第33話
「よぉ、ねえちゃん。こんなところで何してんだ」
いきなり声をかけられて、みさ緒は驚いて振り向いた。
羽衣楼に戻って行くりよに気を取られていて、
暗がりに二人の男が立っている。着流しの背の高い男ともう一人はそれより若いようだ。二人とも
(羽衣楼の…? もう、見つかった?)
みさ緒は思わず
「なんだよ、人が親切に声をかけてやったのに怖がることはないだろう?」
若い方が近寄って来ると、みさ緒をじろじろと眺めた。
「へぇ…あんた、大した
そう言って、ぐいっとみさ緒の腕を掴んだ。
「あ…」
みさ緒は体が
あの場所からようやく
(…りよさん…せっかく助けてもらったのに…)
必死に気を張って何とかここまで逃げてきた。
りよと一緒だったからこそ耐えられたのに、今はひとりきり…。
張りつめていた糸が切れた。
すぅっと血の
「おっと…。おい、ねえちゃん。なんだ、どうしたってんだよ。送ってやろうかって言っただけじゃねぇか」
別に悪さしたつもりはないのに、倒れかかってきたみさ緒の態度が不満で若い方は口を
「…そう言うな。お前が急に腕を
背の高い着流しの男が初めて口を開いた。
だが、急に黙ると若い方に
「兄貴…羽衣楼の若い
着流しの男は黙ってみさ緒を抱き上げると、人目を
「あいつらが探してるのは、この娘ですかね?」
「さぁな…」
腕の中のみさ緒は
「お願い…連れて行かないで…もういや…やめて…」
何かに
「あんた、名前は? 言えるか?」
「…さ緒」
「え? 何だって?」
「さえ…じま…み…さ緒」
「さえじま? あんた、冴島って言ったのか?」
みさ緒が行方不明になってから二回目の夜が
恭一朗は一睡もしていない。
何の手がかりもない中、焦りと不安ばかりが大きくなっていた。
「恭一朗さま! 旦那様からお電話が…」
きよが、支配人室にいる恭一朗のもとに駆け込んで来た。
「みさ緒が見つかった…。今、父さんのところにいるそうだ」
電話が終わってそれだけ言うと、恭一朗は目を
どれほど追い詰められていたか…
「それで……みさ緒様はご無事で?」
「うん。無事だそうだ」
よかった…と
きよもまた、みさ緒の一番近くで世話をしている者として心配と不安とで押しつぶされそうになっていた。それが今涙となって一気に
遅い時間にも
「これから父さんのところに行ってくる」
恭一朗は小林の運転する車で横浜に向かった。
横浜に向かう車中で恭一朗はみさ緒のことを考え続けていた。
無事だとは聞いたが、みさ緒の顔を見るまでは安心できない。
よく戻って来てくれた…と思う。
みさ緒を永遠に失うことになっていたらと思うと、今でさえ胸がキリキリと痛む。
一体誰が、何のためにみさ緒を連れ去ったのか、必ず解き明かさなければならない。
だが今は、
「父さん、みさ緒は…」
琢磨の屋敷に着くなり、恭一朗は挨拶もせず尋ねた。
「今、二階で寝ているよ。念のため婆やをつけてある」
「そうですか。ちょっと様子を見てきます」
「あ、恭一朗、待て。今はまだ…」
やめておいた方がいいと言いかけて、琢磨は途中で止めた。
今はどんな言葉も恭一朗の耳には入らないだろう。
恭一朗はもうすでに二階に続く階段を上がっていた。
部屋に入ると、寝ているみさ緒の姿が目に入った。
心なしかやつれている。
胸が締め付けられた。
恭一朗は、眠ったままのみさ緒に近づくと、その頬にそっと手をあてて心の中で呼びかけていた。
みさ緒…守ってやれずにすまない…
そんなにやつれて…
みさ緒…
みさ緒がどれほどかけがえのない存在か、思い知らされた
もう二度と、みさ緒につらい思いをさせないと誓う…
そして…何よりみさ緒を連れ去った相手を決して許すわけにはいかない。
まずは、みさ緒が見つかった
付き添っている婆やに後は任せて恭一朗が部屋を出ようとすると、婆やの口から
「坊ちゃん…みさ緒様は眠っているのに、涙を流されているんです。お可哀そうに…」
婆やの言葉に
彼は、銀座でみさ緒がりよに襲われて大怪我をした時に偶然居合わせて手当てしてくれた人で、それ以来冴島家と交流があった。それで今夜、
遅い時間にも
他の
「
「ただ?」
「みさ緒の手と足に縛られたような跡が薄く残っていました」
「縛られた跡…」
恭一朗の顔を一瞬激しい怒りが走った。だが、すぐにいつもの冷静な恭一朗に戻ったように見えた。
「それでは私はこれで。明日、また来ましょう」
エドワード医師が帰ると、恭一朗は早速琢磨に聞いた。
「父さん、みさ緒はどうやってここに…」
「奥村組の
「辰治が…。どういうことですか?」
「みさ緒は横浜港近くの道に一人でいたらしい。そこに、たまたま辰治が通りかかって、ちょっとした
琢磨は、少し間を置くとじろりと恭一朗を見て言った。
「辰治は、
「…すると、みさ緒は羽衣楼から逃げて来たと?」
「おそらく、な」
恭一朗の顔色が変わった。
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