第14話 あなたの惑星どこですか
「ノル、今のは言い過ぎ」
言いたい事はわかるけど、と付け足しながら声をかけられて、その方向を見ないよう視線を俯かせたノルは、深く長く息を吐き出した。
受付窓口の裏側は壁で隔てられてはいるものの、客と局員の声や業務の作業音で、見えなくとも騒がしさが伝わってきている。
リグレットが泣きそうな顔で行ってしまった先を眺めていても、吐き出した言葉はもう今更取り消せないし、言い過ぎた自覚は十分にあるので、言い返す言葉すら思いつかない。
それどころか、自己嫌悪で吐き気さえしてくる、とノルは思い、また一つ溜息を吐き出してしまう。
声をかけてきたグレイペコーは心配そうに顔を覗き込んでから、具合悪くなってきてるんでしょう、と水の入ったグラスを差し出していた。
流石に何年も世話をしているだけあり、対処が的確過ぎて文句の一つも零せやしない。
「まだそこまで酷くはない」
これではまるで負け惜しみじゃあないか、と思いながら、ノルはポケットに入っていた小さなケースから薬を取り出してグラスを受け取ると、それを溜息ごと飲み込んだ。
薬が効くまで時間はかかるものの、服用した事で不思議と少しばかり安堵してしまう事が、何だか可笑しい。
そのまま残りの水を飲み込むと、グレイペコーは空になったグラスを回収して、目の前でゆらゆらと揺らしている。
「二人してそうやってすぐ無茶しようとするんだから」
「俺とあいつを一緒にするな」
「ボクからしたらどっちも同じくらい手がかかってるよ」
手痛い追撃をされて思わず睨みつけるけれど、グレイペコーはグラスを両手で持ち直すと、呆れた顔で肩を竦めている。
決まりが悪くなったノルは、腕を組んで暫し考え込み、深く長く息を吐き出した。
「あいつのあれ、まだ直ってないのか」
その言葉に、グレイペコーは首を傾けかけて、止めた。
リグレットの事を言っているとわかったのだろう、彼女は異常な程に森への警戒心が低く、いっそ居心地の良ささえ覚えている節がある。
それについて、ノルは勿論、グレイペコーも再三注意をしてきたけれど、今になってもあれだけ危機感を持てないのは、一体どういう事なのだろうか、とノルは頭を抱えてしまいたくなる。
「……まあ、あれはなかなか変えられるものじゃないと思うよ」
そもそも抗体値が高過ぎて身の危険を感じられない事も原因かもしれないが、ブルーブロッサムの森の中は、リグレットにとって母親との繋がりがある唯一の場所だ。
それを踏まえて、グレイペコーは言葉を続ける。
「あの森を居心地がいいなんて思えるのはあの子くらいだろうし、そんな感覚、ボクたちには到底理解出来る事じゃない」
普通はあんな場所、気持ちが悪くて息苦しくて、出来るなら一刻も早く出たい、って思う筈なんだから。
眉を顰めてそう言ったグレイペコーに、ノルは組んでいた腕を思わずぎりと強く掴んだ。
「それに、今回は母親って言葉に引きずられて、自分と重ねちゃったんじゃないかな」
グレイペコーはそう言って緩く唇を噛むと、視線を地面へ向けている。
男女どちらでもない性別で生まれた為に、親に
同じく親の顔すら知らないノルにとっては、理解できる筈も無い、と放棄すらしている事だ。
「馬鹿馬鹿しい。下手をしたら命に関わるのに、そうまでしてやる事じゃないだろう」
どれだけ命を軽んじているんだ、と鼻白むと、それには同意するけど、と言って、グレイペコーは深々と息を吐き出して、ぎゅうと眉を寄せている。
幼い頃から知っているので、グレイペコーがこの先何を言い出すのかはっきりとわかってしまったノルは、苦々しい面持ちを浮かべて顔を背けてしまう。
「でも言い方は考えないと駄目だよ。あれじゃ後で何しでかすかわからないじゃないか」
「ならお前がさっさと間に入れば良かっただろ」
「ボクも今さっき気がついたんだから仕方ないでしょう。もう、上手く言えなかったからってボクに八つ当たりしないの」
「うるさい。大体、お前だってあいつを甘やかし過ぎだろう」
「あ、あの、副局長……」
後ろからおずおずと近づいてきた局員に呼びかけられ、ノルは、は、と眼を瞬かせた。
グレイペコーにつられてしまい、つい子供の頃のような言い合いをしてしまった事を恥じて、口元に手を当て咳払いを一つすると、振り返る。
「何か?」
努めて冷静さを装ってそう聞くと、声をかけてきた局員は申し訳なさそうに、言いにくそうに、口を開いては閉じてを繰り返すと小さな声で告げていて。
「その、リグレットさんがさっきの人のカードを持って、森の方へ走って行ったみたいですけど……」
「は?」
「えっ」
間の抜けた声を発したノルの耳には、いつもならばそうそう騒ぐ事のない、狼達の鳴き声が遠くから聞こえていて。
グレイペコーが無言の非難を向けているのを背後からひしひしと感じながら、ノルは額を押さえ、肺に押し込んでいた息を吐き出していた。
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