第12話

 三越呉服店から、みさ緒ときよを乗せた車が走り出した。

 後には大勢のお見送りの店員が深々と頭を下げている。



 少し離れた場所から車を見送りながら、りよは、みさ緒の境遇が一変していることに驚いていた。


 何しろ、三越呉服店を出るときの店側の見送りが大層だった。りよの家も故郷では裕福で知られた家だが、あんな風に東京の店で見送られたことはない。

 

 それに、みさ緒が乗り込んだのは運転手付きの立派な車だった。


 みさ緒の返事からすると、引き取られたという親戚の家で女中として働いているわけでもないらしい。

 

(お父様は、みさ緒がどうでも横浜で働きたいと言ってきかない、と言っていたのになぜ東京に?……)


 りよはに落ちない思いで歩き出した。




「きよ、今日出かけたとき、みさ緒の様子はどうだった?」

 恭一朗は帰ってくると早速尋ねた。みさ緒の様子が気になるらしい。


「落ち着いていらっしゃいました。ただ……」


「ただ?」


「買い物を終えて、店外で副支配人から挨拶されているときに、みさ緒様は俯いてきよの後ろに隠れるようにして立ってしまわれて……。道行く人からご自分が見られるのがお嫌だったようで……」


「そうか……。みさ緒はまだ人目が怖いんだね。自分に自信が持てるようになるといいんだが……。みさ緒の負担にならないよう焦らず時間をかけて進んでいくしかないね。きよ、今日はありがとう」


「それと恭一朗様、帰るときにみさ緒様は女学生に声をかけられていらっしゃいました。なんでもお育ちになった村一番の名家のお嬢様で、同級生だった方だそうです」


 恭一朗は、あぁ、そうと答えると、きよにお疲れ様とねぎらいの言葉をかけた。




 三越呉服店での買い物から帰って以来、みさ緒は二階の和室にこもって、せっせと仕立物に励んでいた。


 腕には少々自信がある。亡くなったフミは仕立物が得意で、近隣の大きな呉服店から仕立物を引き受けていた。そのフミに子供の頃から仕込まれて、腕は確かだ。


 みさ緒が大きくなってからは、子供の晴れ着や男物の仕立ては任されるようになっていた。もちろん、呉服店の主に仕立ての腕を認められてのことだ。


 さすがに女物の仕立ては、フミが指名されていた。

 フミに依頼がくる女物は、芸者衆のお座敷着や裕福な家のお嬢様の晴れ着、婚礼着など超がつく高級品ばかりで、みさ緒などは怖くて反物にハサミすらも入れられないような品物ばかりだった。



「できたーー」

 針を置くと、大きく息をついた。

 しばらく針を持っていないので、腕ならしに、まず自分のための着物を縫っていたのだった。


 二枚の着物を継いで、一枚の着物に仕立て直した。いわゆる片身替わりで、背中から、左半分と右半分とで違う柄の反物を使って仕立てる方法だ。

 田舎にいたときは、付き合いのある呉服屋からキズ物の反物を格安で分けてもらって、みさ緒やフミの着物にしていたから、きれいなところを継いだりしていろんな仕立て方の経験があった。


 早速、仕上がった着物を羽織って姿見に映していると、きよが部屋外から声をかけてきた。


「きよさん、ちょうど良かった。見てもらえますか? この間、きよさんが出してくれた着物で仕立直しをしていたのが出来上がったところです」


「失礼します。まぁ……よくお似合いですよ。弥生様のお着物とフミさんの着物とで片身替わりを……」


 先日、みさ緒がきよに今回の計画を打ち明けたときに、着物の古着はないかと尋ねたら出してきてくれたのが、みさ緒の母である弥生の着物と、フミが冴島家で働いていた若い頃に着ていたという着物だった。古着といっても、どちらもとても上物だ。


「産んでくれたお母さんと、育ててくれたおばあちゃんの着物を一枚に継いで、それを私が着ると、三人がひとつにつながるでしょう? 

 おばあちゃんが本当の家族ではなかったと知らされたときは驚きもしたし、悲しかったけれど、でも私にとっては、やっぱり大事なおばあちゃんだから、どうしてもこうしたくて……」


「みさ緒様……私がお礼を言うのも変ですけど、ありがとうございます。フミさん、どんなにか嬉しいか……」

 そう言ったきり、きよは黙って目頭を押さえた。フミはきよにとっても姉とも母とも慕う大事な人だった。


「もう、きよさんたら……。私まで涙が……」


 しばらく、しん……とした後、気を取り直したようにみさ緒が明るく言った。


「さ、きよさん。次はいよいよ本番にとりかかろうと思います。寸法の方は?」


「反物と一緒に、三越の呉服部からもらってございます」


「ありがとうございます。お気に召すといいんですけど……。反物も勝手に選んでしまったし」


「みさ緒様、大丈夫ですよ。きよが受け合います」


 きよに励まされて、みさ緒は早速準備に取り掛かった。



 フミが亡くなって、独りぼっちになってしまったと悲しみに暮れる毎日だったが、フミと恭一朗、そして琢磨の計らいで、みさ緒は冴島家に来ることになった。

 そして、冴島家では、女中頭のきよが親身になってみさ緒の世話をしてくれたり、みさ緒は小さすぎてほとんど覚えていないが、子供の頃はよく一緒に遊んだという従兄の祥吾とも再会して仲良くなった。

 いつの間にか周りには味方になってくれる人がたくさんいた。

 何もかも、伯父の琢磨とその息子恭一朗の庇護ひごおかげだ、としみじみ思う。

 

 伯父の琢磨には恐れ多くて何もできないが、まずは恭一朗にこの感謝の気持ちを伝えたい、そう思ったときに考えついたのが、恭一朗の着物を縫い上げることだった。





「きよ、みさ緒はどうしたの? 和室にこもりきりで全然出てこないみたいだけど……」

  

 みさ緒は恭一朗が心配するほど仕立物に熱中していた。


 丁寧に針を進めていく。

 一針一針ひとはりひとはりに込めた思いは、着る人にちゃんと伝わるものだとフミから教わった。


 


「恭一朗様、みさ緒様がお渡しになりたいものがあるそうで……」


 きよが声をかけると、みさ緒が恥ずかしそうに着物を差し出した。


「気に入っていただけるといいんですけど……」


「これ僕の? みさ緒が縫ってくれたの? 和室にこもっていたのはこのためだったんだね。ありがとう。嬉しいよ」


「お針は、フミさんから教わったそうですよ」

 横からきよが言い添える。


「そうか、フミから……。そうか……。みさ緒、ありがとう」


 恭一朗から礼を言われたことが嬉しくて、みさ緒は子供のように小さく飛び跳ねながら、きよの手を握って言った。


「きよさん!よかった」


「申しましたでしょ、きっとお気に召されますって。よかったですね、みさ緒様」

 きよも嬉しそうに笑った。






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