第6話 内と外 Part1(ゲーム)

 聡情はただ、眼前に現れた龍を見ていた。

 ハルナのもとで暮らし、エージェントになってから、ずっとあの時の龍を捜してきた。

 それが今、目の前に――。


 TURN8

 瞳縁リムのターン(続き)


「私の攻撃力は、君たちのモンスターの攻撃力合計に等しくなる――」

 体が地に押しつけられそうになる。体が重い。

 岳積や聡情、彼らの場のモンスターたちが膝をつく。


 【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力3700(【拠冬羆きょとうひ‐ドングリズリ】攻撃力1000+【天球の弓哮】攻撃力1400+【ギャランティ・レイピア】攻撃力1300)


宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター

 固有希少値:王 攻撃力0

 召喚条件:このゲーム中に固有希少値:銅、銀、金が全て記録されている場合。

 効果:このモンスターの攻撃力は、相手の場の全てのモンスターの攻撃力と同じになる。

(今はまだ目覚……龍が『無意識』に創……した『龍の姿』。白く輝……で、全てを『吸収』する)


 しばらくすると圧力は弱まった。皆が息を切らしながら立ち上がる。

「さらに、専煌カード【執念箱庭リブート・ミニスケープ】を発動――」

 瞳縁リムが高い声で吠えると、サイコロステーキ程度の白い立方体が現れた。その体積は次第に大きくなり、三人を包む。

 振り返ると、テンプや真田が弾き飛ばされているのが目に映った。中からは外の様子がほとんど見えない。

 瞳縁リムに視線をやると、彼の翼は目一杯広がり、そこに向かって吸い込まれるような渦が発生した。

 【ギャランティ・レイピア】は、自身の持つ剣を杖のようにして、引き込まれるのをなんとか耐えている。


 【ギャランティ・レイピア】耐久力0


「これは……」

 岳積は目を丸くした。

「これが【執念箱庭リブート・ミニスケープ】の効果。この空間が広がっている限り、君たちの全てのモンスターは耐久力を奪われる」


執念箱庭リブート・ミニスケープ

 専煌カード

 指定先兵モンスター:【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター

 効果:このカードが場にある限り、相手のモンスター全ての耐久力は0になる。


 岳積のデッキは、ほとんどが固有希少値:銅または銀のモンスターで構築されている。彼らは攻撃力こそ固有希少値:金の面々に劣るが、耐久力を有し、プレイヤーを守れる点が魅力。それを奪われた岳積が不利なことは明らかだった。

「バトルフェイズ。私自身で【ギャランティ・レイピア】を攻撃!」


 【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力3700

    vs

 【ギャランティ・レイピア】攻撃力1300 耐久力0


相乗の吸光シナジェティック・ホワイトホール!」

 瞳縁リムは息を吸い込むと、口から光線を放ち、銀の剣士を貫く。

 岳積が衝撃で宙を舞う。

 聡情は、岳積が飛ばされた方向に手札を投げた。頭より先に体が動いた。

 悪魔が現れ、笑い声を上げながら岳積を翼で掴む。なんとか【執念箱庭リブート・ミニスケープ】の壁への激突は避けられた。

 瞳縁リムは聡情を見ている。

「【悪知恵わるぢえ抱擁ほうよう】を発動した。自分がダメージを受ける場合、相手の累積ダメージ分だけダメージを軽減する――」


【悪知恵の抱擁】

 鉄槌カード

 発動条件:

 ・自分が戦闘ダメージを受ける場合。

 ・自分に効果ダメージが発生する効果が発動した場合、その効果の発動に対して発動可能。

 効果:相手の累積ダメージと同じ数値分、受けるダメージを軽減する。

 

「お前の累積ダメージ分、岳積が受けるダメージを軽減した」


 瞳縁リムの累積ダメージ:1300

 岳積の受ける戦闘ダメージ:2400(3700-1300)


 岳積の累積ダメージ:2900(500+2400)


「あくまで君は、彼を助けるというんだな」

 瞳縁リムが聡情に問う。

「当たり前だろ。俺はあいつの相棒だからな」

 岳積が立ち上がる。大事には至らなかったようで、聡情は安堵した。

瞳縁リム。もうやめてくれ。お前は俺のことを助けてくれたじゃないか。俺たちが争う意味なんてないだろ」

「粒井岳積が味方だと思っているのは君だけだ」

「どういうことだよ!」

 大切なものを踏みにじられたような気がして、聡情は怒鳴る。

「それを説明するためには、この世界の正体について話さなければならない」

「正体?」

「なぜあの時、私が君を助けたのか。それはこの世界を創造したモンスターを目覚めさせるためだ」

 何が何だかわからない。

 瞳縁リムは続ける。

「この世界は、そのモンスターが無意識のうちに創り上げた精神の世界」

「は?」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

「この世界がモンスターの心の中だってのか? そんな話、信じられるか!」

「もちろん、簡単に信じられる話ではないことはわかっている。しかし、これは事実だ。そのモンスターが眠っている世界――現実世界にも、人間とモンスターは存在していた。この世界と異なるのは、その世界では元々、人間とモンスターが交流し、ともに暮らすことは当然であったということ」

 瞳縁リムのいう世界が本当に存在しているならば、確かにこの世界とは異なる。ここではモンスターを毛嫌いする人間が少なくない。

「そして現実世界にも、カードと五仕旗は存在していた。時代によって、人間とモンスターの関わり方や五仕旗の在り方は変化していったようだが」

「そのモンスターはなぜ、自身の心のうちに、その現実世界とやらに似た世界をつくることになった?」

 岳積が問う。

「それは、そのモンスター――瞳彩アイリスが人間達に敗れ、傷を負ったことで深い眠りについたからだ」

「なぜ、そんなことに?」

瞳彩アイリスは元々、純粋なモンスターだった。しかし、人間に才能を利用され、彼は悪事をはたらくようになる。彼を止めんとする人間に敗れた瞳彩アイリスは、一度目の眠りについた。長い時が流れ、瞳彩アイリスが再び目覚めた時、彼は人間に復讐するために画策した。しかしそれも失敗に終わる。彼らに反撃され、再び眠りについた」

 瞳縁リムは一呼吸し、話を続けた。

「しかし瞳彩アイリスは、またもや目覚め、人間に牙をいた。そしてまた、その攻撃も人間によって鎮静された。今、彼の存在は一枚のカードの中にある。だが、各時代で受けた傷が蓄積され、彼の気力が尽きたことで、いよいよ自力では目覚められなくなってしまった。そこで彼は、自身を復活させるための世界を創り上げた。この世界の人やモンスターを使って、自らの気力を内側から取り戻すために」

 岳積と聡情は絶句した。この世界がそのような複雑な経緯で誕生したことなど知らなかった。考えたこともない。

 混乱する中、浮かんできた疑問を聡情はぶつける。

「だったらなんで俺たちは今日この日まで、この世界の成り立ちや瞳彩アイリスのことを知らなかったんだよ? 初めからこの世界の全員を使って、復活させるための手段を探らせた方が瞳彩アイリスにとっては都合がいいだろ」

「それはこの世界が、不完全だからだ。先にも話したが、瞳彩アイリスは無意識のうちに、この世界の親となった。彼の知識や執念、記憶――それらを反映して生まれた世界。深い傷を負ったなか、残されたわずかな力で生み出したこの世界において、その全てが、瞳彩アイリスにとって都合がよいというわけではない」

瞳縁リム、お前は一体何者なんだ?」

 岳積も疑問が尽きないようだ。

「私は、この世界が瞳彩アイリスの無意識によって創造されたものだと知っていた者。気がついた時、私はこの世界の住人だった。私には彼の記憶も断片的に与えられている。そして瞳彩アイリス復活のためには、統四平限が必要であることも知っている」

「統四平限だと?」

「ああ。統四平限には、この世界から瞳彩アイリスを刺激して起こすための力が備わっている。統四平限は全てで十六枚」

「統四平限は一枚だけではないのか?」

「ああ。そして、それらの在り処も既に把握済みだ」

 岳積が――彼だけでなく、多くの人間が懸命に追い、誰の手にも収まっていないそのカードの所在を、このモンスターは知っている。

「それは……」

 岳積が前のめりになった。

「私の目の前に――統四平限は、掛松聡情、君のデッキそのものだ」

 聡情は意識が遠くなりそうだった。

「聡情のデッキが?」

「厳密には、彼のデッキの一部のカード」

 瞳縁リムは聡情を見る。

「もちろん、君も君のモンスターたちも気づいていないだろう。あの事件の時、私が居合わせたあの町に、君はいた。そして、瞳彩アイリスの駒である私は、君から統四平限の存在を感じ取ったのだ」

「それでお前は俺を……」

「ああ。統四平限と、それらに選ばれた実力を持つ君の両方を得るために、君をかばった。私は辛くも生き延びたがダメージが大きく、あの日の記憶の一部を失った。君の顔を思い出すことも叶わなかった。君を捜し出すのには苦労したよ」

 そこまで話すと、瞳縁リムは岳積の方を向いた。

「そして私が考えるに、岳積、君は瞳彩アイリスの恐怖心だ」

「恐怖心?」

「君が見る夢は、瞳彩アイリスが現実世界で実際に受けた傷そのもの。長き時代にわたり、彼は人間に立ち向かっては封印され、また立ち向かっては封印され――それを繰り返してきた。君に統四平限を封印するように告げたのは、人間に受けた仕打ちによる恐れからだ」

「なぜその夢のことを! それは一部の人間にしか……」

 岳積は何かに気づいたようだった。そして、聡情の方を見る。

「お前、あれ、書き直したのか?」

 聡情は理解できなかったが、岳積と時間差で、電撃でもくらったかのようにハッとした。

 

 ――忘れていた。

 

 あの時タイミング悪く、その場を離れることになり、岳積に命じられたプロフィールの書き直しをすっかり忘れていた。

「俺が、集会所の掲示板に岳積の夢のことを書いたから――まさかお前、それを見て……」 

「その通り。私が瞳彩アイリスの記憶を通して知った事実と、彼の見る夢の内容は酷似していた。粒井岳積が統四平限を敵視しているならば、私が止めない理由はない」

瞳彩アイリスは、現実世界で目覚めようとしていながら、ビビってもいたってのか?」

瞳彩アイリスの心の奥底に、少しでも逃げ出したい気持ちがあるのなら、それが形となって現れても不思議ではない」

「それが私……。瞳彩アイリスの恐怖心だと?」

 呆然とする岳積をよそに、瞳縁リムは続ける。

「私は偶然訪れたパルスイアの集会所で、君たちのことを知った。岳積は瞳彩アイリス復活の妨げになる存在であり、聡情はあの時私が助けた子どもなのではないかと思った。そこでいち早く、君たちのもとに向かうことにしたのだ。代表に君たちの居場所を聞くと、ブリスラッドに向かっていると教えられた」

 ハルナのことだ。

「この町で聡情、君を見て驚いたよ。あの時と同じ雰囲気を今の君から感じた。君こそ、私が二十年もの時をかけて捜し続けた、統四平限を持つ少年であることは間違いない」

「嘘だろ……。俺を利用するために、お前は……」

 信じたくなかった。

「簡単に信じられる話ではないだろう。証明になるかはわからないが……」

 瞳縁リムは岳積を見る。

「岳積。君の見る夢はこのようなものではないか?」

 その瞬間、聡情の頭の中にイメージが流れ込んできた。


 地を這いつぶてを飛ばして攻撃する龍の視点。

 四肢を地に張りつけ、敵を丸のみにする。嘲るような笑い声を上げると、こちらに向かい、ペガサスが突進を――。

 

 今度は両足で立ち、色とりどりの沼を使い分ける龍。

 敵の龍が身につけた種々の武器によって、何度も痛めつけられ――。

 

 羽根を広げて宙を舞い、敵に流星を打ちつける龍。

 屈強な獅子に目を突かれ、地へ落とされた――。


「これが瞳彩アイリスの記憶だ」

「同じだ……。これは、私が見てきた夢……」

 岳積も同じイメージを見せられたのだろう。

 こんな恐ろしいものを岳積は何年も見てきたのか。

 これが瞳彩アイリスの記憶――。

 

 そこまで話すと、瞳縁リムは何事もなかったかのようにゲームを再開した。

「私のターンはまだ終わっていない。【ギャランティ・レイピア】が場を離れたことで、私の攻撃力は下がる――」

 

宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力2400(【拠冬羆きょとうひ‐ドングリズリ】+攻撃力1000【天球の弓哮】攻撃力1400)

 

「さらに【追撃ついげき舞踏ステップ】を発動。このターン、私がモンスターを破壊したことで、もう1枚、カードを破壊できる――」


【追撃の舞踏ステップ

 伏兵リアクターカード

 発動条件:自分が戦闘で相手モンスターを破壊したターン中に発動可能。

 効果:場のカード1枚を破壊する。


 瞳縁リムは高く飛び上がると、地面に向かって光線を吐いた。その勢いは地面から外側に広がっていく。山が音を立てて崩壊し、聡情が発動した【旅人の惑う山脈】が破壊された。

 ステルスモードになっていた【拠冬羆きょとうひ‐ドングリズリ】が再び姿を現す。

「聡情。私とともに来るんだ。君は瞳彩アイリスを復活させるために生まれた存在……」

 そう言われても、どうすればいいかわからない。聡情は現実を受け止めきれないでいた。

 幼い頃、あの惨劇から守ってくれた英雄。恩人。それが目の前にいる。

 しかし彼は、粒井岳積を消し去ろうとしている。エージェントとして、聡情が挫折しそうになった時、何度となく支えてくれた男を。

 瞳縁リムは自分にどちらかを捨てろと言っている。

 聡情は手札を見る。


夜半やはんそそくさび

 専煌カード/消滅型

 指定先兵モンスター:【天球の弓哮】

 効果:互いのメインフェイズに発動可能。

 カード名を1つ指定する。

 相手の手札・このターンに相手の場に出たカードを確認し、指定したカードがあれば全て破壊する。

 指定したカードがなければ、このターンに相手が受ける全てのダメージは自分も受ける。


 このカードを使えば、このターンに召喚された瞳縁リム――【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】は破壊できる。いや、破壊できた。

 岳積が攻撃された時もこのカードを発動していれば、彼がダメージを受けることはなかったのだ。しかし、瞳縁リムに恩がある自分には、それができなかった。

 

 ――俺は瞳縁リムを選ぼうとしているのか?

 

「ターン終了だ」

 聡情の返事を待たず、瞳縁リムはターンを終えた。


 手札

 岳積:3枚

 聡情:1枚

 瞳縁リム:2枚


 TURN9

 聡情のターン


「俺のターン……」

 そこで聡情は気づいた。

 先のターン、【夜半に注ぐ楔】で瞳縁リム自身ではなく、この空間――【執念箱庭リブート・ミニスケープ】を破壊することもできたのだ。瞳縁リムを破壊することに抵抗があるなら、せめて箱庭だけでも消し去っておくべきだったか……。

 時すでに遅し。優柔不断で判断力が鈍っている自分に腹が立った。


 ドローフェイズ

 手札:1枚

 場:2枚

 総出場枚数:3枚

 

 1枚ホールド(0枚デッキの下に戻す) 2枚ドロー 

 手札:3枚


「俺はこれでターンを終了する……」


 手札

 岳積:3枚

 聡情:3枚

 瞳縁リム:2枚


 TURN10

 岳積のターン


「私のターン――」


 ドローフェイズ

 手札:3枚

 場:0枚

 総出場枚数:3枚


 1枚ホールド(2枚をデッキの下に戻す) 4枚ドロー

 手札:5枚


「【銀轍アルゲ・マフラー】を召喚――」

 銀のバイクに乗った鬼が現れる。場を一周した後、ドリフトして止まった。

 

銀轍アルゲ・マフラー

 固有希少値:銀 攻撃力800 耐久力400

 効果:???

(銀のバイクにまたがる『奔走鬼ほんそうき』。何かを成すには、『訓練』が大切だと考えている)


「新たなモンスターが増えたことで、私の攻撃力は更に上昇!」

 潰されそうになる衝撃がプレイヤーとモンスターを襲った。


宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力3200(【天球の弓哮】攻撃力1400+【拠冬羆きょとうひ‐ドングリズリ】攻撃力1000+【銀轍アルゲ・マフラー】攻撃力800)


「さらに【執念箱庭リブート・ミニスケープ】の効果で、そのモンスターの耐久力は0になる――」

 鬼は地に足をつけ、龍の翼に飲み込まれそうになるのを耐える。

 

 【銀轍アルゲ・マフラー】耐久力0

 

「ターン終了だ」


 手札

 岳積:4枚

 聡情:3枚

 瞳縁リム:2枚


 TURN11

 瞳縁リムのターン


「私のターン――」


 ドローフェイズ

 手札:2枚

 場:1枚(専煌カード【執念箱庭リブート・ミニスケープ】は除く)

 総出場枚数:3枚


 1枚ホールド(1枚をデッキの下に戻す) 3枚ドロー

 手札:4枚


「バトルフェイズ――」


 【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力3200

    vs

 【銀轍アルゲ・マフラー】攻撃力800 耐久力0


 岳積がカードを手に取った。

「【懐古リマスターかた】を発動。場のモンスター1体の攻撃力に、現在のターン数を乗ずる。瞳縁リム、お前の攻撃力は11倍になる!」

 

懐古リマスターの型】

 伏兵リアクターカード

 発動条件:TURN11以降に発動可能。

 効果:場のモンスター1体の攻撃力は、現在のターン分、倍になる。

 ただし、そのモンスターが与える戦闘ダメージは0になり、次のターン終了時に、自分はこの効果を受けた後の攻撃力分のダメージを受ける。


 【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力35200(3200×11)


「ただし、そのモンスターが与える戦闘ダメージは0になり、次のターン終了時に、私は35200ポイントのダメージを受ける」

相乗の吸光シナジェティック・ホワイトホール!」

 瞳縁リムが光線を放つ。【銀轍アルゲ・マフラー】は一瞬にして消えた。

 先ほどとは比較にならないほどの衝撃が場を包んだ。ただでさえ強力な瞳縁リムの攻撃力が、爆発的に上昇したせいだろう。

 その振動で、花時計を覆っていたガラスが割れる。花は盤から剥がされ、宙を舞い、着地した。それぞれ好きな方向に散っていった花は三人がいる地を埋め尽くした。

 岳積が抵抗を見せる。

「【銀轍アルゲ・マフラー】の効果発動。デッキから【銅轍クプル・マフラー】を召喚する――」

 

銀轍アルゲ・マフラー

 固有希少値:銀 攻撃力800 耐久力400

 効果:このモンスターが召喚された時、または破壊された時に発動可能。

 手札かデッキから【銅轍クプル・マフラー】1体を召喚する。

(銀のバイクにまたがる『奔走鬼ほんそうき』。何かを成すには、『訓練』が大切だと考えている)


 銅のバイクに乗った鬼が、花を蹴散らしながら現れる。


銅轍クプル・マフラー

 固有希少値:銅 攻撃力1200 耐久力600

 効果なし

(銅のバイクにまたがる『奔走鬼ほんそうき』。努力が好きではなく、自身の『才能』がある分野で活躍したいと考えている)


「君の場のモンスターは増減したが、後から適用された【懐古リマスターの型】の効果が残っているため、私の攻撃力は変動しない」

 このような状況でも、瞳縁リムは淡々と説明する。

 岳積はさらに攻める。

「【スピリット・バズーカ】を発動。召喚された【銅轍クプル・マフラー】の攻撃力分のダメージを与える――」


【スピリット・バズーカ】

 伏兵リアクターカード

 発動条件:このターンに相手がダメージを受けていない場合。

 効果:自分の場のモンスター1体を指定する。

 そのモンスターの初期攻撃力分のダメージを相手に与える。

 この効果によって相手が敗北する場合、そのダメージは0になる。

 この効果でダメージを与えた場合、このターンに相手が受ける全てのダメージは0になる。


 巨大な筒が岳積の場に出現し、【銅轍クプル・マフラー】を飲み込む。エンジン音とともに、バイクが飛び出し、瞳縁リムに激突した。

 その瞬間、地に広がった花が合いの手でも入れるかのように舞い、爆発した。

 瞳縁リムがうめく。

 明らかに、【銅轍クプル・マフラー】の衝突以外のダメージも受けている様子だった。

 

 瞳縁リムの累積ダメージ:2500(1300+1200)

 

「何だ今のは?」

「この花、普通の花じゃないのか?」

 瞳縁リムは息を切らしながら、ターンを進めた。

「ターン終了だ……」

 

 手札

 岳積:2枚

 聡情:3枚

 瞳縁リム:4枚


 TURN12

 聡情のターン


 聡情にターンが回ってくる。

 とにかく今は、ゲームを続けなければ。

 このターンの終わりに、岳積は敗北する。決着をつけるならこのターンだ。


 ドローフェイズ

 手札:3枚

 場:2枚

 総出場枚数:5枚


 手札を見つめる。

 このカードを発動するためには、あのカードを手に入れるしかない。そのためには――。

 聡情は、先のターンで発動の機会を逃した【夜半に注ぐ楔】をデッキに戻した。

 

 1枚ホールド(2枚デッキの下に戻す) 2枚ドロー

 手札:3枚


 聡情はドローしたカードを確認する。

 瞳縁リムがあの時の龍だと知らなければ、どう動くか迷うことなどなかったはずだ。

 俺はどうするべきなのだろうか。

 足元のこの花――。

 たった1200のダメージでも、瞳縁リムは相当の傷を負ったように見えた。岳積が30000以上のダメージを受けたら致命傷は避けられない。

 花時計を覆っていたガラスは、この花たちが起こす爆発を防ぐ役割があったのだろう。それが砕けた今、花時計の盤に戻しても意味はない。それならば――。

 聡情は足元の花を掴んで【執念箱庭リブート・ミニスケープ】の外に向かって投げる。

 花は壁に当たり、ひらひらと地に落ちた。

 どう足掻いても、花をこの戦いから追い出すことはできないと悟った。

 

 ――決めるしかない。


 聡情はカードを手に取った。

「俺は【高速備忘戦士こうそくびぼうせんし クラウドーラク】を召喚――」

 ツヤツヤした金属をまとう機械の戦士が現れた。

 

【高速備忘戦士 クラウドーラク】

 固有希少値:金 攻撃力700

 効果:以下のターン毎に、異なる効果を適用する。

 ・自分ターン:自分ターンに1度、発動可能。

 『器量』『慈愛』『覇者』の区葉タームのうち、いずれか1つを指定する。

 このモンスターは、指定した区葉タームを獲得する。

 ・相手ターン:このモンスターは、耐久力(初期値700)を得る。

(『英断』の『景章札スートロケート』。記憶力が高く、見たものや聞いたものを何でも吸収する)


「さらに、解煌カード【英気養う陽光】。【クラウドーラク】をステルスモードに――」

 【クラウドーラク】が消えていく。

 上空から陽光が差した。

 

【英気養う陽光】

 解煌カード

 指定区葉ターム:『英断』

 効果:このカードが場にある限り、指定先兵モンスターは効果が無効になり、ステルスモードになる。

 このカードが場にあり、かつ、自分モンスターの攻撃中に発動可能(この効果は、このカードが場にある限り1度のみ発動可能)。

 その自分モンスターの攻撃力は、その戦闘中のみ、相手モンスターの攻撃力分上がる。


「バトル。【天球の弓哮】で瞳縁リムに攻撃――」

 獅子が弓を構える。

「【英気養う陽光】の効果を発動し、お前の攻撃力分、モンスターの攻撃力を上げる!」

 【天球の弓哮】が光を浴びると、獅子が弓を引く手に力が入る。


 【天球の弓哮】攻撃力36600(1400+35200)

    vs

 【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力35200


 矢が龍に向かっていく。

「君は私を倒すことを選んだようだな。だが――」

 聡情はヒヤリとした。

伏兵リアクターカード【みちびかれし活路ヒドゥン・ルート】!」


【導かれし活路ヒドゥン・ルート

 伏兵リアクターカード

 発動条件:自分モンスターの迎撃中。

 効果:場のモンスター1体を指定する。そのモンスターに攻撃が向かう(攻撃モンスターに攻撃を返すことも可能)。


「これにより私に対する攻撃は、岳積の場の【銅轍クプル・マフラー】に向かう!」

 一直線に進んでいた矢が停止する。

 終わった。

 よりによって、自分の手で相棒にトドメを刺すことになろうとは……。

「【陽動ようどう痕跡こんせき】を重発動リリアクト――」

 岳積の声が聞こえる。

「プレイヤーを指定する効果に対して発動し、その対象を決定する権利を自分に移す!」

 

【陽動の痕跡】

 解煌カード(重発動リリアクト)/消滅型

 指定区葉ターム:『奔走鬼ほんそうき

 発動条件:カード・プレイヤーを指定する効果を含む効果が発動した場合、その効果の発動に対して発動可能。

 効果:その効果が指定するカード・プレイヤーを自分が指定できる。


 【銅轍クプル・マフラー】が走り出すと、矢はそれに追随した。銅のバイクにまたがる鬼は、白い龍の周りをぐるぐる回る。

「【導かれし活路ヒドゥン・ルート】の効果で指定するプレイヤーは、私が決めることができる――」

 鬼が通った道には跡がつき、輝きを放った。それは地面から浮き出ると、鎖のように瞳縁リムに巻きついて彼を拘束する。


 【天球の弓哮】攻撃力36600

    vs

 【宙瞳縁龍飲ちゅうどうえんりゅういんRIMリムOmniscientオムニシエントMatterマター】攻撃力35200


 矢は上空に姿を消すと、Uターンして龍の背を貫き、地に刺さる。

 散らばっていた花は大爆発を起こし、煙で視界は完全に奪われた。


 瞳縁リムの累積ダメージ:39100(2500+36600)


 岳積、聡情の勝利

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