第3話 ざまあヒロインと天敵その3

 明星院とのテニスから1週間後の朝。

 私のクラスでは、まだ始業開始30分前にも関わらず殆どの生徒が着席して勉強していた。

 それもそのはず。

 今日から中間テストなのだ。

 普段勉強なんて殆どしないバカ共が、赤点だけは逃れようと必死に机にしがみ付いて勉強している。


 そんな中で私だけは超余裕だった。

 なぜなら私は普段から予習復習を欠かさず行っている。

 それというのも男子からモテるため。

 そして、クラスのモブザコバカどもに圧倒的点数差を見せつける事で心理的にマウントを取りまくってやるためである。

 一度高得点を取ってしまえば、次のテストまでずっと点数マウントを取り続けることができるのだ。

 これが私の精神衛生上非常に好ましい!


 さあかかってこいテスト!

 そして私にバカどもを見下す幸福を与えるのだ!!

 ウヌハハハハハハハ!!!


 なんて私がシャーペン片手に、テスト時間等が書かれた黒板をニヤニヤ見つめながら考えていると、


「小金井さんおねがい! ノート見せて!」


 クラスの反対側の席の方から、耳障りな女の声が聞こえてきた。

 脳みそゼロの白ギャルSNS中毒女インスタグラマーの雪村だ。


「小金井すまない。

 私も見せて貰えないだろうか」


 続けて脳筋生徒会長の明星院の声も聞こえてくる。


 なんだ?

 バカどもがうじゃうじゃしていやがる。


 見れば、隅の席にクラスのモブどもが集合していた。

 その中心にいるのは、黒髪ショートでお日様のような笑顔を讃えた小柄な女の子。

小金井こがねい桜子さくらこ』であった。


 げっ小金井!?


「いいですよ。

 何冊か写しを用意しておいたんです。

 今回の範囲だけなんですけど、よかったら何人かで分けて使ってください」


 小金井はそう言って、別のノートを取り出す。


「マジ!? 小金井さん神!!」


「すまない……! この恩は必ず返す!」


「いえいえ。

 私も勉強になりますから。

 ノート作るのって復習になるんです」


 小金井がお日様のような笑顔を浮かべる。

 それを見て私は一瞬でむかっ腹が立った。


 ウッッッッッッザ!!!!

 小金井の奴またポイント稼ぎしやがって!!!


 心の中で舌打ちを30回くらい打つ。


 私は小金井が死ぬほどキライだった。


 およそ女子がやりそうな事(弁当作りとか裁縫とか掃除とか整理整頓とか)の全てに長けている所とか、

 見た目も男子ウケがいいうえ、女子からも嫌われないように年齢性別関係なく分け隔てなく接してるところとか、

 中身は絶対ハラグロなのに裏が無いようにしか見えない所とか、

 しかも父親が日本を代表する小金井グループ会長兼執行役員をしており、その総資産はおよそ3兆円と言われている所とか、とにかく奴の存在全てが気に入らない。


 私が未だに内木以外の友達ができずボッチメシさせられているのも、全てはこの小金井の策略なのである。


 しかもそれだけじゃない。

 雪村や明星院と同様、奴にもトラウマがあるのだ。


 私はかつてパパの会社が倒産しかかった時、パパが小金井の父親に必死にペコペコしている姿を見させられている。


 パパは私の自慢だった。

 なぜなら年商32億円を稼ぐ介護系企業の社長をしているから。

 そんなパパのブザマな姿など見たくはなかったのだ。

 それなのに、ちくしょう……!

 ゆるせん……ッ!


「グギィィィッ!!」


 そんな風に私が歯をむき出しにしてイラついていると、


「あの……小金井さん、よかったら俺にも見せて貰えないかな?」


 小金井の前に一人の男子がやってきた。

 内木である。

 その姿に、私の目がグルンって裏返りそうになる。


 なんで奴の所なんかに!?

 来るなら私の所に来なさいよオオオオオ!!


 瞬間的にブチギレた私は、居ても立っても居られなかった。

 一冊のノートを手に内木の元へと向かう。

 そして犇めくモブどもを押しのけると、小金井が広げていたノートの上に自分のノートを叩きつけ、親指を下げるジェスチャーと共に内木に向かってこう言った。


「私のノートを使いなさい!」


 その場に居た全員の顔が硬直する。

 雪村だけすぐ笑い出した。

 内木はキョトンとしている。


「え……?

 鎌瀬さん、急にどうしたの……」


「ノートよ!

 見たいんでしょ!?

 仕方ないから見せてあげるわ!!

 感謝なさい!!」


 言ってギロリ、両手を膝の上に置いて礼儀正しそうにしている小金井を睨みつけた。


 こんな奴に内木をとられてたまるか!


 なんて思っていると、


「……ごめん、なに書いてあるか分からないんだけど……古文……?」


 内木がゲッソリした顔で言った。


 どうやら私の達筆すぎる文字が理解できないらしい。


 た、確かに黒板写すのとか必死で文字の綺麗さはあまり重視してないけれど……!

 でも私的には充分読めるし!


「あ! 鎌ッペウチこれ知ってる! ハングルだ!」


「これは新しい暗号だな。鎌瀬、ぜひとも後で教えてくれ」


 ああ!?

 ハングルな訳ねーだろ殺すぞパリピ!

 脳筋も黙れ!

 他の奴らも可哀想な目で私を見んな!

 失笑してんじゃねえええええええ!!!


 なんて私が激怒していると、


「私、読めますよ」


 小金井がニコっと微笑みながら言った。


「ステキな字ですね。

 気迫が籠ってて、とっても鎌瀬さんらしいです。

 授業中も必死に勉強されてた事が窺えます。

 もし読み難かったら、こうしてみたらいかがでしょう」


 そう言って、小金井の奴が私の書いた文字の横にマーカーで線を引き始めた。

 点は名詞などの単語や熟語の横に付けられている。


 っておい小金井!?

 私のノートに落書きしてんじゃ……ッ!?


「え!? 小金井さんスゴくね!?」


 雪村が驚いた顔で言った。


「ふむ。

 どれが単語や熟語なのか一目で判別できるな。

 以前より読みやすくなった」


 明星院も感慨深そうに頷いている。


「……確かにこれなら読みやすい……」


 内木も感心した様子だった。

 私のノートをマジマジと見ている。


「「スゴイさすが小金井さん!」」


 クラスメートのモブどもも、内木に続いた。


「えへへ。

 鎌瀬さんの頑張りに気付いて貰えてよかったです」


 小金井がポン、と手を合わせて言った。

 本当に嬉しそうに見えるからムカつく。

 つうか私のノートをダシに人気集めてるんじゃねえ!


「フン!

 まあいいわ。

 これで私のノートの有用性が分かったでしょう!

 そんなカスのノートじゃなくって私のノートを使いなさい!」


 私は言って、内木に自分のノートを手渡そうとする。

 だが。


「え……。

 できれば僕、小金井さんのノートがいいんだけど……」


 内木がアッサリ私のノートを押しのけて言った。


「内木ッ!!??

 アンタまた私を裏切るつもりいいいいい!?」


 私は憤怒の形相で叫んだ。


 なんでいつも私じゃダメなのよおおおおお!?


「う、裏切るってなにを!?

 っていうか、俺そもそも鎌瀬さんに頼んでないんだけど……!」


「はあ!?

 私のノートが小金井のノートに負けるっていうの!?」


「そんな事言ってないけど……!」


「言ってるし!

 いいから読め!!」


 私は叫んで、内木に掴みかかった。


「落ち着け、鎌瀬!」


 だが明星院によって羽交い絞めにされ、引きはがされてしまう。


「アハハ!

 鎌っぺ急にどしたん!?」


 更には雪村にも笑われてしまった。

 傍ではザコのモブどもまでが私を見てドン引きしている。


 ぐ、ぐぞおおおおおお!!?


「離せ!!

 ちくしょう!!

 このクズッ!!!

 死ねッ!!!

 死んでしまええええええ!!!」


 その後、余りに喧しいというので私はテスト開始まで教室から隔離された挙句、担任教師から説教まで喰らってしまった。


 私は悪くない!!

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