第16話
「巴、なんだよ、祥吾の従妹って。みさちゃん、紹介するよ。僕らのいとこの巴。僕の父の妹が巴のお母さん、兄妹なんだ」
「あ、あの初めまして。みさ緒です。巴さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ねぇ祥吾、従妹でよかったんだっけ、私たち?」
「何言ってるんだよ。そうだろ。恭兄さん、みさちゃん、巴、僕はいとこ同士じゃないか」
「あ、そうなるんだ……。それにしても、みさ緒、今日のあなた、とっても可愛いわよ。着物もとても似合ってる。うん。すごくいい」
「そんな……。私なんか……」
「あら、何言ってるの。さっきからいろんな人が興味津々でみさ緒のこと見ているのに気が付かない?」
「え? いえ私……、見られたりするのは、あまり……」
「人を惹きつけてやまないのは、綺麗な女性の宿命よ、みさ緒。美しい花に人は魅せられるものよ。祥吾がピッタリ寄り添ってるはずだわ。ね、祥吾、心配だものね」
巴ははきはきとした物言いをする、いかにもお嬢様といった感じの美しい人だった。勝気そうなその目さえも魅力的だ。真紅のドレスがよく似合っている。左の手首に黒いリボンで巻き付けられている赤い薔薇の花飾りがさらに今日の装いを引き立てていた。
巴のその華やかな容姿と振舞いには多くの男性が魅了されるだろう。
自分とは正反対のような巴に、みさ緒は最初から圧倒されっぱなしだった。それに『従妹がどうの』と気になることも言っていた。気にしすぎだろうか……。
「私は十八なんだけど、みさ緒はいくつ?」
「あ、十七歳です」
「ふぅーん……。みさ緒は一歳年下なのね。みさ緒は小さい頃、
「はい。あの、二歳までここに住んでいたそうです。ほとんど記憶ないんですけど……。そのあとは田舎でおばあちゃんと暮らしていました。でも育ててくれたおばあちゃんが亡くなって、一人ぼっちになってしまって、それで琢磨伯父さまと恭一朗さまが私を引き取ってくださいました」
巴はくるりと祥吾の方を向くと言った。
「お母様がね、あんなことがあったのに、また手元に引き取るなんて琢磨さんも人が好すぎて呆れるって」
(……え?)
みさ緒は思わず祥吾の方を見た。巴が何を言っているのかわからない。
「みさちゃん、気にしないで。何でもないから。巴、関係ない話をここでするなよ」
祥吾は平静を装っているつもりだろうが、
「あ、はい。あの……私、ちょっと中で手を洗ってきます。こんな華やかな場で緊張してしまって汗が……。すみません。すぐに戻りますから」
このままここにいるのは、よくない気がした。ここでもっと深く何かを聞いてしまうかもしれない。祥吾が巴を止めた、ということは聞かない方がいいということだろう。
とにかくいったんこの二人から離れよう、とみさ緒は思った。
離れていくみさ緒を見送りながら祥吾は巴をなじった。
「巴、何だよ、今の。巴らしくないぞ。あんなこと言って。みさちゃん、何か勘付いたかもしれない」
「あら、別に嘘言ったわけじゃないわよ。お母様がそんな風に言ってました、ってだけじゃない」
「そんなこと、今ここで言うこと? 聞こえよがしにさ。普段の巴なら絶対に言わないだろ」
「そんなに怒らないでよ。祥吾はよっぽどみさ緒が好きなのね」
「話を逸らすなよ。琢磨おじさんも恭兄さんも、これまでの経緯をまだ何もみさちゃんに話してないみたいだから、気を付けないと……」
「はいはい、もう余計なことは言いません」
と言いつつ巴は祥吾に顔を寄せて急に声を潜めると、ひそひそと言った。
「でも、こういう成り行きなら、やっぱりあの噂、案外本当だったりして……」
「噂?」
「みさ緒は本当は琢磨おじ様と弥生さんとの間の子供じゃないか、っていう噂。だって、弥生さんには冴島の血が一滴も流れてないんだもの、あり得ない話でもないわよね」
「巴、いい加減にしろ。二度とそんなこと口にするな」
祥吾が恐い顔をして巴を睨むと、私だってそんな噂を真に受けているわけじゃないわよと肩をすくめた。
「あ、みさ緒が戻ってきた。みさ緒、今日はお会いできてよかったわ。また会いましょう。ごきげんよう」
「あ、巴さん、今日はお目にかかれて嬉しかったです。またよろしくお願いします」
祥吾はみさ緒が落ち着いている様子なのにほっとしていた。何も気付いていないようだ。
いったん去りかけた巴が、また戻ってきたと思ったらいきなりみさ緒にこう言った。
「あのね、私、子供の頃から恭兄さまのお嫁さんになるって決めているの。覚えておいてね。じゃあ。ごきげんよう」
みさ緒はあっけにとられて人の輪の中に戻って行く巴を見送っていた。
祥吾も巴を見送りながら、今日の巴は明らかにいつもの巴とは違う、と思っていた。何となくいらついているようだ。
確かにお嬢さま育ちでしかもあの美貌だから、周りはちやほやする。怖いもの知らずになって、ずけずけと言ってしまうこともある。でも、決して人を見下したり傷つけたりすることは言わない。やっぱりそこもお嬢さま育ちということだろう。小さい頃から巴を見ているからよく知っている。
いつもと違う巴にしたのは、恭一朗だと言ってもいいかもしれない。巴は今日の茶会で、恭一朗とみさ緒が一緒にいるところを初めて見て、何かを感じたのではないだろうか。
祥吾がなぜそう思うかといえば、祥吾もまた、同じようにもやもやした気持ちを抱いたからだった。
恭一朗とみさ緒の間の見えない何か、というより恭一朗のみさ緒に対する特別な何か、といった方がいいかもしれない。みさ緒を見る恭一朗の眼差しが他の誰かに対するものとは明らかに違う、と思う。
恭一朗は巴にも、もちろん優しい。だが、それは従妹に対する態度の域を出ない。恭一朗を見ているとわかる。みさ緒に対するそれとは違う、と祥吾は思っていた。
今までの巴は、『従妹だから優しくしてくれる』ことであっても、ある意味受け入れていた。それは自分を脅かす存在が他にいなかったから、恭一朗に一番近いのは自分だとちゃんと判っていたからだ。
だが、みさ緒が現れた。自分の優位を脅かす存在が現れたことを確信したのだ。それが今日の巴を『いらいら巴』にした原因だ。あんな荒唐無稽な噂話まで持ち出したのも、自分の不安を打ち消したい気持ちの表れだろう。もしみさ緒が琢磨おじさんの血を引いているとすれば、恭一朗とみさ緒は兄妹ということになる。そうであれば恭一朗を争うライバルとしてのみさ緒は消える。
まぁ噂話などと言っても祥吾の父と巴の母の兄妹同士がひそひそと憶測し合っていたに過ぎない。みさ緒が琢磨と恭一朗に引き取られることになったときに二人が話しているのを祥吾も耳にした。
男だから態度に出すわけにはいかないが、祥吾は祥吾で恭一朗の存在が気が気でなかった。巴は恭一朗を、祥吾はみさ緒を愛するがゆえに、恭一朗とみさ緒の関係が気になる。
(みさちゃんの気持ちはどうなんだろう……。 みさちゃんは誰を見てる? 僕はみさちゃんを誰にも渡したくない、たとえ相手が恭兄さんであっても……)
祥吾はみさ緒への想いが強くなっているのを感じていた。
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