第2話 私の夢 Part3

「約束どおり、これは返す。ごめんよ……」

 トゥリーは聡情のデッキを彼に渡す。

「まあ、いいってことよ。なあ、岳積――」

 聡情が岳積に近づく。トゥリーに聞こえないように小声で話した。

「この子、俺たちが探してたモンスターかな?」

「おそらく、そうだろう。有望な製札者メーカーを探すために移動していたようだし。危険な感じはしないから、統四平限ではないと思うが……」

 岳積はトゥリーに向かって話した。

「カードにされた君の仲間を元に戻す方法はある。私の知り合いならそれができるかもしれない」

「本当?」

 トゥリーは嬉しそうだった。


 二人はトゥリーを連れて集会所に帰った。

「あら、お帰りなさい」

 すっかり日は沈んでいたため、ハルナ以外には誰もいなかった。

「もしかしてその子が――」

「そう。俺たちが捕まえたモンスター」

 聡情が冗談を言うと、トゥリーはビクッとした。

「もしかして僕、騙されたの……」

「大丈夫だ」

 岳積が声をかける。

「お前も話をややこしくするな」

「わ、悪かったよ」

「ハルナさん。この子の仲間がバーストにカードにされたらしい……」

 岳積はトゥリーの身に起こったことを説明した。

「それなら私の出番ね。お友達のカードを出して――」

 トゥリーはデッキを取り出し、ハルナに渡した。

 カードを受け取ったハルナはカウンターの上に並べて手をかざす。

 ハルナには、モンスター化されたカードを元に戻す力があった。彼女の力を借り、バーストによって一方的にカード化されたモンスターを救い出すため、この町を訪れる者は少なくない。

「今すぐに元に戻るわけじゃないけど、時間が経てばあなたのもとに帰ってきてくれるわよ」

 ハルナはトゥリーに優しく語りかける。

「ありがとう」

 トゥリーはカードをじっと見守っている。

「君たちをこんな目に遭わせたバーストは、私たちが絶対に許さない」

「『私たち』って、そこに俺は含まれてると思っていいんだな?」

 今日の勝負の最中、岳積に頼りないと言われた聡情は不貞腐ふてくされた。

「問題はトゥリーの仲間を襲った奴らがどこにいるかだな」

「それなんだけど、僕に任せてくれないかな」

「居場所、知ってるのか?」

「今はわからないけど、わかるかもしれない。僕には人がどこにいるかわかる能力があるんだ」

 聡情が驚く。

「何だそれ! すげえな!」

「顔を知ってれば、その人がいる場所のイメージが頭の中に浮かんでくるんだ。ぼんやりとだけどね。たまにしか使えないのが欠点だけど……」

 このモンスター、固有希少値:金だけのことはある。

「次はいつわかるんだ?」

「多分……あと何日かあれば大丈夫だと思うけど」

「わかった。それまでゆっくり休もう」

 岳積はトゥリーの肩を叩いた。


 その夜。

 トゥリーの仲間はまだ戻らない。

 ハルナはトゥリーをなだめ、寝かしつけた。

 岳積と聡情は、誰もいないロビーのテーブルにつく。

「お前、今日の勝負、俺に気を遣って威力抑えただろ。あんまり痛くなかったからな」

 聡情が岳積に問う。

 五仕旗の対戦中に発生する威力は、プレイヤーの意志である程度コントロールすることができる。

 いつもの彼の戦いから考えれば、加減されていることはわかった。これまで岳積が本気で牙をいた相手は、もっと強烈なダメージを受けていた。

「勝負に勝ちさえすれば、お前を傷つける必要はないからな。お前こそ、早々にあの子をカードにすれば、私と戦う必要などなかったのではないか?」

「じゃあお前なら、そうしたのかよ?」

 製札者メーカーが身勝手にモンスターをカード化することは、好ましくない。

 昼間と同じく、静かな時間が流れる。

 聡情は意を決して、気になっていたことを聞いた。

「お前が、統四平限を使わないのに探してるって話。そのことはとりあえずいいや。でもお前、Laboに関係することも、何か俺に隠してるよな?」

 岳積は沈黙を貫く。

「正直気分悪いんだよ。いつも俺だけ仲間はずれにされてる気分っていうか。お前と出会った頃、ハルナさんにはそっとしておくように言われたけどさ。ずっとそんな感じじゃん。お前は俺の過去を知ってるのに。お前が抱えていることがわかれば、俺も役に立てることがあるかもしれないだろ? 今日、あのスパイクって奴と戦った時、最後呼び止めてただろ。何か気づいたことがあったんじゃないのか?」

 聡情はこれまで抱えてきた感情を吐き出した。

「わかったよ……。私は幼い頃からある夢に悩まされているんだ」

 岳積が語り出す。壊れかけたオーディオが、息を吹き返した時のような始まりだった。

「夢?」

「ああ。夢の中の私は図体が大きく――あれは、人間ではないと思う。その夢の中で私は、モンスター達と戦うんだ。おそらくあれは、五仕旗だと思う」

「プレイヤーじゃなく、召喚されたモンスターとして戦うのか」

「そして夢の最後には必ず、統四平限を封印するように命令する声が聞こえる」

「統四平限を?」

「その夢は定期的に襲ってきて、私が成長するにつれて酷くなっていった。何日も眠れないことも一度や二度ではない」

 聡情がうなずく。

「医療機関に通ったこともあったが、どこへ行っても回復の兆しはなかった。家族からも距離を置かれていると感じるようになった。だから、自分の力で何とかしなければならないと思ったんだ」

「それでLaboに入って……」

「モンスターやそれに関する事象を研究しているLaboならば、あるいは夢の原因を突き止め、解消することができるかもしれない。そう思い、私は研究員になった。しかし、私は約一年でそこを去ることになる」

「一年で? 何で?」

 岳積は続きを語った。

「……そして、私は統四平限を手に入れる決意をした。あの人の無念を晴らすためにも。統四平限を封じれば、本当に私が悪夢から解放されるのかはわからない。だが、他に方法が見つからない以上、挑むしかないと思った」

「そうか。お前は子どもの頃から、ずっと辛い思いをしてきたんだな。俺、自分だけが大変な目に遭ってると思ってたから。ごめん」

「いや、私も黙っていて悪かった。余計な心配をかけたくなかったんだ」


 一週間後。

 トゥリーは少しだけ元気を取り戻したように見えた。彼の仲間は依然としてカードのままだったが、彼は集会所での生活にも慣れてきたようで――空元気かもしれないが――楽しそうにしていた。

「今ならわかりそうかも」

 朝食の席で、突然トゥリーが言った。無論、バーストの居場所のことだろう。

 トゥリーは目をギュッと閉じると、眉間みけんしわをよせてうなった。

「大丈夫か? 無理しなくても――」

 聡情が心配になり声をかけると、岳積が手のひらをこちらに向けた。集中している彼の邪魔をするなということなのだろう。

「お花……」

 その言葉が、小さな口からこぼれ落ちた。

「いろんな色のお花……それが、ピザ? 丸い形に……」

 岳積と聡情の目が合う。

 そこでトゥリーの両目が開いた。呼吸が乱れている。

 汗を拭いてやり、水を飲ませ、二人は彼を落ち着かせた。

「ありがとう、トゥリー」

 力を使い眠ってしまった獣をベッドに横たわらせる。

 部屋を出ると岳積が言った。

「トゥリーが言っていたのは、やはり……」

「ああ。間違いないと思う」

 聡情は思い出さざるを得なかった。


 二十年前、両親と訪れた町で起こった惨劇――崩れていく町、人々の悲鳴、空や地を駆け回るモンスター――そして、自分を守るために盾となった白い龍……。

 聡情にとって最悪の観光都市――ブリスラッドのことを。

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