第3話 花時計の町 Part3

 少年は仰向けに倒れこむ。

 岳積と聡情は、彼に近づき顔をのぞきこんだ。岳積が少年に話しかける。

「君は、聡情が【天球の弓哮】を選ぶことはないと思った。だから他のモンスターを選んだのだろう?」

 少年は見透かされたというような顔をしている。

「聡情の場で戦闘が可能なのは【天球の弓哮】のみ。他のモンスターを選んで攻撃力を上げるメリットはない。【天球の弓哮】を選び効果を成功させ、ダメージを防ぎつつ攻撃力を上昇させることが、聡情にとっては一番利益が大きいはずだ――」

 岳積は続ける。

「しかし、それこそが聡情の罠だと君は考えた。君は『聡情が次のターン、手札のカードを使い【英気養う陽光】を破壊し、ステルスモードを解除することで攻撃しようとしている』と読んだんじゃないのか? 【英気養う陽光】はあの時、既に効果を使い切っていた。聡情にとっては、破壊しても惜しくはない」

「どうした岳積。突然、反省会なんかして」

 少年は聡情に尋ねる。

「あんたは、僕がストレートに【天球の弓哮】を選ぶことは考えなかったのか?」

「あー、それは考えなかったな。お前は型破りに見えて、妙に冷静なところがありそうだったからな。最初のターンも、俺のモンスターの効果を確実に潰しにきたし。だから、不可解な点をちょっとつくってやれば、簡単に引っかかってくれると思ったよ」

 型破りに見えて冷静な一面もある。どこかの誰かと同じではないか。

 そう思いつつ、口にすればもめるので、岳積は黙っていた。

「僕の敗因は、勘に頼らず、頭を使ったことか……」

 少年はしょんぼりしている。

 岳積は聡情にも聞きたいことがあった。

「それよりもお前、なぜあの時に【砂丘】の効果を使った? あの時のお前の累積ダメージは550。2000ダメージを受けても、敗北はしなかったはずだ。彼が正解していたらどうするつもりだったんだ?」

「そんなことどうだっていいだろ。勝ったんだから問題ない!」

「相変わらず危なっかしい奴だな」

「何で俺が怒られなきゃいけないんだか……」

 その時、彼らの背後から声がした。

「おい。テンプ――」

 声のする方に目をやると、人相の悪い男が立っているのが見えた。

真田さなださん……」

 テンプはバツが悪そうな表情をしている。

 この男がリーダーなのだろうか。

 真田は何も言わずカードを投げ、モンスターを召喚した。吹き矢をくわえたキツネが立ちはだかる。そのモンスターはテンプに狙いを定めている。

「お前にもう用はねえよ――」

 その時、一本の矢がキツネの持つ吹き矢を弾いた。

 聡情は【天球の弓哮】を呼んでいた。獅子の放った矢によって、テンプへの攻撃は防がれたのである。

 聡情がテンプをかばうようにして前に出る。

「何でお前が出てくんだよ? 関係ねえだろ」

 真田が面倒くさそうに言い放つ。

「さあ、何でだろうな?」

 



 

 目の前に立つ聡情を見て、テンプは回想する。

 前にもこんなことがあった――。


 背後では自分を追う者たちの声が飛び交っている。

 

 ――しくじった。

 

 こんな経験は今までにない。焦りの上から屈辱が覆い被さってくる。

 

 テンプは物心ついた頃から独りだった。親の顔など見たことはない。

 自分のためなら、どんなことにも手を染めた。誰が悲しもうが怒ろうが、後悔も同情もない。こちらが憐れんでほしいくらいだった。

 そうして悪行を重ねていくうち、あることに気がついた。

 

 ――自分は幸運な人間である。


 自分の人生には、とにかくラッキーが続いた。どれほど危険な場面でも、大事だいじに至ったためしがない。毎度、周囲の者が犠牲になり、自分は難を逃れる。何をしても失敗などないこの幸運に味を占め、今日まで生きてきた。

 それなのに……。

 

 テンプは行き止まりに追い詰められた。この人数を掻い潜ることは不可能だ……。

 その時、追手の後方から一人の女性が走ってくるのが見えた。

 女性がカードを投げると、霧のようなものが周囲に広がり、視界が悪くなる。

 突然のことに、自分を追いかけてきた者たちは混乱している。

 女性はテンプの所までくると、彼の腕を掴んだ。そのまま引きずられるようにして、連れていかれる。

 

 連中はまだ自分を捜しているようだが、物陰に隠れることはできた。

「この場所なら、とりあえず大丈夫でしょ」

 力強さとは反対に、その女性の声は冷静で優しかった。

 息を切らしながら見ると、二十代前半――あるいは、半ば――の女性が目に映った。

 テンプは気まずくなり、手を振り払う。

「何だよ、いきなり!」

「あなたね、『何だよ』ってことはないでしょ。助けてもらっておいて」

 もっともだ。散々追い回された挙句、あいつらに捕まっていたら、どんな目に遭っていたかわからない。

「ありがとう……」

 小声で返す。

「聞き分けがよくてよろしい。あなた、まだ子どもね――」

「子どもじゃない!」

 年齢だけで下に見られるのはしゃくだ。

「はいはい。それくらいの男の子ってのは、子ども扱いされたくない年頃なのはわかるけど――」

「そうじゃなくて!」

 必死に否定したが、大人から見た自分はあまりにも幼いのだと悟った。背伸びしても意味はない。何か言い返したかったが、別の話題に移ることしかできなかった。

「理由、聞かないのかよ」

「理由?」

「僕みたいな子どもが、こんなところにいるなんて、おかしいと思ってるんだろ?」

「他に頼る人もいなくて、こんなことでもしないと生きていけない――違う?」

 正解を正解と認めるのが虚しく、うなずくことができない。連中が探し回っている足音が、正解発表までのドラムロールのように響いた。

 彼女は自分の答えによほど自信があるのか、テンプの答えを催促してこなかった。

「わかるよ。私も……親、いないから」

 彼女も自分のように生きてきたのだろうか。『だから、こうして助けてあげたのよ』とでも言うのだろうか。

「慣れてくるころが一番危ないのよ。やるならやる。辞めるなら辞める。中途半端だと、踏み込むのも引き返すのも一苦労だからね」

 わかっていた。

 自分が本当に幸運な人間なら、悪行に手を染めずとも生きていけるはずだ。たとえば、裕福な家庭に生まれ、家族皆で楽しく暮らす。そんな人生だっただろう。

「あ! ちょっと! まだ危ないってば!」

 

 ――いつまでも、上手くはいかない。いつか、取り返しのつかないことになる。

 

 そう言われたような気がして、恐ろしくなり、その場から走り去った。


 あれから数年。

 結局、運に身をゆだね、有力なバーストとして名高い、真田に取り入った。

 作戦決行の直前、調子に乗って悪事をはたらいていたところを見つかってしまった。五仕旗でも敗北し、こうして横たわるはめに。本当についていない……。

 真田にもにらまれ、今度こそ、何もかも終わったと思った。

 しかし、目の前の聡情この男は、敵である自分を庇おうとしている。

 もはや、運がいいのか悪いのか――。


「お前ら二人、バーストだよな? ここで何してる?」

 聡情はテンプと真田を見て、そう言った。

 真田は鼻で笑う。

「そんなこと、なぜお前に話す必要がある。これは俺たちの問題だ。さっさとそのザコを渡せ。それができなきゃ――」

 真田はキツネのモンスターをカードに戻した。

「五仕旗で叩き潰すまで」

 聡情も獅子をカードに戻す。

 真田と戦うなんて無茶だ。テンプは真田が負けるところを見たことがない。

 だが、この男なら――奇抜な手を使うこの男なら、真田を倒すことができるかもしれない。

 テンプは聡情を信じることにした。信じる他ない。

 聡情の敗北――それこそが、自分の運の尽きなのだから。

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