第6話 なぎさ
ビアンヌから東に50km。ドユイの家から52km地点にある街。2日前、カイたちは闘技場のあるアルバサに辿り着いた。ここはこの地方でもそれなりの街であった。この街に入り、話を聞いていると、必ずと言っていいほど耳にする名前があった。
それは、なぎさという少年の名だった。彼は、ここ半年前にこの街に突如現れ、街は魔物に農作物を食べられたりで、混乱していたが、この少年がその魔物たちを一掃したらしい。しかしそのような輝かしい噂だけではなかった。まだ若いのにも関わらず、彼は重病に侵されている。身体が不自由で一日数時間しか動くことができないなど、不思議な噂も流れていた。
そしてもう一つの準決勝。なぎさはこれまで一歩も動かないで、トーナメントをクリアして来ました。果たしてどうなるのでしょうか。深いフードと、仮面で相手の顔は見えなかった。そしてなぎさ対カイの一戦が始まった。
「お前がなぎさか。動かないなら、こちらからいくぞ」
「・・・」
カイの攻撃はなぎさに直撃であった。
「こんなものか」
「波動式」
カイを吹き飛ばす。
「なに・・異次元の強さだ・・」
その後もカイは攻撃を当てるものの、何か魔法のようなもので防御されていて、ダメージを与えることができなかった。知らぬ間に自身が受けているダメージの方が大きく、そこで敗退してしまった。
「くそっ!」
「カイ、私が頑張るよ。大丈夫!私は名誉会長に魔法を習ったんだから!」
そしてついて決勝戦が始まった。みづきとなぎさの戦い、それは圧倒的になぎさが勝っていた。
「ウォーターホール!!」みづき
「ジャストモーメント!!」
「なんていう強さなの。」
「悪いな」
ここで終わりだと誰もが思った。しかし次の瞬間。
「なにっ目が痛い。まるで鰻が電気を持って目の中を泳いでいるようだ。頭もだ。身体が倒れて行く。くっこのタイミングできたか」
「大丈夫ですか?」
「ああ、しかしこの試合はもうできない、棄権しよう」
みづきの優勝が決まった。会場はブーイングと歓声が半々にわかれていた。いやブーイングの方が多少多かっただろうか。みづきは客からも人気があったので、優勝して嬉しく思っている客もいたのだろう。その後彼は表彰式に出席せずに消えてしまった。あれだけ一方的な戦いをしながら、いったい彼を蝕んでいたものとはなんだったのか。顔も知らず、誰かもわからない彼だったが、同情の念を隠せなかった。
その後、俺たちは情報を聞き病院に運ばれたなぎさの元へお見舞いにいった。その時には、仮面とフードを外した彼の顔がしっかりみれた。彼はぐっすり眠っていた。フードや仮面をつけている時はわからなかったが、可愛らしい顔立ちをしていた。そして、たまたまお見舞いに来ていたのか、車椅子の一人の少女がいた。
「あなたたちもお見舞いにきたのね」
「あなたは?」
「私はティ。ヤマツツジの空の会の会長よ。目の見えない病気を世の中に広める為の活動をしているの。」
そして付け加えてこう呟いた。
「この病気は簡単には治らないよ。もしかしたら医療が進歩しなかったら一生治らないような病気だから・・・酷い痛みが一生続くらしいの・・・よくこんな痛みを今まで・・・」
「何か衝突事故にあったんだわ」
「どうすれば良かったの?」美月が言った。
「かなうのならば、事故にあった際は倒れたまま起きない。この病気にならなくても血管が切れる場合があるからね。そして、何もなくても頭に衝撃を受けたのなら救急車を呼ぶことよ。」
「そうか…」カイが言った。
「それが一番いいけど、それができないなら、事故にあったあと完全に一週間横になって動かないで水をいっぱい飲んで安静。この方が正しいかもしれない。むしろ病院の先生さえこの病気を理解してない可能性もある。派閥によってはこの病気を認めない先生だっているんだから。この病気は認知度が低い難病と指定されない難病なの。もしかしたらそんなことさえできない環境にいたのかもしれないし。それは周りの理解がないとできないことでもあるから。現に今彼の周りには私達しかいないしね。「助け」をこえない状況で「動け」と強制されていたのかもしれない…一週間完全安静は本当に病気のことを理解してないと厳しい、そして周りの助けがないと難しい。」
そう彼女は類推して言った。
彼女はたまたまあの決勝戦を見ていたらしい。
「私自身も彼のような重病に陥っているの。だけど、彼の闘いをみて勇気を貰えたわ。もうしばらくしたら起きると思う。だけど、この痛みを感じなきゃいけないのならいっそ、ずっと眠っていたほうが楽かもしれないね」
彼女は、痛みと戦いながら、その美貌からモデルの仕事をしているため、たまたま外に出ていたのであった。俺たちは、もう少し彼が起きるのを待つことにした。しばらくすると、彼は目を覚ました。悪夢に犯されていたようだ。
「ガオは!?」
彼はまだ少し寝ぼけていたらしい。
「大丈夫だよ。ここなら安心だ。」
「すまない…独り言だ…」
「ガオって。お前ガオのことを知っているのか?」
「お前たちは???さっきの・・・俺はあいつの元で育ったんだ…」
カイ達は驚きの色を隠せなかった。
「俺もなんだ。話してくれるか。全部。」
少し間が空き、彼は全てを話し始めた。
「俺はあの街であいつの孤児院で育ったんだ。だけど、虐待により殴られ続け、こんな体になってしまった。原因が不明な謎の病だった。しばらくは色々な病院に言った。20近く回っただろうか。「異常なし」その言葉だけが俺を蝕んだ。絶望だった。一生この頭痛が続くのだろうか。誰にも理解されないのだろうか。一人で苦しんで生きていくのだろうか。そんなことを考えると憂鬱になった。だけど、俺はなんとか治療法を見つけ、手術を受ける事になった。
しかし当日、事件が起きた。手術の病院に着く10分前、ガオにある条件と引き換えに手術を受けろと。それは、手術を受けさせる代わりに工場に入れということだった。お前なら工場がどれだけ酷い場所か知っているだろう。それは人生の死を意味するものだった。そして俺は思い切って逃走したんだ。前々からある程度は決めていた。酷いことをされたらいっそのこと飛び出そうと。自由を制限され、何を言っても「気持ちの持ちよう」とか「痛くてもみんなやってんだよ」だとか発言を否定され続け頭がどうにかなりそうだった。この体でそこで働く将来が想像できなかったんだ。
「もう人生終わりにしていいんじゃないか。激しい頭痛、そして目の中に雷鳴が流れるような、激しい痛み。俺は度重なる絶望的な状況から人生を降りたい」何度そんなことを思ったことだろう。まさに地獄とはこのことだろう。二十四時間頭の痛みに悩まされる。それからもそれからも一日が過ぎても過ぎても激しい痛みは消えず絶望しか見えない世界だった。
「俺の身体が正常に戻ることはあるのだろうか。周りに理解されない。今まで当たり前にできていたことができない。神経的な痛みは消えないのだ。そして動くことすらままならないんだ。頭や目が痛い。身体中が痛い。そう、周りからみたら俺はなんら一般人と変わらない、体の一部がないとか、障碍を持っているわけではない。苦しい。まるで水の中にずっと沈んでいるような感覚だ。息をするのも、苦しいんだ。いつでも死ねるように、遺書は書いてある。文字さえ書けないこともあるが、なんとか書くことができた。こんな状況じゃ、本を読むことや映像を観ることでさえ苦痛なんだ。それぐらいの苦しさなんだ。全ての治療が一時的な緩和剤として作用するだけ。痛みさえ、どんな強い痛み止めも効くことがない痛みだ」
この病気によって、どれだけ時間が大切かということを思い知ったよ。今まで当たり前に無駄に過ごしてきた時間が尊いものだと感じたんだ。そして、考えられることの素晴らしさを知った。事故に遭ってから殆ど思考が出来ずに過ごしてきた。しようと思って机に向かっても、今回みたいに頭の痛みがそれを拒むんだ。まるでガオに「お前は考えるな」と言われているみたいに。
「そうだったのか。だからあの時、倒れてしまったのか。」俺たちはあの時のことをようやく理解できた。彼の表情はずっと、暗かった。彼が苛まれている莫大な不運に俺たちは驚愕の色を隠せなかった。
そしてようやくみつけた、治療できる病院。希望が見えた。保険が効かない手術費は高額だった。すぐ集められるほどの金額ではなかった。そうして俺は賞金の為に、トーナメントに出場したり雇われたりして稼いでいたんだ。
彼はその後、無言だった。何も話したくない様子だった。彼は自分の事をこう言っていた。「事故のあと性格が変わってしまった」と。壁を殴りたくなるような衝動、頭の痛み。抑えきれない自分ではない自分、しかしそれも自分ではある自分なのだ。だから俺は、他人とは話せない。話しても、迷惑かけることになるから。友達はいらないんだ。
そんな言葉は過去の自分と被った。ストレスで友達を失った時の。リセットした時の。
「そんなの仕方ないじゃないか。俺は何がなんと言われようが友達になる!!!」
「私たちみんな仲間だからね!」みづき
「私も応援してるよ!」ティ
安心したからか、病気の影響で疲れやすかったからかわからないが知らぬ間に俺は眠っていた。そして数時間が経っていた。
「みんなで決めたんだ、なぎさの手術のためにお金を集めるって。」そうカイが言った。
「私も少しなら出せるから」ティ
「この優勝賞金つかいなよ!!」が言った。
「そんな…ありがとう…」
感動しかなかった。
数日後・・・
「なぎさ、良かったね。手術する手続きができたんだって?」
「うん、みんなのおかげさ。」
「まだまだ俺たちも何かなぎさの手助けをしたいな」
「私もそう思う」
「そうか、ありがとう、じゃあこの病気がどれだけ人を追い詰めるのかを伝えて貰えないか。伝えてもらって、世界に広めて貰って理解して貰うだけでも俺たち病人は気が楽になるからさ」
「もちろんさ!俺たち仲間だろ。」
「こういうことであってるか?」カイは言った。
「ああ。」
「これから理解のある社会にしていこうな。俺は応援するよ」
「私もだよ。2人とも頑張ろうね」
ティは今日は新しい車椅子だった。
「カイありがとうね。おかげで新しい車椅子買えたよ」
「ティの話も聞いていたからな。CFSという病気なんだよな。まあ俺たちにはこれぐらいしかできないけどさ」
「じゃあ、元気でな。手術が成功することを祈ってるよ」
「ありがとな。俺も良くなったら手伝うよ。お前らがしようとしていることを。」
「ああ。ありがとう。二人とも元気でな」
晴天の、いい旅立ちの朝。彼らに別れを告げこの街を去っていった。
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