第3話 花時計の町 Part1

「何だこれは!」

 岳積は声を荒らげた。

「お前はいつも勝手に行動するから嫌なんだ!」

「じゃあ、コンビ解消するか?」

 聡情が言い返す。相変わらず能天気だ。

「別にいいだろ。知られてまずいことでもないんだし。何か知ってる人がこれ見て、教えてくれたら助かるだろ?」

「だからといって、誰にでも知られていいというものではない。お前にはデリカシーというものがないのか? 私がこの二十年近く、どんな思いで隠してきたか――」

 岳積が集会所の掲示板に、その書き込みを見つけたのは、トゥリーが集会所に来てから五日後のことだった。

 所属するエージェントのプロフィールが記載されている張り紙。粒井岳積の欄には、いつの間にか新たな文言が書き足されていた。


 ……

 ・統四平限を捜索中。

 ・幼い頃から、悪夢に悩まされている(夢の中の自分はモンスター。五仕旗でモンスターになって襲われる夢)。

 ……

 これらに関して、何かご存じの方はお知らせください。


「こんなもの、いつの間に書いたんだ?」

「トゥリーがうちに来て、お前から話を聞いてすぐだったから……二、三日前か?」

 全く気づかなかった。

「安心しろ。俺も自分のこと書いたからさ。二十年前に両親をブリスラッドの町で失って、その時世話になった龍を捜してますって」

「何が安心しろだ!」

「だいたい、これ見る人がいるかなんてわからねえだろ」

「なら、なぜお前はこれを書いた? 他人の目に入れるためではないのか?」

 聡情は一瞬、言葉に詰まった。

「悪かったよ……まぁでも、しょうがないじゃん。過去には戻れないんだしさ。それにこんなの真に受ける人もいないんじゃないか?」

「真に受ける者がいないと思うなら、こんなものを書くな。とりあえず、これは書き直しておいてくれ――」

「岳積ちゃん、ちょっと手伝って」

 その時、集会所の外からハルナの声が聞こえた。

「はい! 今、行きます――」

 岳積は外に出る。

 しかし、今度はトゥリーの泣く声が聞こえてきた。

「どうした?」

 心配になり、中へ戻る。

「ごめんなさい……」

「大丈夫だって。誰も責めてないだろ?」

 聡情は左手に持った雑巾で床を拭きながら、右手でトゥリーの頭を撫でている。

 どうやら、トゥリーが飲み物をこぼしたようだ。岳積は胸を撫で下ろした。

 

 その二日後。トゥリーが自らの能力で、バーストの居場所を突き止める。

 岳積と聡情はその日、すぐにブリスラッドの町に向かうことにした。

 トゥリーは仲間を見守るため、集会所に残ることになった。連れていって、わざわざ危険にさらす必要もない。

 

「ここ、昔家族で来たんだ」

 そう話す聡情は嬉しそうではない。

 

 聡情の家族は彼が五歳の時、この町――ブリスラッドで命を落とした。

 平和なこの町に突如として現れたバーストにより、多くの犠牲者が出た。家族旅行に訪れていた掛松一家もその被害にった。聡情の両親は二人とも製札者メーカーであったため、人々を守るために戦ったが、バーストの猛攻によって帰らぬ人となった。

 両親とはぐれた聡情は、白い龍に命を救われたらしい。バーストたちに囲まれたところを、どこからともなく龍が現れ、傷つきながらも彼を守ったそうだ。

 聡情はその後、ハルナに拾われる。

 ハルナには、ヨロイという名の娘がいたらしい。二人はそれぞれ、モンスターと人間であるから、本当の娘ではないのだろうが、娘同然に大切にしていたということだろう。

 彼女たちの住んでいた町も、バーストの襲撃を受けた。ヨロイは姿を消し、それ以来彼女は行方不明に。何かしらの関連がないか調べるため、ハルナがブリスラッドを訪れたところ、聡情と出会ったらしい。

 

「あの時、父さんと母さんに会えるような気がして、ここに来たんだ。それでハルナさんと出会った」

 岳積は黙って聞いていた。

「あの時、俺を助けてくれたモンスターも、ボロボロになってたのに、俺は礼のひとつも言ってない。非道なバーストを許すこともできない。だから俺は、エージェントになることにした。ヨロイさんを見つけることができるかもしれないしな」

「そうだな……」

 岳積には、かける言葉が見つからなかった。


 町の中心に入る。

 向こうに大きな花時計が見える。カケラと呼ばれる色とりどりの花でつくられたその花時計は、この町の名物。これを目的にブリスラッドを訪れる者は多い。

 トゥリーが言っていたのは、この花時計のことだろう。

「ブリスラッドに来たのはいいけど、どうするかな……」

 現時点では、バーストがこの町のどこにいるかもわからない。

「人から話を聞くしかないだろう――」

 聡情を見る。岳積の話を聞いていない様子だった。

 彼は通りをじっと見つめている。そして、突然走りだした。

「おい!」

 聡情が一人の少年の手をつかむ。周囲の人々もその声に驚いて注目した。

 岳積も慌てて駆けよる。

「今、盗んだもの出せよ!」

 聡情が大声を出す。

 十代半ばくらいのその少年は、手を振りほどいて反論した。

「は? あんた、何言ってんだ?」

 少年は食い下がる。

「見てたぞ。お前がすれ違いざまに、他人のポケットから財布を盗んだのをな!」

 周囲がざわつく。ポケットに財布がないことに気づいたのか、男性が出てきた。

「もしかして、私のかも――」

「ほら!」

 聡情は少年に詰めよる。

 少年は軽く舌打ちをすると、花時計の方向に向かって走りだした。

 岳積と聡情も後を追う。

「待て!」

 少年は広場に入る。広場の奥には、花時計が待ちかまえていた。彼はピタッと足を止めると振り返った。

「もしかして、あんたたち製札者メーカー?」

 デッキケースを見て製札者メーカーであることに気づいたのだろうか。

「だったら何だ?」

 聡情は肩で息をしている。

「じゃあ、五仕旗で決着つけようよ。僕もこのまま追いかけられるの面倒だし」

「いいぞ」

 聡情が承諾する。

 それでいい。このまま鬼ごっこをするよりも、五仕旗でダメージを与えて拘束したほうが効率的だ。


「五仕旗……」

 聡情が言う。

N^Synergetic2 Periodシナジェティック・ピリオド!」

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