第11話 うちから変えようとするもの


 フィウとカイは以前同じ孤児院だった。しかし、フィウのその後を知るものはいなかった。これがフィウのその後の人生だった。


 俺は高校に入り好きだった音楽を扱う軽音部に入った。しかしいじめられていたと思う。アルコール消毒液を飲まされたり、ギターの弦を折られたり、酷い言葉を浴びせられたり、力づくで押さえつけられたり。


 そこから俺が抜け出せなかった理由は家族に同じことをされてきたからだろう。いつのまにかこのような環境が当たり前だと思ってしまっていたからだ。押さえつけられ、人に意見を言ってはいけない、悪い人がいるとは思ってはいけない、酷い扱いを受けるのは当然、そのような洗脳があったのだろう。


 そして一年の初夏になり、俺はゼミに入った。俺はそのゼミで出会った女性にメールでその部活に対する愚痴を吐いた。無意識では嫌だと思っていたのだろう。彼女は話を聞いてくれた。これが外の世界に出てから、自分が受け入れられたような気がした初めての出来事だった。それで俺はその部活とふっきりがついた。しばらくしてその部活には行かなくなっていた。敵とみなしていいんだ、自分の意見を貫いていいんだ彼女のおかげでそう思えた。そして、ゼミで出会った周りの友人などにもその部活のことを話すと、初めて、それがいじめということに気づいた。それをいじめをいじめと思っていなかったのだ。歪んだ家庭環境によって。俺の家庭ではいじめられるようなことをされるのが当たり前だった。だからそれに嫌々ながらも馴れ合ってしまった。


そして、俺はその女性を好きになった。それからは明るく活発になれた。


 SNSで地元のみんなと仲良くなりたいと思うようになり、昔の友人とも会話ができた。まるで中学の頃、無気力で人と話すことを諦めていた無念をはらすようだった。彼女のおかげでそんな勇気が持てた。毎日が楽しかった。SNSを通じて昔の友人にメッセージを送った。無意識で色んな人の名前を呟いた。反応が冷たい人ばかりだったが、ある女性の名前を呟いたとき、その女性は俺の愛称を呼んで優しく反応してくれた。それが嬉しかった。そんな出来事も、楽しい時代の一部として忘れていくことになる。そんな高校の人間関係も全て卒業前の精神的不安定さで失ってしまうことになる。卒業9ヶ月前、家族が今までにない大げんかをし、母が家から逃げ出し、裁判沙汰になり、その父のとばっちり、いらだちは電話などを通して俺に向かってきたからである。両親の問題に悩まされ、判断力が消え、言動が直感的になってしまった。俺はその高校の女性でさえも自分から関係を切ってしまった。一生懸命で何もかもが敵に見えた。周りから誰もいなくなってしまった。


 その後、俺は外の世界を逃げ回っていたものの金銭がつき、周りのあてもなかったため家に帰ることを決意した。家族はもちろん、いとこだってみんなガオの肩を持つ発言しかしなかった。そして数ヶ月後、交通事故により酷い頭痛で寝たきりになった。交通事故により、寝たきりの状態が続き、そして医師や医療従事者からは、精神的なものと言いくるめられた。周りからも「嘘」などと迫害され続けた。誰も心配してくれるものなどいなかった。動けなかった。苦しい辛い。頭が痛い…息が苦しい…


 フィウも外に出た一人であり、外を知っていた。外を知ったことから、戻りたいという気持ちは起きず、行方をくらませていた。しかし、ガオの捜索隊やガオ本人達にによる様々なプレッシャーや嫌がらせにより、仕事や家や金ををなくし戻るしかなかった。


 その時、ホームレスになってまで、外にいることを貫くか、みじめな思いをしてまで、この国に戻りどうにかして人生を立て直すか、二択だった。俺は後者を選んでしまった。もしかしたら、そこまで家族が恐れるものではないかもしれないという根拠のない期待と、久しぶりにあった時に感じた、優しそうな雰囲気、ここでやっていけそうな雰囲気に惑わされてしまったと言うべきだろう。彼は不思議なカリスマ性から一瞬とてつもなく優しく見えるころがある。しかしそれに騙されてはいけない。優しくするのはその後突然怒ることの前兆と言える気もする。サッカーで緩急をつけたドリブルで相手を抜くかのような、あえて一瞬緩め、そして攻撃する。その為のトラップでしかない。


 結果論だが、あの時、ホームレスになることを選んでいれば、その勇気があれば、この一生俺を苦しませるだろう難病にかかることはなかっただろうと思うと、やはりお金が全てではないと今となってわかってくる。


 フィウはこの病気の状況から、もう二度と行方をくらますこともホームレスになることさえ厳しいという建設的な判断から、この国に残ることを決意し、ガオ達の精神的な圧力と、原因がわからない激しい痛み。そして彼には逃げ出した罰としてガオからかけられた痒みが続く呪い。彼はそんな絶望的な状況に耐えながらもなんとか生きながらえていた。この家は相手の緊張するような環境があってここにきてから俺は汗が止まらなくなった。


 まだ病気にかかっていなかった頃、帰ってきた時にガオにかけられた呪いによるアトピーのような症状。それにより彼は身体中がかゆみでどうにかなりそうだった。夏を思い出す。冷房もなくストレスで代謝が落ちたこの身体にとって俺はガオに放置され続け、冷房を全く与えられず、最悪の夏であった。それを象徴していたのが、全体が真っ赤に染まってしまった敷布団のシーツであった。そして彼らはそれを無視した。まるで血をなかったかのように。人は血をみれば普通は心配するものだろう。シーツ全体に染み付いた血を彼らは一切話題に出すことも心配することもなかった。その「他人の不幸は蜜の味」というような対応は、ガオ達の全ての苛立ち満たされないような感情をそこにぶつけていたかのように思えた。結局は財力がないと何もできずに支配され続けるんだ。そう思った。そして何度もガオには外に逃げ出した事を責められ続けた。まるで永遠の恨みだった


 その一ヶ月後、追い討ちをかけるように事故により彼は病に陥っていた。それからというもの頭が痛く寝たきりの日々が続いた。勉強だけはできると言われた輝かしい過去。そんな思い出が布団の中で彼を蝕んだ。今は頭が痛すぎて机に座っても勉強さえできない、大好きな本もまともに読めない。絶望だった。そしてテレビを見ることでさえ苦痛であった。性格が変わったようだった。壁を殴りたいと言う感情が強く襲ってきた。頭が痛く冷静に物事を考えることができず、本能だけで動いている感覚だった。こんな人生なら、死んだほうがまし、何度そんなことを考えただろうか。「むち打ちなんかでいつまでも寝ているやつがあるか!!」そんな言葉はデハから。「そんなもん(首に)いつまでつけてんの」姉からはこのような言葉を。「痛そうにしてるの本当は嘘でしょ」そんな言葉は妹から。「みんな痛くてもやってんだよ!!」 そんな暴言はガオからだった。そのような言葉をかけられたあげく、この国の病院に行っても、ここに原因があるはずだとか精神的なものだとか的外れなことしか言われなかった。そして俺は、図書館へ行きある情報を入手した。痛みが緩和していた一瞬の隙をついて死に物狂いで本を読んだのだ。ずっと治らない。こんなに長く何ヶ月も頭の痛みが続いたことなんてない。そう思った俺は、この病気かもしれないと思った。最後の望みだった。この永遠に続く強い痛みを消すための。そして俺はこの事故を起こした要因でもあった、バイクに乗り他国の病院に行く事を決める。夜12時には孤児院に帰ってくるのを条件に、意外な事にガオはそれを許してくれた。時間としては2時間半から3時間の道のり、距離としては60〜70kmの道のりだったが、途中、吐き気、身体の痛みなどに襲われたが、理解されないあの場所にいるよりはと思うと苦痛ではなかった。


 事故から4ヶ月後。ようやく他国の大病院での検査を終え、病気だということがわかった。先生に診断された直後俺は、ガオに電話をかけた。「やっぱり病気だったらしい」


 この時の俺の心境は、病気ということはわかってよかったが、病気じゃなかったら、もしかしたら病気じゃなく普通に腕のいい整骨院で治るんじゃないかという期待もあった。病気という事を知って嬉しかったものの、やはり勧告を受けた時はショックであった。もはや普通の人生など送れないのだとそんな不安も襲ってきた。そんな中ガオはそれに追い打ちをかけるようなことを言ってきた。


「あのさぁ〜いいよ別にお金は出すよ。だけどお金は絶対返せよ!!」その後も長い間電話で説教が続いた。心配されることは一切なく逆ギレされたのだ。俺は唖然となり、電話を切ったあとしばらく言葉も出なかった。彼の事は嫌な人間だと思っていたが、まさかここまで人間性が腐りきっているとは思わなかった。心配するわけでもなく、病気をずっと認めなかったことを謝るわけでもない。酷い逆ギレだった。そして俺は手術をしたあと治るか動けるかどうかも不安だったのに、手術をしたあと働けるということを前提に話された。辛かった。


 それでもなんとか、お金を出して貰いbpは成功した。2ヶ月間の絶対安静。実際には一ヶ月程度で良くなった。そして病状は緩和した。痛みも減った。ようやく物事を普通に考えることができるようになった。


 それでも苦しかったが、いまでも普通の人のように振舞ったり行動するのは無理だが、重いものを敬遠したり、走ったり早歩きすることなく無理なく動いたりすることによって、それなりの生活まで戻ってきた。だが人の多すぎるところは無理だ。いまでも。車や乗り物もだめだった。自転車は車よりもダメだった。そういうことをすると頭が痛くなったり、ふらふらになったり、無理をすると何も考えられないような状況が最大で10日以上続くので、非常に苦しかった。生きている感じ(心地)がしないとはこのことだろう。人間なのに、考えることさえままならないのだから。


 この場所で、妹・母・父や周りに責められ続けて、そしていとこや知り合いには俺を悪いものように奴らは言っていて誰も味方はいなかった。精神的に不安定になりながら、悪夢を見た。俺は泣いていた。


 誰にも助けられるわけもなく、知られないまま生きていく。それも辛い。全て一人で抱え込んで周りに誰もいなくて。一人で疲れ切って、夢の中ではいつも泣いているのに泣けもしないで本当にきつい。これしかできないんだ。だから、俺はこれに命と時間全てを掛ける。これが功を成さなかったら本当に終わりかもしれない。だからそんなことにならないようにやるんだ!!


 そうして俺はここを脱出するための上級魔法の作成に取り掛かった。あるタイミングをずっと見計らっていた。そう悪の権化とも言えるガオに一矢を報いるにする機を狙って。彼を瀕死の状態にし、その隙にこの場所を抜け出すための魔法だった。


 しかし、やはりというべきか、外にいた時より集中力は続かなかった。会話をするだけで暴言や怒号が荒れ狂うこの場所にいては、集中力がなくなるのは当然だった。隙を見計らって、家を抜け出し外で魔法の研究にあけくれ、彼を打ち滅ぼす上級魔法の作成に取り掛かった。「もう俺にはこれしかない」と命を賭けた戦いだった。


 悪夢は続いた。こんな苦しいと辛いと、悪夢ばかり見る。迫害によるストレスと毒親達からの心理的言語的攻撃と、病気の悪化による頭の痛み、具合の悪さによる絶望などが引き金となって起こる悪夢だと言えるのだろう。


 父がいる日や、キツイ言葉を言われた日、非言語的コミュニケーションによる圧や疎外感、病気の悪化による頭の痛さやフラフラ感、脳揺れ感、具合の悪さで苦しんだ日は決まって悪夢を見た。俺には、この場所の中、味方は誰もいなかったが、過去の思い出だけが癒してくれた。そしてあなたを思いながら、こう書き綴った。





ただのわがままな


自分の押しつけかもしれない…


だけど、俺はそんな思い出だけで生きていけた、苦しい時も。


俺はそれが好きだ、大好きだ。心の底からそう思えるほどに…


触れることができない支えだったけれども、その思い出は俺を慰めた…その思い出だけが俺を慰め続けた。辛かった時一人だった時、家族にいじめられていた時。


その集合写真は、個別写真の笑顔は…その写真はずっとデータとして持っていた、苦しい時いつも眺めていた。


彼女は優しかった、昔いじめられていて自分が助けられなかった子さえ彼女は優しく笑顔にしていた。そして彼女はこんな俺にさえも普通に反応してくれて話してくれたことをおもいだした。あんなに荒れていてみんな引いていた俺でさえも普通に接してくれた…無口だった俺にさえも笑顔で優しくしてくれた過去も…いい思い出たち…


きっとその事実が、俺が今家族や周りにもいじめられている事実から救ってくれたと思う。彼女がいたら、こんな自分にさえ優しくしてくれただろうなという。


だから今周りの全員から責められ続けていても守ってくれる人がいなくとも自信を持っていいと思えた、そういう優しい人も、わかってくれる人もいると。そんな思い出だけを頼りに生きていた…だからこそ彼女との出会いは奇跡だったと思う。彼女に出会わなければ絶望で死んでいたかもしれない。全ての言葉が遮られていた、虐待の中にその光はあった。優しい光が。


俺は感謝を伝えたかった。今はどこにいるかわからない彼女に…


ここに書き記す。「本当にありがとう」伝わったらいいと願いを込めて、いつかこれを読んでくれることを祈って…


死んだわけではないけど、死んだと同じようなものだった…ここにはいないのだから…実際死んでいるかもしれない…それはもう彼女のことをなにも知らないんだから…


「本当にありがとう」そう写真の彼女に、呟き再び歩き始めた。


なぜかわからないが、俺は死んだとしても彼女の音楽の演奏で天国に行けそうな気がする。そんな心地良い音色を奏でてくれそうな優しい少女だった。

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