第22話

 祥吾は責任を感じていた。


 まさか、銀座で若い娘に襲われてみさ緒が怪我するなど想像もしていなかった。


(何が、姫を守るのは僕の務め、だ)


 あの瞬間を思い返すたび、胸がきりきりと痛む。自分を責める言葉しか浮かばない。


 みさ緒を独り占めしていることに浮かれていた…。


 過日開かれた冴島家の茶会で、みさ緒は注目の的だった。

 いつも自信なさそうに俯いているみさ緒を歯がゆく思っていた身としては、みさ緒の魅力が広く認められたようで、自分のことのように嬉しかった。


 さらに…

 遠巻きにみさ緒を見ていることしかできない多くの客人に対して、騎士ナイト然とみさ緒の隣に立っている自分が誇らしくもあった。


(みさちゃんは僕のものだ)


 その思いを強くしていた矢先の蛮行だった。確かに不意を突かれた出来事だったが、それを言い訳にはしたくない。


「祥吾さんと一緒だから安心できる」

 と、みさ緒が言ってくれていたことを思うと、余計に気が滅入る。


 辛い思いを抱えながら、今日も祥吾はみさ緒の見舞いにやってきていた。


「みさちゃん、具合はどうですか?」


「あ、祥吾さん。毎日ありがとうございます。今日もカーター先生が診てくださって、傷はもうふさがりましたって。私も体が熱っぽかったのはおさまりました。でも、まだ無理はいけないそうです」


「そうだね。まだまだ安静にしていないと」


 そこへ、きよが琢磨が見舞いに来たと告げに来た。


「みさ緒、どうだ具合は? 災難だったな」


「伯父様…。わざわざ来てくださったんですか?」


「なんだなんだ。なぜ泣く? 大事なみさ緒が怪我したと聞いて、知らん顔していられるわけないだろう?」


「大事なみさ緒…」

 みさ緒は琢磨の言葉を繰り返すと一層泣き顔になった。


「どうしたんだ? 傷が痛むのか?」

 そう言って琢磨がみさ緒を見つめる。


「だって…。伯父様が、『大事なみさ緒』って…」


「うん? 当然じゃないか。それで泣いたのか。相変わらずみさ緒は泣き虫だな」


「ごめんなさい」

 そう言ってみさ緒は泣き笑いの顔になった。


「さっき偶然、帰り際のカーター医師に会った。傷の方は順調に回復しているそうだな。カーター医師がみさ緒のことを褒めていたぞ。我慢強くて聡明な人だ、と言って」


「あ…そんな…。おかげさまで、熱も下がりました。後は無理しないで静かにしていればいいそうです」


「そうか、よかった。事件があったとき、祥吾がそばにいてくれて助かった。祥吾、世話になったな」


「いえ、琢磨おじさん。みさちゃんの傍にいながら、未然に防ぐことが出来ず本当に申し訳ありません。何のために一緒にいたかと思うと自分が情けなくて…」


「そう自分を責めるな、祥吾」


「恭兄さんも、僕が一緒だから、安心してみさちゃんの外出を許可してくれたと思うんです。それが…こんなことになって本当に情けないです。いえ、申し訳ない気持ちでいっぱいです」


「祥吾さん…。私、祥吾さんと一緒なら安心だという気持ちに変わりありません。そんな風にご自分を責めないで」


「祥吾、みさ緒もそう言っているんだから、これからもみさ緒と仲良くしてやってくれ。頼んだぞ。みさ緒、そろそろ私は行くが、菓子を持ってきたから、後できよにだしてもらいなさい。みさ緒は甘いものを食べると機嫌がよくなると恭一朗から聞いてるよ」


「あ……。ありがとうございます。伯父様、今日はわざわざ来てくださって本当にありがとうございました」


「また来るよ。大事にな」



 琢磨が去ろうとしていると、祥吾が大急ぎで追いかけて来た。

「琢磨おじさん。待ってください。ほんの少しでいいのですが、お時間いただけますか?」

 二人きりで話がしたいと真剣な表情をしている。



「琢磨おじさん、本当に申し訳ありませんでした。みさちゃんの怪我を防ぐことが出来なくて…」


「不意を突かれたんだ。仕方がなかった。もう自分を責めるな。怪我はしたものの命まで取られることはなかったんだし、まぁ不幸中の幸いというやつだ」


「でも、傷痕は残ると聞いてます」


「うん…。それはな…。みさ緒には可哀そうなことになった」


「…琢磨おじさん……。僕、みさちゃんと結婚させていただけませんか? もちろん、今すぐではありません。ちゃんと一人前になってからです。ですが、婚約だけでもさせていただけないでしょうか?」


「どういうことだ? みさ緒と約束でもできているのか?」


「いえ…それはまだ…。今のところ僕の一存です。ですが、みさちゃんにあんな怪我させてしまって、しかも大きな傷痕まで残るなんて…。僕……」


「なるほど、責任を取るというつもりか…」


「責任は感じています、もちろん。若いお嬢さんの腕に大きな傷痕が残ってしまうなんて、人生が変わるほど大変なことでしょう? でも、責任感だけからこんな申し出をしているわけじゃないんです。僕、ずっと前からみさちゃんのことが好きでした。いつか結婚できれば、と願っていました。本来なら、まだまだ未熟な僕が言い出せる話ではないのですが、今回のことで、はっきり意思表明しようと思いました」


 一気に話し終えると、祥吾は琢磨の返事を待った。


「ふむ…。祥吾の気持ちはわかった。ありがとう、みさ緒のことをそこまで考えてくれて」


「じゃあ…」

 お許しくださるんですね、と祥吾が言いかけると遮るように琢磨が話し始めた。


「…結婚は人生の大きな決断だよ。二人ともに、だ。祥吾とみさ緒の間に約束ができているなら私は反対しない。だが、そうでないなら、まぁ待て。一時的な感情の高ぶりで決めることじゃない」


「一時的じゃありません。僕はずっとみさちゃんのことを…」


「うん、それはよくわかった。だが、みさ緒の気持ちもあるだろう? いや、二人が仲いいのは私も聞いているが、それがすぐに結婚に結びつくものかどうか…。確かめるのが先じゃないのか?」


 そう言われて、ふと、祥吾の脳裏に恭一朗が浮かんだ。


 みさ緒の怪我を知って屋敷に戻ってきた時のあの慌てぶり…。そして恭一朗を頼り切ったようなみさ緒の態度…。

 二人が兄妹のような間柄だからと言ってしまえばそれまでだが、そんな単純なものかどうか…。


「あの…こんなこと琢磨おじさんに聞いてすみません。琢磨おじさんは、恭兄さんとみさちゃんのことをどう思っているんでしょうか?」


「どう? とは…」


「例えば…その、二人が結婚するかもしれない、とか…」


「……どうかなぁ…。私にはわからんな。二人からそんな話を聞いたことはないが…。何事も本人たち次第だよ」


「そうですか…」


「それに、祥吾は本家の跡取りだ。ご両親や周りの考えもあるだろうから、一度落ち着くことだ」

 そう言うと、予定があるからと琢磨は帰っていった。



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