第15話

 祥吾は相変わらずみさ緒に会いに冴島家に来ている。ちょうどみさ緒が仕立物に熱中していた時期は祥吾の大学の試験期間と重なって、祥吾は祥吾で忙しく、お互いに都合が良かった。


「みさちゃん、着物の仕立てが上手なんだって? きよさんから聞いたよ。恭兄さんの着物を仕立てたって。羨ましいよ、みさちゃんに着物を縫ってもらうなんてさ」

 みさ緒はただ微笑むばかりだ。


 祥吾はあわよくば自分の着物もみさ緒に仕立ててもらいたいと願っているのだが、なかなかそう都合のいい展開に話を進めることができない。


 焦る気持ちを抑えて、祥吾は今度催される冴島家の茶会にみさ緒を誘った。


「今度の茶会は、冴島家の庭で催されるんだけど、みさちゃんはどうするの? 薔薇の茶会なんて言われてるらしいよ、世間じゃ」


「どうするって……。恭一朗さまからも何も言われていないし……。まだ何も決まってません。それに大勢のお客様が来られるなら私なんてとても……」


「何遠慮しているの。たぶん、みさちゃんが参加したいって言えばそれで決まりだと思うけどな」


「……」


「大勢の人が苦手っていうなら、この僕がお守りします。お姫様」


 祥吾がおどけた感じで、一緒に参加しようと誘ってくる。みさ緒が思わず笑うと、ここが攻め時と思ったのだろう。畳みかけてきた。


「ほんとに大丈夫だよ、みさちゃん。騎士たるもの、姫には指一本触れさせやしませんからご安心ください。どうかお任せを」


 祥吾が大仰に手振りをつけて礼をした。芝居がかっているのが可笑しくて、みさ緒はクスクスと笑い出した。


「じゃあ、一度恭一朗さまに相談してみます」


「そうこなくっちゃ。あのね、みさちゃん。恭兄さんには、どうしましょう?っていう相談じゃなくて、参加したいんですけどいいでしょうか?って相談するんだからね。いい? 間違えないでよ」


 祥吾に押し切られた形になって、みさ緒は思わず頷いてしまった。




 冴島家の庭の薔薇は有名で、茶会に招かれた客の多くが、まず薔薇の美しさに目を奪われる。広大な庭には芝生が広がり、その周囲に植えられた様々な種類、色とりどりの薔薇が競うように咲き誇って何とも華やかだ。


 招かれた客は思い思いの服装で参加していて、見ているだけでも楽しい。男性は多くが洋装だが、むろん大島紬に対の羽織という人もいる。粋で上品だ。洋装、和装問わずほとんどの男性は帽子を被っていた。

 一方、女性は和服姿が多い。中にはドレスをまとっている人もいる。いずれにせよ、薔薇に負けじと趣向を凝らしていた。


 みさ緒は、迷った挙句亡きフミが仕立ててくれた着物にした。どこに出ても恥ずかしくないものだから、と教えられていた通りのかなり上等な品物だ。初めてのことでどう着飾っていいかわからず、きよに相談してこの着物に決めた。淡い紫がみさ緒の白い肌によく映える。

 髪もきよが結ってくれた。みさ緒は、普段は自分で頭の後ろで束ねているくらいなのだが、今日はきよが、頭の後ろ中央辺りで束ねた髪を三つ編みにしてさらに内側に折り込んだ髪型にしてくれた。『まがれいと』といって若い女性に人気の髪型だという。髪飾りには薄桃色の薔薇の花が一つ。いつもの控え目な感じとは違う特別に可愛らしいみさ緒になった。。


 いつの頃からか、冴島家の庭で催される通称『薔薇の茶会』では、女性が薔薇にちなんだものを装いに取り入れることが習いとなっていて、それがまた参加者の楽しみになっていた。



 茶会では、みさ緒は庭の隅の方に立っていた。今日は初めての参加なので、なるべくひっそりとしていたい。

 隣には騎士よろしく祥吾が控えていた。


 結局、みさ緒は茶会に参加することにしたのだが、祥吾に熱心に勧められたせいばかりではない。きよに連れられて三越呉服店に買物に行ったことで、人前に出ることには少しだけ度胸がついた。あのときは、やはり人目が気になって、きよの後ろに隠れるようにしてしまったが、別に誰かに何かを言われたわけではなかった。


 育った村で、みさ緒には西洋人の血が混じっていると後ろ指を指されたり、心無い言葉を投げかけられたりした記憶が、今もみさ緒を俯かせる大きな原因となっている。

 でも近頃のみさ緒は、恭一朗から言われたようにちゃんと人の目に慣れて、堂々と振舞えるようになりたいと思い始めていた。いつまでも殻に閉じこもっていては、せっかく冴島家で暮らせるように計らってくれたフミにも申し訳ないと考えるようになってきた。

 このままでは、みさ緒を引き取ってくれた琢磨と恭一朗にも呆れられてしまう。

 とはいえ、過去の痛みを急に克服できるものでもなく、無理せず、できることから少しずつ始めていこうと考えていた。


 それに……傍には祥吾さんがいてくれる。


 祥吾はいつもみさ緒を明るい気持ちにしてくれる心強い存在だった。祥吾の前ではいつの間にか笑っている自分がいた。今日の茶会も祥吾と一緒なら大丈夫だと思えたのだった。


 芝生の広がる庭には真っ白い布をかけた小ぶりの丸テーブルがそこここに配置されていた。それぞれのテーブルには、違う種類、違う色の薔薇が白い花瓶にただ一輪生けられており、清楚で美しいしつらえになっている。

 各々のテーブルの上には小さな菓子が様々並べられていた。料理や飲み物は庭の隅に並べられた大きな長テーブルに次々と運ばれていて、客はそれらを好きなように取るとテーブルの間を自由に行き来しながら気楽に談笑している。

 このように立ったままのスタイルは西洋ではごく普通のことらしい。


 この家に来たばかりの頃、恭一朗からも庭で宴会らしきものを催すとは聞いていた。だが、みさ緒は、花見のように芝生に茣蓙を敷いて座り、一人ずつ膳を並べて楽しむような宴会を想像していたから、正直目の前の光景に驚いていた。


 主催者である恭一朗の周りには、大勢の客が集まり次から次へと挨拶している。そのたびに丁寧に挨拶をし和やかに会話を交わして、息つく暇もない様子だ。

 見ていると、客の中には連れの若い女性を紹介している人も多い。


「みさちゃん、あれ見て。あの紹介されている女性たちは、恭兄さんのお嫁さん候補だよ。自分の娘とか親戚の子とかを連れてきて、何とか恭兄さんと良い縁ができないかと願っている人たちのなんと多いことか……」


 祥吾にとっては、まさしく他人事。野次馬になって楽しんでいる。


「恭一朗さまには決まった方はいらっしゃらないのですか?」


「まだ、いないみたいだね。恭兄さんも二十七歳だから、そろそろいい年頃ではあるんだけど……。まぁ恭兄さんがどう考えているかだよね。そんなこともあって、最近は琢磨おじさんに直接恭兄さんのお見合い話が持ち込まれることも多いみたい。聞いた話だけどね」


 祥吾とそんな話をしながら見ていると、場の中にひときわ目立つ若い女性がいた。男性方が次から次へとご機嫌伺いしている。まるで薔薇の精がそこに降り立ったかと思うほど華やかで美しい人だ。彼女を中心に大きな人の輪ができていた。


 すると急に、その女性がつかつかと近付いて来て話しかけてきた。


「ごきげんよう。あなたがみさ緒? 大倉巴おおくらともえです。よろしく。祥吾の従妹よ」



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