第22話 22 オサナナジミとハツコイと本とメガネ

「はい、この本の読んだ感想を書き出して。」


「ええと難しかったです。」


「じゃあ今度はこの本を読んで。」


 教えようとしたが点で駄目だったため図書館で徹底的指導を行っている。

 尚町の小さな図書館ではなく、大きな図書館で周りに迷惑をかけないように適度な声で行っていた。

 今読んでいるのはビジネス用語の論書で多少古いものではあるが知識としては今でも使える程度のものだ。

 他にも活字を交えるために図書館にある新聞もはさみつつ授業をしていた。

 

 もはや、新人教育をしている気分だ。

 前世ではコストカットのためとか言ってビジネスマナーとかの研修を行わずにそのまま現場に行かせるようなところだった。

 だからか、現場の俺が見かねて教えていた時期があった。

 もちろん断る部下も居たし、そういう部下にまで手を回せるほど俺には人ができていなかった。


 その点、芽衣さんはやる気はあるけど自分のレベルがわかっていないからできないタイプだったので段取りを踏めば、時間はかかるけれども覚えてくれるから優秀な部類に入る。

 葵さんとの披露宴の余興の内容も決まっていないため、そこを調べつつ勉強を見ることができるので助かってはいる。

 ついでに披露宴での多少のマナーは身に着けてもらう。


「ここがわかりません!」


「なら、この本にこのページを読んでみて、それでもわからなかったらこの辞書で要点を引いてみて。」


「はい!」


 今やっているのは自習の行い方だ。

 学校のテスト勉強とは違い暗記すればいいだけのものではない。

 自分で考え調べることを前提とした学習方法で社会人になると調べる能力を求められる。

 今はネットワークを駆使して簡単に調べられる方法があるが、多少続いている会社だと紙媒体に保存しているケースも多い。

 その場合は少ない事柄から調べる経験を積む必要がある。


「拝啓と謹啓の違いは、謹啓のほうがより丁寧な言葉になっていて、会社の取引などで使う場合は拝啓で良くて初めての人や目上の人に送る場合は謹啓のほうがいいと。」


 ノートも持参して必要な内容を割り出して書き出し、自分だけのメモ帳を作り出していく作業。

 プールの監視員のバイトで聞いた話だが小学校から口酸っぱく言う先生は、今はもう少ないという。

 だが実際に対して社会人になるとそれなりに必要になる事柄として改めて実感する人も多いだろう。


 特に社会人なり立てでメモを取ることを覚えずにいると社会から置いて行かれる。


「FAXを送った後には確認の電話をすること。

 相手側がすべて把握できるとは限らないので、忘れましたで済まされない場合がある。」


 口から零れつつも必死に覚えようとしているのは言いこと。

 迷惑になるかもしれないから周りの視線を気にしつつ、大きければ注意しながら勉強を進めていく。

 他の人も集中するために、雑音という情報を入れたくない人も居るため気を配ることは大切だ。


「あの....」


「あ、うるさかったでしょうか。」


 ふと後ろから声をかけられたので反射的に振り向きざまに謝罪をすると最近久しぶりに会った顔が目に入った。

 眼鏡をかけた状態の葵さんだ。

 冠婚葬祭に関する本を持っていることから、俺と同じように調べに来ていたと思われる。

 思わぬところで好意を寄せている人に会うと心臓が跳ね上がるようにドキドキしてしまう。

 眼鏡をかけていると近視になるのか、以前喫茶店合った時よりも距離が近い気がする。

 それこそ、吐息が当たりそうで当たらない距離に。


「ああ、先日はどうも。

 あの後、お姉さんの方から親展はありましたでしょうか。」


「一応は何かするみたいです。

 でも、出会いの内容をどうするか決めきれなくて、式も近いので図書館の中で参考にできる本がないか探しに来ていたのですが。

 一郎さんは勉強でこちらにいらしているのでしょうか。」


「私の方も余興に関する内容をどのように纏めればいいか調べていたところです。」


 と言っていくつかの本を出していた。

 ジムトレーニングに関する本やプロテインの摂取方法など彼らの出会いに関する本だ。


「出会いに関する本ですか?」


「一応余興だから笑い話を交えるのが良いし、普通の人にも伝わるようにしたいけど出会いが出会いだからね。

 たとえ話としては少しマニアックな言葉があった方が笑い話として伝わりやすいかと思ってね。」


「なるほど。

 私は真面目に運命の出会いとして話せばいいのかと思っていました。

 確かに余興という観点からすると、笑い話から入るのは普通ですね。

 少し儀礼的な観点が強すぎましたか。」


 本を持ちながら自分の選択肢が間違っていたと思う葵さん。

 葵さんの持っている本は確か、儀礼的なマナーをテレビなどで教えている講師として有名な人だったから、内容としてそのようなことが記載されているのは当然と言えば当然か。


「葵さんの調べたことは間違いではないよ。

 旧家が豪族や歴史ある家柄の結婚式の場合は重んじたりすること多い。

 特に経営者一族、俗に言うと大株主や資産家などにはそういったしきたりがあるからね。

 相手方のことを朱里さんから聞いたけど、そこまで格式ばった家柄ではないからある程度緩くした方が好印象的ではあると思うよ。」


「はい。

 勉強になります。

 っとそちらのお連れの方はもしや芽衣さんではないでしょうか。」


「ええ、芽衣さん合っていますが今は勉強中ですのでしばらくそっとしておいてください。」


「あーーーーー!!!!」


 と言ったのだが、切りよく気づいたのか図書館、公共施設には発してはいけないほどの大きな声を挙げて葵さんを指さす芽衣さん。

 他の図書館利用者がうるせえよという目線を向けられていることに気が付かないほど興奮しているのか息を荒くしている。


「芽衣さん、ここは図書館だからうるさいよ。」


「ゴメンナサイ。」


 俺が注意するとさすがに気が付いたのか他の図書館利用者にお辞儀をして謝罪する。

 と、芽衣さんが謝罪している間に葵さんの方が本を読むことを辞めるのか眼鏡をしまい始めた。

 邪魔をしてしまっただろうか。


「改めましてお久しぶりですね。

 今回、結婚式を開催する新婦側の親族の葵と申します。

 此度は一郎さんのオトモダチにて出席していただきますこと光栄に存じ上げます。」


 古風な言い方するなあ。

 内容自体は結婚式に出席していただいてうれしいってことだけど、少し古風な言い方だ。

 今では使うことのない言葉も使っているし、線を引いているのは仕方ないにしろなんでだろ。


「こちらこそ改めてお久しぶりです。

 この度は一郎さんの妻として、参列させていただきます芽衣です。」


「一郎さんとは婚姻、婚約をしていないと一郎さんのお母様からはお伺いしておりますが、どういった意味でのツマなのでしょうか。」


 発音が少しおかしいな。

 芽衣さんはストーカーだから妻は威嚇を兼ねて言っているんだろうけど、葵さんのツマの発音が刺身のツマみたいな添え物に使われる発音に似ている。

 添え物を見るような視線すら感じる。

 しかし、なぜだろう。

 芽衣さんの前で眼鏡を外したから、距離感が多少離れるはずなのに俺との距離は遠のくどころか縮まっている。

 吐息が明確に当たっているとわかる距離まで。


「それは勿論未来の妻です。

 幼馴染の俺は一郎の好きなもの全部わかってますもん。」


 そりゃあストーカーしてれば全部わかるよね。

 今はだいぶ大人の味覚になっているから、全て把握していないと思いたいけど今までの言動やパソコンの履歴(勝手に調べたので犯罪です)を見たので芽衣さんは今の好みを知らないはず。

 芽衣さんのことだからストーカーの経験則から基づく勘は打率が高そう。


「そうでしたか。

 ではオサナナジミのでは一つお聞きしたいですが、一郎さんの初恋の方は誰なんでしょうか?」


 なんか空気重い。

 葵さんってクラスメイト頃は結婚欲求無かったけど、年を取るにつれて焦りが出始めた例なのかも。

 だとすると自分自身好意を寄せていることにクラスメイトの時代から代わりないけど円満な家庭が築けるかと言われると心配なところだなあ。

 芽衣さんの方を見やると図書館だから静かにはしているが、なんていうか目を食いしばっている。

 あほみたいな言葉がぴったりな顔つきになっている。


「ハツコイの方?

 ああ、確か一郎が食べに行った料亭、鯉嵐で食べたハツコイのことかな。」


「違いますよ。

 初めて下心の恋をした人のことを言っているんですよ。

 当然、一郎さんのお母様から聞いていらしているんでしょう。」


 血の涙を流すかのような目の充血具合が芽衣さんに走っている。

 や、やべえ。


「あの、葵さん。

 公共の場で私のことを話せるのはあまり気分がいいものではないから辞めてくれるかな。

 それに自分自身ことを本人の前、話されるは恥ずかしいものだかさ。」


「申し訳ございません、一郎さん。

 芽衣さんとの個人的な会話は一郎さんが居ない場所で漏れないところでお話いたします。

 お詫びと言っては何ですが僭越ながら、私も一つご一緒に芽衣さんに勉強お教えしてもよろしいでしょうか。

 私も僭越ながら個人事業主をしておりまして、大学には通っていますが企業とのやり取りも慣れていますしビジネスマナーも普通の大学生よりは身に着けているつもりです。

 教えられることもあると思うのですがよろしいでしょうか。」


「いえいえ、それには及びませんよ。

 芽衣さんの勉強は順調に進んでいます、今日明日には最低限のマナーは習得できるでしょう。

 複数人で教えてもかえって芽衣さんのほうが参ってしまわれるかと思われます。」


「そうですか、では私は下がらせていただきますね。

 また時間があるときに二人きりで相談していただけると幸いです。

 芽衣さんの方とはメガネを掛けずにお話したいので披露宴が終わった際にまたお話ししましょう。

 それではまた。」


 なるほど、色眼鏡をかけていたということか。

 芽衣さんはその手のことわざを知らないのか、首を傾げながら去る葵さんを見上げていた。

 今度会ったら戦争かねえ。

 外部からの目があるのと、披露宴に招待する側の人間として礼節を持って接したが今度はそうはならないと。

 いやあ、古風なことが好きなのは変わらないようでなにより。

 やっぱり初恋だね。


 昔の本の虫だった彼女のことを思いながら、再び芽衣さんに勉強を教えていった。


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次回

23 徹夜したらハツコイが家に来ていた件


surai6dou

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