第25話

「みさ緒! なんて素敵な着物…。オリジナリティがありますね。とても似合ってます」

「おりじなりち?」

 みさ緒がクレアに聞き返すと


「あぁ…えっと…そう、みさ緒らしい、ということですね」


「え、ありがとうございます。これは私が縫いました」

「みさ緒が? そんなことができるのですか? なんてすばらしい!」


 そんな風に褒められて、みさ緒は恥ずかしそうにうつむいて話し始めた。この着物は祖母と母の形見の着物を半分ずつつなぎ合わせて仕立てたこと、この着物を着ると二人と自分がつながっていると感じることができること。


「お二人とも亡くなったということですか?」


 クレアの問いかけにみさ緒が小さく頷いた。


「みさ緒、悲しいことを思い出させてしまいましたか? ごめんなさい」

 クレアはそう言ってみさ緒を抱きしめた。


「いえ、大丈夫です。気になさらないでください。今は冴島家のみなさんがとてもよくしてくれていますから、寂しくないです」

 みさ緒は明るく笑って見せた。


 そう聞いて安心したように微笑んでいたクレアが、ふとみさ緒の腕に目を止めた。

「みさ緒…その傷は? まだ新しいですね」


 みさ緒は、慌てて着物の袖を引っ張って隠そうとしたがもう遅い。

「あ、これは…」

 みさ緒が言いよどんでいると

「あぁ、ごめんなさい。また立ち入ったことを聞いてしまいました。みさ緒のことになるとつい…。何だか姉のような気になってしまって…。ごめんなさいね。言いにくいことなら無理に話してくれなくていいのよ」


 クレアとは、まだ数回の付き合いだが、みさ緒はクレアの穏やかで偏見のない温かな人柄を尊敬していた。クレアが『姉のような気になって』と言ったが、みさ緒もまた妹のような気持ちでクレアを慕うようになっていた。


「いえ、あの…実はこの傷は…」

 みさ緒が話しかけたとき、

「ただいま」と言って一人の男性が入ってきた。


 クレアは嬉しそうに

「まぁ、あなた。お帰りなさい。今日は早いこと。みさ緒が来ているのよ。みさ緒、紹介するわ。私の夫、ウィリアム」

「あ、あの…初めまして。冴島みさ緒です」

 みさ緒はどぎまぎしながら挨拶した。クレアから名前だけは聞いている。日本で商売をしているとのことだった。


「みさ緒。初めまして。ウィリアム・デニングです。先日はクレアを助けてくれたそうで、感謝しています。どうもありがとう」


「助けたなんてそんな…。偶然通りかかって、家まで付き添っただけですから…。私の方こそ、こうやってお招きいただいてありがとうございます。あの…楽しい時間を過ごさせていただいています」


 クレアとウィリアムが二人で目配せして、クスリと笑った。

「ね?」

 クレアが言うと

「そうだね。君の言ったとおりだ」

 ウィリアムがクレアにそうこたえて、また二人で微笑み合っている。


 みさ緒は事情が呑み込めないまま、二人の顔を交互に眺めている。なにか粗相そそうをしてしまったのだろうかと不安な気持ちが顔に出た。


「みさ緒。ごめんなさいね。私がいつもみさ緒のことをウィルに話しているから…」


「そう。クレアは君が来た日は、みさ緒が、みさ緒がと言って君の話ばかりするんだ。そして最後にはいつも、みさ緒は謙虚で奥ゆかしくて優しいすばらしい人だ、大好きだと言って終わる。僕もこうして実際に君に会って、すぐにわかった。クレアの言う通りだってね。それで二人とも嬉しくなって、つい笑ってしまったんだ。失礼した。悪く思わないでほしい」


「そんな…。わたしそんな褒めていただくような立派な人じゃないですから」


 そう言ってみさ緒がうつむくと、クレアがまたクスクス笑った。


「そういうところは、私の子供の頃そっくり。自分に自信がなくて、いつも下を向いてばかりで」


「え?」

 みさ緒が驚くと


「そうなんだよ。みさ緒。そういう彼女を僕はいつも歯がゆく思ってた。もっと自信を持って、てね」


「私たち、幼馴染おさななじみなの。私が“どうせ私なんか…”って下を向かなくなったのはウィルのおかげよ」

「そうなのかい?」

 ウィリアムが微笑みながらクレアを見ている。


「ええ、そうよ、ウィル。あなたのおかげ。みさ緒、あなたにもきっとウィルのような人が現れるわ。みさ緒のことだけを想ってくれる人が。みさ緒なら大丈夫。自分を大切に想ってくれる人がいることって心を強くしてくれるものよ」


 そう言われて、みさ緒の心になぜか恭一朗の顔が浮かんだ。

(違う、違う。恭一朗さまには巴さま…。何考えているの、私)


 自分で自分の思いを打ち消していると、すかさずクレアが言った。


「心当たりがありそうね、みさ緒」

「あ、いえ。そんなこと…。でも、ありがとうございます。そんな風に言っていただいて」


 二人のやり取りを聞いていたウィリアムがまた微笑みながら言った。

「みさ緒、僕も君のことが大好きになりそうだ。クレア同様にね。今日はこのまま、一緒にお茶の時間を楽しませてもらっていいかな」


 それから三人でお茶を楽しみながら、いろんな話をした。


 子供の頃のクレアのこと、イギリスといっても日本同様、都会もあれば田舎もあること、クレアとウィリアムの子供の頃の喧嘩の話…。


 みさ緒は自分も田舎育ちで、冴島家に来てからは全く違う生活に戸惑ったこと、来た当初、家の中でも外履きのままで生活することに面食めんくらったこと、冴島家に来ていとこ達に会うことができて嬉しかったこと…、三人の話は尽きなかった。


 育ての親ともいえる祖母が亡くなって独りぼっちになったと思った、と話すと、クレアとウィリアムはとても悲しそうな表情になってみさ緒を驚かせた。

 独りぼっちが辛いということより、冴島家に引き取られたことに感謝していると伝えたかったのだが、二人はみさ緒の境遇に深く同情しているようだった。


 みさ緒は、ウィリアムの外見から気難しい人ではないかと最初は緊張したのだが、話し始めると気さくで優しい人のようだ。何よりクレアをとても大事に思っていることが伝わってくる。

『ウィルのおかげで自分に自信が持てるようになった』というクレアの言葉もなるほどとうなずける。


 みさ緒にもそんな人が現れる、とクレアは言ってくれたが、今の自分では世間が狭過ぎて想像もつかない。


 すると、またしても恭一朗の顔が浮かんできた。みさ緒は慌てて打ち消しながらも、つい考えてしまった。

(……もし、その相手というのが恭一朗さまだったら、どんなに…)


 何度打ち消してみても、やっぱり恭一朗に惹かれているのだと自覚してしまう。

 

 でも、この想いは叶いそうにない…。それはわかっていた。

 

 自分が冴島家に来たときにはもう、恭一朗と巴の間には将来の約束ができていたようだ。巴からも、そう宣言された。

 


 そもそも自分は、恭一朗の目には泣き虫で頼りない妹のようにしか映っていないと思う。


 恭一朗には手が届かない、と初めから決まっている。


 そう思いながら、みさ緒は帰りの車の窓から暮れていく空を見上げた。

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