2章 第2話 地獄の中の地獄


 その後、刑務所を抜け出した母と父にフィウは連れ去られてしまった。二人がかりの悪意のあるふいうちには一人では対抗できなかった。そして妹ローラを姉ラメの元から彼らは取り戻し、もう一度あの家族空間が作られることになる。そして、病気も苛立ちや疲れを由縁とする衝撃により悪化してしまう。体調不良で判断力も思考力も失っていた彼は、ある行動に出てしまう。

 その時まで、手元にあった今まで考えた上級魔法の資料。(それはビジネスにすれば、孫の代まで働かなくてもすむという可能性があるレベルの、とても稀少価値の高いものであった。)それを電子機器ごと破壊される可能性があったため、そうなるぐらいならと、彼は急いでさくらにそのデータを送った。彼女のことを信用していたからだ。

 しかしその時さくらから告げられた一言は予想外の一言だった。

「(将来の……もしくは彼氏)旦那に送った。もうメールできないかな」

 それは裏切りの一言に他ならなかった。それは甘い蜜ではなく猛毒だった。友人ではなく悪魔だった。そう盲目に俺は彼女のことを信じ込んでいた。思い込みから彼女のことをいい人だと信用できる人だと神格化していた。こうして、敵を増やしてしまった彼に絶望感しかなかった。事故に遭った時、身体を犠牲にして守ったものがそれだったのに、この国で雑な治療を受けて身体を壊してまで書いたものがそれだったのに。蓋を開けたら両親のような行動をする人だった。毒親を抜けたあともまた毒だったということか。あれを奪われたら俺には何もない。成功する前に道を踏み外してしまった。今まで一人で大変だったから誰かに甘えたかったのかもしれない。誰かに「頑張ったね」と言って欲しかったのかもしれない。そうだとしても俺が甘かった。家族以外がいい人なんて保証はなかった。それに全てをかけてやってきた、人生かけて。大切にしていたアイデンティティを奪われた、そんな感じだった。それまでは優しかったのに優しかったのはこうするためだった、そう思った。最後に、本当は話すのも嫌だったんだというような、用が済んだから何をしてもいいというようなそんな印象を受ける雑な発言を残して彼女は消えていった。もし口の軽い彼女に噂話にされて、家族に伝わったら、そう思うと、気が気でなかった。

 あの魔法・文書が家族に知られたら命に関わる。それは、自由になるため両親を倒すために考えた魔法。そしてそこには未発表の家族の悪行も書かれている。それを媒体として生み出したのが上級魔法だからだ。(その思いが強ければ強いほど、魔法は強力になる)それで再び怒りが爆発し、本気で殺しにくる。奴らにばれたらきっとそうだ。本当のことだとしても奴らはそれを認めないだろう。争いを仕掛けてくるだろう。そういう奴らだ。

 そして、それを知られたとしたらその魔法は魔法として作用しない。タネがわかれば対策はいくらでも考えられるから効果を失うだろう。(そして彼らの周りも彼らの口のうまさで言いくるめられるだろう。)

 (それに奴らは口が上手い。姉が接客業で正社員になる前に全国で一人だけ表彰され、ほとんど無理と言われた正社員の道を切り開いたことからもそうだろう。姉はきっと父の血を濃く引いている。だからこそ口が上手いんだ。その元になった父が口が上手く、いとこやみんなを丸め込んできたことを考えてもとても危険だ。)黄色

俺はその魔法の著作権を主張し、もしもそれが通らなかったときの為に、これからそれを超える魔法を作り出す必要があった。悔しかった。酷い行動をした人達に負けたくなかった。

 しかしその悪化した病がその行動を許すことはなかった。悔しさをかみしめながら彼は布団に横たわることしかできなかった。久しぶりのこの家族空間の中で。家族に怯えながら。いつさくらに漏らされた情報が家族に伝わってしまうか怯えながら、思い通りに動かない身体と共に絶望していた。どうにかして病院に行く前の予約が出来た頃だった。首都の病院。

その後、あの時の事故に似た二つ目の大きな事故が起こった。彼に対する家族の当たりは今まで以上に酷くなっていた。こうなってしまったのは仕方なかったのかもしれない。悪化中で自己コントロール能力も判断力も思考力(認知力)も上手く働かなかった。

―回想―二つ目の事件について

 意味のわからない因縁をつけられて喧嘩になった。俺は「具合悪いから話しかけないで」と言っていた。それなのにむしろそれに反発するように多く話しかけてきた。しかも、怒り気味で。「そんなのずるい」とでも思ったのだろうか。

「どれだけ辛いのかわかってるのか」

「私の方が辛い」

 母と取っ組み合いにあった。俺は悪化してるときに挑発するようなことを言われたら、冷静になれなかった。思考が回らず冷静になれないのが悪化状態なのだから。それなのに、辛いのに、あの言葉で反発され怒りが収まらなかった。そして俺は以前より少しの衝撃で悪化するようになってしまった。症状はより悪化した。

 フィウはさくらに話した通り、名医と言われる先生がいる都会の病院に入院することになった。入院や手術はもう予約済みであり、予約を取り消すことは出来ず。ここで行かないのは、不自然になるということから、キャンセルもできないということから家族もそれを許した。もしかしたら治療して上手く使おうとしていたのかもしれない。(あの取り消しは出来ませんみたいな手紙のこと書くか)しかし当たり前のように連絡手段は家族に奪われていた。誰にも連絡することは出来なかった。とにかく、この手術により体調が良くなったらこっちのもんだ、その気持ちが強かった。

 そんなこともあって、ようやく俺は入院することができた。

 入院二日目の朝だ。この見慣れた景色の中私は何を思うのだろう。

 まだ完全に夜は明けてないようだ。昨日検査をして入院二日目だ。一人の看護師さんがとても丁寧で真面目で優しかった。他愛もない話を聞いてくれた。他の看護師が「心配しすぎ」と言うことも心配してくれた。そんな彼女に癒やされた昨日はあっという間に過ぎていった。

 目の前は公園でその先にはこの街で一番高い建物が塞いでいる。起きた直後に、その光景をベッドに横になりながら観れるということはなんと豪勢なことだろう。少し曇がかかりながらも見えた上層階のハートマークはとても綺麗だった。

 立ち上がり窓際の椅子に座る。起きた直後だからか。頭が昨日の疲れきった午後よりスッキリしている。この景色と相まって気持ちいい。

 目の前の公園は緑に溢れ、数メートル間隔にある街灯に照らされながら、静かに佇んでいる。心の安心を与えてくれるようだ。そびえたつ遠くの摩天楼の上空は曇天に紛れその輪郭をなくそうとしていた。

 時が経ち目の前の超高層ビルはスッキリとした視界になった。そこにはビルのハートマークになっている上層階あたりを逆時計回りに回りながら屋上に着陸しようとしていたスタートレインが見えた。ビルの上層階を回るのはPRのためらしい。近くの住んでいる上流階級層やこの光景を見に来てくれた人たちに楽しんでもらうことが目的のようだ。

 あそこには駅がある。今頃カイ達はあそこからあれで飛び立っているだろうか。そう思った。僕だけここに取り残されたままで。

 あのビルまで徒歩八分。その行き先は「ブルースカイタウン」だろう。先生が行っていた場所だ。(第一の地点、リゾート地)そこはどんな世界なのだろうか。それともそれは単なるおとぎ話なのだろうか。その全貌は隠されていた。

 その次の日の夕方、空はガラスのビルの反射ともにととも綺麗に青ずんでいた。何かいつも違う空の色に心が安らぐようだった。

 幸いなことに、最終日につく看護師も、初日の彼女だった。先月からずっと悩んできたきたことを初めて人に話した。奪われ、逃げられたこと……

「酷い、酷いですね!」と言ってくれた。

「どうしよう」

「大丈夫です‼ 私たち看護師みんな応援してますから」

 社交辞令だろうが、そんな言葉が凄く温かかった。酷いことがあったからこそだろうか。とても温かく感じられた。彼女はいい子だった。明るくて気が利いて、優しくて。頑張り屋さんで。少し元気が出た気がする。本当に落ち込んでいたからこそいろいろ周りに話してしまった。弱い自分を。普段なら話さないようなことを。ありがとう。少し気分が緩和されたと思う。(僕を癒やすために神様が作ってくれた空間だったのかもしれない。なんでも話せる優しい子だった。)

 全ては真実が裁いてくれる。布団から上を望みながらあのビルを眺めながらそう思った。この街で一番高いあのビルのように高見に行きたい、そう思った。あの高いビルのように誰よりも高い存在になりたいと、ある曲を聴きながら覚悟を決めた。

「やっとの思いで書き上げた魔法を取り上げられる」というあまりに酷すぎる行為をされたんだ……もちろん辛い記憶も彼らの悪事も書かれていた。それがわかれば、彼らはなんとでもいいわけを考えるだろう。何らかのルートで家族にバレたら命に関わることだ。家族について書いた辛い半生の記憶、稼ぐための最後の希望、反旗を翻す為の最後の手段、半生を書いたアイデンティティ、それを奪われ、(未完のかしみたいなのいれてもいい)いろんな状況が重なり間違いなく人生で一番辛い状況だった。

 想像通りさくらたちはその手に入れた情報を、力を駆使し、ハネストで権力を示し始めていた。

「私たちに逆らう者はみんな牢獄送りよ。ねえ、ダシギ」

「そうだな。この力で、絶対的な支配を見せつけてやろうさくら」

「面白いわ。この力があれば何でも思い通りよ」

 そして彼はこう思った。

「今後こんなことを起こさせないように頂点にたたなきゃいけないんだ。弱い立場の人の言葉は何も通らない。彼女は俺を無視した。意見はスポンジのように吸収されていった。無力感だった。反論されるわけじゃなくスポンジのように吸収されていくことが一番辛いのかもしれない。

 そして優しくしてくれた新人の看護師さんについて、その先輩に「昇進させてやってくれ」という言葉が言えなかったように弱い立場の人間の言葉は通らない。見向きもされない。侮られてばっかりだ。俺の立場は低すぎるんだろう。誰よりも高い場所に行かないと。そう、「あれ」を発表する前の俺は何もない。いつまでも貧困から抜け出せないし、その外装(服装)?外見から周りに、馬鹿にされることだって多い。俺はそれが嫌だから頑張る、努力する。あの病室であのビルを見ながらそう決意したんだ‼」

 そしてそれと同時にこう思った。

「国を変えるほどの力を擁した上級魔法が、あろうことが、お調子者で自分勝手な人物に渡ってしまった……」

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