第2話 ざまあヒロインと天敵その2
翌日。
私は学校にあるテニスコートでソフトテニスの授業を受けていた。
大半がジャージで参加している中、私だけ自前のテニスウェアを着ている。
また普段は肩に流している金髪も動きやすいようにポニーテイルにまとめていた。
「オッラアアアアアッ!」
相手の女子が打ってきたヘロヘロ球を、私はジャンピングスマッシュで撃ち返す。
現役テニス部の連中にも負けない超高速リターン。
軽く150キロは出ていただろう。
当然相手は撃ち返すことなどできない。
ボールはそのままコートを飛び出していく。
相手の女子は困った様子で、ボールを拾いに走っていった。
そんな私のスーパープレイを見て、外野で順番待ちをしている女子がグチグチ言い出す。
「マジでうざいんだけど鎌瀬」
「つかなんでアイツだけ本気なの?」
「ラリー続けましょうねってセンセーも言ってんじゃん……」
ザコ共が私の悪口を言っている。
まあ、私みたいに才能がありすぎる人はすぐに嫉妬の対象にされてしまうから仕方ないわね。
デュフフ!
とはいえ私も、今日はいつもに増して好戦的だった。
なぜなら昨日雪村のせいで散々な目にあったからだ。
容姿・頭脳・身体能力・人気・人格そして性格。
全てにおいて日本一の女子高生であるはずの私が、昨日はまるで負けヒロインのようだったではないか。
そんなことは絶対にあり得ないのに。
そうよ……!
おかしいのは内木よ。
アイツ、ちょっと見た目がいいからって雪村なんかにデレデレしやがって。
どう見たって私の方がカワイイのに……!!
ムカツク……ッ!!
なんて私が思っているうちに、相手の女子がサーブを打ってきた。
そのボールに一瞬雪村の私を嘲笑う顔が重なる。
私はボールを鬼の形相で睨みつけた。
そして、
「私が一番カワイイッ!!!」
全力でボールを打ち返す。
イナズマのようにコートに突き刺さった球は、ツーバウンドで端の柵にぶつかった。
アッハハハハ!!
このド無能がアアアア!!
ザコ相手に全力出すのって気持ちいいいいい!!
胸がスカッとする。
今日はこの調子でクラスのザコ女どもを相手に憂さ晴らししましょう!
幸い内木を含む男子は全員隣のコートでサッカーをしているから、男の目を気にする必要もないし!
なんて私が思っていると、
「ほう。
いい球だな。
次は私と組んでもらえないか?」
後ろから声を掛けられた。
この声は……!?
振り向けば、そこにテニスウェアを着た黒髪ロングの女子が立っている。
カリスマ性を感じさせるキリリとした顔つき。
スポーツでガンガンに引き締まった体と、それに反比例するかのように膨らんだ胸や尻。
およそ中高年男子どもの愚かな願望を全て詰め込んだようなこの女こそは、全校生徒憧れの生徒会長である『
私がコイツがトラウマだった。
というのも、この間の生徒会長立候補戦でコイツに敗れてしまったからだ。
しかも得票差は1対306。
私以外の全校生徒(内木含む)が、全員コイツに投票しやがったのである。
そんな宿敵とも言える奴から試合を申し込まれてしまったのだが、どうするか。
明星院はスポーツ万能と聞く。
警視総監である父に憧れている奴は日頃から武術を嗜んでおり、剣道や空手の他、銃剣道、果ては射撃にも通じているらしい。
それはスラリと伸びた背筋や、重心が全くブレない足運びを見ればだいたい分かる。
恐らく基本スペックは奴の方が高いだろう。
だが。
ことテニスならば私に勝算がある。
なぜなら私は中学時代、全日本ジュニアテニス大会14歳以下の部(シングルス)で準決勝まで進んだ実力者なのだ。
しかも雪村の時とは違い、テニス界隈で明星院の名前は聞いたことがない。
つまり奴は素人。
この私が負けるはずがない。
ククク……!
モテるために始めたテニスがこんな所で役に立つとは……!
奴に大恥掻かせて、立候補の時の憂さを晴らしてやる……!
「いいですよ♡
一緒にやりましょう♡」
私は愛想笑いを浮かべて明星院に言った。
「よし。
ではさっそく始めよう」
明星院はラケットを片手に私の対面のコートへと向かう。
「はーい♡
お手柔らかにおねがいしまーす♡」
ブッ殺してやんよ♡
私は内心ほくそ笑みながら明星院に言った。
ネットの向こうで明星院がコクリと頷く。
クラスメートの女子の一人が審判に立ち、すぐに試合(ラリー)が始まった。
時間がないのでタイブレーク(2ポイント以上の差がついた時点で勝敗が決まる)とし、サーブ(始めにボールを打つ)は『初回のみ1回で交代で、後は2回まで』という特殊ルール。
先にサーブを打つのは私。
ラケットを握り直す。
狙いは奴の顔面。
『ツイストサーブ』を決める。
ツイストサーブは強烈にかかった縦回転のために、通常とは逆方向に、しかも高くバウンドする打ち方だ。
その最大のメリットは『高確率で相手の顔面にボールをブチ当てることができる』こと。
私は自分よりもツラのいい女子をボコすためだけにこのサーブを極めてきた。
テニス素人の明星院では絶対に回避不可能。
グフフ……!
ここが年貢の納め時だ明星院!
死ねぃ!
「どっせぃ!!」
私が打ったボールは、高速で縦回転しながら明星院の足元へと向かった。
完璧に狙い通り!
しかも明星院は棒立ちのまま、腰すら落としていない!
あんな姿勢では顔面目掛けてバウンドしてくる球には到底反応できな……!?
「!?」
私がそう思った、次の瞬間だった。
一瞬明星院の手元がブレて見えた。
そんな事あるわけがないと思ったけど、実際そう見えたのだから仕方がない。
直後、まるで弾丸みたいな速度でボールが戻ってくる。
咄嗟に反応しようとしたけど、間に合わない。
ボールはそのままコートの反対側の端に突き刺さり、抜けていった。
う、ウソでしょ……!?
私の完璧なサーブが返されるなんて……!?
そんな風に私が呆然としていると、
「すまない。
もう少しゆっくり返すつもりだった。
次はちゃんと加減する」
言って、明星院が近場に落ちていた別のラケットを拾った。
明星院が打つ順番になる。
は……!?
加減……!?
ことテニスにおいては圧倒的格上であるこの私に対して加減するだと!?
下品な体つきだけが取り柄の脳筋生徒会長の分際で舐め腐りやがって……!!
明星院の言動に、私は一瞬でブチギレそうになる。
だがその感情を押さえ、顔に愛想笑いを貼り付けて、
「はーい♡
おてやわらかにおねがいしまーす♡」
言った。
落ち着け。
たしかに奴の運動神経は凄まじいが、技術そのものは素人。
コートの中に入らないままサーブが終わる可能性は充分にある。
そうなれば私にサーブ権が移る。
もう油断はしない。
奴の足元なんか狙わず、隅を突くように打ってそのままゲーム終了。
それで私が勝つ。
そんな事を私が考えていると、
「ハッ!」
明星院がボールを頭上高く投げて打った。
さっきよりもやや遅い速度で、ボールが私の足元目がけて飛んでくる。
よしよく加減したッ!
ご褒美にブッ殺して差し上げるッ!
私はそう思って奴の球を撃ち返そうとした。
だがボールは私が予想していた軌道ではなく、私の顔面に向かって跳ね上がる。
ツイストサーブッ!?
「うげえっ!?」
高くバウンドしたボールが、私のアゴに直撃した。
カエルみたいにひっくり返る。
痛ってええええ!?
これアゴ変形すんぞおおお!?
私の完璧な美貌があああああ!?
「大丈夫か!?」
明星院が私の下に駆け寄ってきて言った。
「なんで……ツイストサーブ打てるのよ……!?
アンタひょっとしてテニス経験者……!?」
私は尋ねずにはいられなかった。
すると明星院は、
「いや。
鎌瀬のを真似してみたらできてしまった。
ラケットを握ったのは今日が初めてだ」
あっさり答える。
「の、ノリ……!?
この私が、丸2年かかって完成させた技なんだけど……!?
それを……1回見ただけで真似してみせたっていうの……!?」
「ああ。
鎌瀬のサーブが非常にゆっくりだったからな。
ラリーにはちょうどいいと思ったんだ。
だが案外難しいものだな。
鎌瀬の時よりもスピードがかなり出てしまった」
いかにも残念そうに肩を落とした明星院が、舐め腐ったことを言ってくる。
わ、私のサーブがゆっくり……!?
てめえ……!
この私をバカにしてんの!?
「そうだ。
私にテニスを教えてくれないか?
鎌瀬はとてもテニスが上手いからな。
私ももっと上手くなりたい」
「は!?
教えるわけないでしょ!?」
私がついにブチギレたその時。
不意に目の前をサッカーボールが横切った。
「すみません……!」
後から白い体操服の上にゼッケンを着た、根暗そうな男子がやってくる。
内木だった。
男子は今隣の校庭でサッカーをしている。
恐らくコートから出たボールを拾いに来たのだろう。
なんて考えているうちに、内木と目が合った。
「あれ……。
鎌瀬さん、ケガしてる?」
言って、ボールではなく私の方にやってきた。
急に内木が私の傍までやってきたので、私の心臓がドキンと跳ねる。
「けっ……!
ケガしてるね、じゃないわよ!?
痛いんだから触らないで!!」
私はそう言うと内木の肩を押して距離を取った。
内木が困った顔をする。
ふ、フン!?
ヘンな時に優しいんだから!
ブッ殺してやるわよ、まったく!
なんて私が思っていると、
「あれ、明星院さんも居たんだ。
こんにちわ」
内木が今度は隣に突っ立っている明星院に言った。
「あ、ああ……!
ま、ま、真人……!
久しぶりだな……!」
それに明星院も答える。
ん?
今、何か違和感があったような……。
……。
っておい待てぇええええ!?
今コイツ『
なんで恋人でもねえお前が、内木のこと名前呼びしてんだよ!?
付き合い10年の私ですら一度も名前で呼んだことないんだぞ!?
しかも態度もなんかおかしいし!
あのクールでカリスマ溢れるスーパー生徒会長サマが、まるで乙女みたいに顔赤らめてモジモジしてるじゃないの!?
「え?
久しぶりって、昨日もあいましたよね」
「あ、ああ……!
昨夜はその……とても世話になったな……!
私もすごい舞い上がってしまって……!
そ、粗相はしなかっただろうか……?」
内木がそう言うと、明星院が顔を背けて言った。
「いえ別に、ありませんでしたけど……いつも通りで」
内木がキョトンとした顔で返事をする。
昨夜!?
昨夜ってどういうことよ!?
昨日は部室で雪村に散々バカにされた後、雪村が皆でカラオケ行こうとか言い出して、それに私が反対して……!
そしたら内木がマンガ描くからって言って帰ったのだ!
だから、その後内木が何していたのかは知らない!
「おいコラ内木ィ!?
昨夜ってどどどどういう事よおおおおお!?」
だから、私は内木に向かって叫ばずには居られなかった。
すると内木と明星院が互いを見つめ合う。
内木はキョトンとした表情で。
明星院が熱っぽい視線を内木に送っている。
「?……どういう事って、別に……」
「ああ。なんでもないよな……ま、真人」
「まことって言うなあああああああ!!!!
絶対お前らなんかあっただろおおおおおお!?!?!?」
私は叫ばずにはいられなかった。
そのまま顎の痛みも忘れて明星院に襲い掛かる。
「殺すっ!!!
こうなったらキサマを殺して私も死ぬうううううう!!!!」
「お、落ち着け鎌瀬!?」
だが所詮体格では明星院には勝てない。
あっという間に地面に組み伏せられてしまう。
そんなブザマな私を周りの女子たちがドン引きした表情で見下ろしていた。
内木もだ。
「うううううううう!!!
殺せえええええ!!!
殺してくれええええええ!!!!
ぐがぐぎぐぐぐうううう!!!」
私はジタバタして叫んだ。
すると慌てた様子で明星院が、
「こ、この間の選挙戦のお礼に、ファミレスで食事をおごっただけだ!
内木は私のポスターを描いてくれたから!」
私に言った。
そういえば内……まことのやつ、選挙戦で私を裏切ったんだった!
アイツ投票すら私に入れなかったし!
っていうか、だったらなんで明星院が頬赤らめてんのよ!!!
明らかに何かあったじゃないの!!
お礼に奢るってのもヘンだし!!
うわあああああん!!!
「内木あとで殺すッ!!
お前を殺して私も死ぬうううう!!!」
その後ファミレスのレシートが出てきたことや、偶然現場に居合わせたらしい雪村の証言により、2人が食事をしただけという事実は確認できた。
だが全く安心できない。
付き合って10年の私ですら、一度も内木と2人きりで食事したことないっていうのに!!
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