第32話
坊主頭の酒臭い息が顔にかかる…。
大きな岩に押さえつけられているようで、みさ緒は身動きもできなかった。
(恭一朗さま…助けて…)
このままこの男に
でも、自分にのしかかっている男の体からは、どうやっても逃げることができない。
「なんだ、泣いているのか…。ばかばかしい。店に出ていろんな客の相手をするより、俺一人に抱かれている方が
坊主頭は
みさ緒が
酒で赤くなった坊主頭の顔がますます赤くなっている。
まるで
自分はもう、この男の
…一度でいいから恭一朗さまに、好きだと…みさ緒は私のものだと言ってもらいたかった…嘘でもいいから…恭一朗さま…
…恭一朗さま…
坊主頭はいよいよ本気になってみさ緒に
もう
部屋の
男の手でどうされようと、みさ緒はもう、されるがままになっていた。
だが、それがますます坊主頭を
(私は…人形…
そう思わないと耐えられなかった…。
坊主頭が低く
「親方…親方…」
部屋の外から呼びかける声が聞こえた。
坊主頭は知らん顔をしている。
だが、呼びかける声はしつこく、止まない。
「なんだ! この部屋には当分近づくなといってあるだろう!」
「すんません、親方。ですが…客が暴れてるんでどうにも…」
「あん? 客が?
「それが…そういうわけにもいかないんで…。騒ぎを起こしているのは外国船の船員で…」
外国船の船員たちは店にとっては大事な得意客だ。
坊主頭は舌打ちすると、みさ緒の体から離れて立ち上がった。
「戻ったら、たっぷりと…な。辛抱して少し待ってろ」
みさ緒にそう言うと、身じまいして若い衆と部屋を出て行った。
みさ緒は大きく息を吐いた。
起き上がる気力もない。
これからはこの店で違う名前を付けられて、毎晩誰かの相手をしながら生きていくしかないのだ。もう二度と恭一朗に会うこともない…。
坊主頭が戻って来たのだろう。
(あの狂乱の続き…)
逃げることもできない…。もうどうにでもなれという気持ちになっていた。
「みさ緒、みさ緒」
声の
(えっ…りよさん?)
りよは素早くみさ緒の
「早くこれを」
地味な着物を差し出した。
「急いで。ここを出るのよ」
りよが
「りよさん…よかった、無事で」
「…みさ緒……あんたって人はこんな時でも
みさ緒は体がガクガクしてしまって、思うように帯も結べない。
見かねたりよが手伝っていると、手がみさ緒の腕の大きな
それでもどうにか
客の騒動とやらで、表の店の方に
りよに
若い男に婆さんと呼ばれていた女だ。
(あっ…)
見つかった…。
婆さんは驚いた顔をしたが、すぐに事態を察したようだった。
二人をじろりと見ている。
(これで終わり…若い衆が呼ばれる)
りよもみさ緒も婆さんの前で立ちすくんだ。
すると…何を思ったか婆さんは二人から目を
そして、何事もなかったかのように廊下を歩いて行ってしまった。
二人が婆さんに頭を下げたのがわかったのかわからなかったのか…婆さんが
「みさ緒、行こう」
りよはそう言ってみさ緒の手を引っ張ると小走りになった。
どうにか店から通りへ出ると、二人とも無言で歩いた。店からかなり離れて、誰も追いかけて来ないようだとわかると、りよが口を開いた。
「みさ緒…ごめんなさい…。
「…え? 待って、りよさん…あの店で働いているって…。私と一緒に連れ去りにあったんじゃ…」
「…私、借金を返すためにあの店で働いているの。みさ緒に怪我をさせた頃に
「りよさんが借金の…
今にも泣き出しそうな顔をしているみさ緒を見て、りよは寂しそうに笑うと言った。
「さ、みさ緒、ここからは一人で行って。この道をまっすぐに行くと横浜の港に出るから。この時間ならまだ人がいる。港で働く日本人の誰かに、冴島家に行きたいと言うと、必ず連れて行ってくれるはずだから」
「え、りよさんも一緒に…」
「ううん、私は戻る。さっき、店で騒ぎが起きたのは偶然じゃない。私のお客が頼みを聞いてくれて、それで騒ぎを…。きっと今も、騒動をうんと大きくして、店のみんなを釘づけにしたまま足留めしていると思う。だから私は、みさ緒と一緒に逃げてしまうわけにはいかない。あの人は、私が戻って来るって信じているはずだから…」
「りよさん…でもどうして?」
「…
「りよさん…」
「うまくいくかどうか
さぁ、もうこれ以上、おしゃべりしている時間はないわ。…さよなら、みさ緒…無事に帰るのよ。こんなことで
「りよさん!」
「早く行って!」
「りよさん! 待って! りよ…さん…」
暗くなった道を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます