第41話 41 「かつ丼食うか」「はい食べます!」「じゃあ金払えよ」「お金ない」 「なら体で祓え」

「…」


 警察署の取り調べの帰り、あれだけ騒いでいたのに芽衣さんは終始無言だった。

 葵さんは警察署に行く段階で家に帰ってもらった。

 ちなみに警察署でかつ丼は出なかったので、お昼を食べ過ごしていることになる。

 二人で会話の無い道中は夕焼けがあれば、ラブコメディードラマのワンシーンのような青春描写そのものだろう。

 今まで無理にでも近づこうとして二人きりになろうとしていたが、唐突に表れた二人きりに成れる状況に対しては芽衣さんの方がどうすればいいのかわからないらしい。


 近くにお蕎麦屋さんが見えた。


「かつ丼食べてく?」


「!はい食べます!」


 びくっと一度反応したあと元気よく反応した。

 入学したての小学一年生で、引っ込み思案な子が先生に指名されて自己紹介するときに出す返事のようだ。

 最初は空元気で緊張をごまかそうとするんだけど、後からボロが出てしまうタイプ。

 今まではそんな姿を一切見せなかったのに、急にそうなったのは少し疑問に思う。


「じゃあお金は払ってね。」


「お、お金ないです。」


 ん?

 なんか、葵さんのマネしてる?

 ボロが出ないかちょっと試してみるかな?


「なら体で払ってもらおうかな。」


 ジョークでそんなことを言ってみた。

 今までの芽衣さんならセクハラ発言には見逃さずセクハラをかぶせてくるはず。


「え、ええとどうすればいいのでしょうか。

 い、家にお財布ならあるので後で払いますから勘弁してくれませんか?」


「…」


「わ、わたしなにかしましたか?」


「…」


「む、無言はこわいですぅ。」


 な、なんだこの生き物は。

 記憶の奥底から探し出す。

 前世の記憶の方が鮮明になるにつれて忘れていた幼少の記憶よ甦れ。


「あ。」


「ふえ!?」


「いや、行こうか。」


「は、払えませんよ。」


 オドオドと自信を失った芽衣さんの手を引いてお蕎麦屋さんへと連れ出す。

 もともとオドオドな気質は代わらず、どんなに自分を変えようと思っても心根は変わらない。

 泣き虫だった人間が頑固親父になっても、大切なものを失った時、その時だけは泣き虫に戻る。

 よく、道徳の授業で習うようなお話。

 昭和の高度経済成長期を題材にしたお話は概ね頑固親父が出て、家族のために必死に働き、家族の前では眉をピクリとも動かさない漢を見せるが、悲しいときにだけは涙を見せる。

 芽衣さんもそんな感じ。

 最初はどれだけ外観をよくしても、彼女の心は変わらない。

 外面見せて内面を見せずしては本音がわからない。


「払ってもらうよ。

 葵さんのお姉さんの披露宴の時にきちんとマナーを出してもらうからね。」


「…はい。」


「そんなに気構え無いで。

 って言っても無理かな。

 最初はみんな気構えてしまうからね。」


「き、緊張しちゃいまうす。」


「深呼吸とかそういうのがいいかもしれないねえ。

 背中でもさすろうか?」


「だ、大丈夫です。」


 本当に外面しか見ていなかったとつくづく思いながら、自分を戒めた。

 自分をさらけ出すのが苦手だってのに、無理してそういう仕事しているんだねえ。

 車に乗っているときの閉鎖空間でのテンションハイが起きているだけかもしれないけど、それでも自分のことをさらけ出すのは苦手なはずだね。


「まあまあ、そう邪険にしなさんな。」


 蕎麦屋に連れていくと蕎麦屋の店員さんは意味深な目を見てきた。

 だいぶ若い店員なので家族経営の娘かバイトなのだろう。

 オドオドしている芽衣さんと手慣れた感じの俺を見て円光か何かと思ったのかもしれない。


「あの罵倒系配信者さんの芽衣さんですよね!」


 違ったみたい芽衣さんのファンらしい。

 このままだと配信活動に影響がでそうだから、彼女の前に口を出すか。

 よく見たら名札にバイトって書いてあるし。


「きみきみ、今はどういうお時間かわかるかな?」


「ふぇ?」


 店員は注意されるとは思っていなかったのかたじろいだ。


「今の君には賃金が発生しているわけだ、私的な理由で個人情報会得し、労働時間とは関係のない行動を起こすのは労働としては間違いの行為。」


 むっとしたような表情でにらみつけてくるが気にしない。

 

「年が近しいから、上からモノを言われているようで嫌からも知れないけど、お金が発生している以上は君の感情は関係ない。

 社会的には比較的優位に立っている男性から言われるのが気に食わないのもわかる。

 それでもだ、君は今、労働時間という商品を売りに出してお金に換えている最中だ。

 モノを買うときにお金が必要なように、お金を買うためにモノを売る、いわゆる買取と呼ばれる行為を君は今しているんだ。

 モノは君の時間だ。

 何度も言うようだけれども君は時間という商品を売ってお金を得ている。

 その時間の所有権ではない君がやっていいのかな?」


「は、はい。」


 店長を呼ばせずに彼女自身に気付かせることに成功したのかな。

 後でうざい男とか言われるかもしれないけど、そういうところは言えるときに言っておかないとね。

 今の若い子たちは注意してもらえることの方が少ないって聞くし、できることはできるうちに。


「やっぱりヒーローだ。」


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次回 42 待ちに待った披露宴が始まります

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