瞳縁リムはあの町で――」

「亡くなった……。私は彼に万が一のことがあった時、彼の後を継ぐことになってたんだけど、聡情のほうが私より才能ありそうだし、彼に任せることにしたの」

 とにかく聡情の居場所を知るには、この女性を倒して聞き出すしかない。

 

 ――心臓の鼓動が高鳴る。


「五仕旗――」

 ヨロイが言う。

N^Synergetic2 Periodシナジェティック・ピリオド!」

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