第11話
先日の再会以来、祥吾は暇を見つけては冴島家に顔を出すようになった。もちろんみさ緒に会いに来ている。
二人で楽しそうに話している様子が微笑ましい、と使用人の間でも噂になっていた。
祥吾は屋敷の外に出ることのないみさ緒に、学校での出来事や世の中で話題になっていることなどを話して楽しませているようだ。よくもまぁ話題が尽きないものだが、祥吾はみさ緒を喜ばせようと面白そうな話のタネを熱心に収集していた。
そんなだから、みさ緒の方も祥吾が来るのを心待ちにするようになっていた。学業が忙しくて、祥吾が数日姿を見せないと
「きよさん、祥吾さん来ませんねぇ」
などと言ってはため息をついている。
一方、祥吾は、みさ緒への気持ちが変化してきていることを自覚していた。
最初は十数年ぶりに再会した幼馴染の従妹が、自分を全く覚えてなかったことが残念で、(思い出させてやる)という程度の気持だった。
だが、今は違う。会うたびにみさ緒に魅せられていた。
屈託のない笑顔、時折見せる頼りなげな表情、素直な心……
そして
誰よりも美しい……
祥吾は、ただただみさ緒に会いたかった。
会って話したい。
あの頬に触れたい。
みさ緒をこの胸に抱き寄せたい。
そんな衝動に駆られる自分に驚いていた。
みさ緒を自分だけのものにしたい……こんな気持ちは初めてだった。
そんな二人から漏れ聞こえてくる笑い声は明るくて、まるで浮き立つように弾んでいる。周りにいる者もおすそ分けのようにして自然と笑みがこぼれてしまうのだった。
今日も、祥吾とみさ緒が楽しそうに話していると珍しく早く恭一朗が屋敷に戻ってきた。
「恭一朗様、お帰りなさいませ」
きよが早速出迎える。
「ただいま。きよ、二人は楽しそうだね。いつもあんな風?」
「はい。祥吾様がお見えになると笑い声が絶えません。お二人はまるで兄妹のようですよ」
「兄妹か」
と恭一朗が笑っていると、気付いた祥吾とみさ緒が挨拶した。
「恭兄さん、お帰りなさい。お邪魔しています」
「恭一朗さま、お帰りなさい」
「ただいま。楽しそうだね」
「恭兄さん、ちょっとご相談があります」
「どうした?」
「実は、今度仲間内で小さな催しを開くことになって……。そこにみさちゃんを連れて行っては駄目ですか? いや、まだみさちゃんには聞いてないんですけど、まず恭兄さんに伺ってからと思って……」
祥吾は自分の美しい従妹を皆に自慢したい、そして自分と彼女がいかに親密か、を仲間に見せつけたいという思いに駆られていた。
祥吾のそんな気持ちに気付いてか、恭一朗はほんの少し黙った後、みさ緒に尋ねた。
「みさ緒次第だな。どうする? みさ緒」
「……」
「みさちゃん、気乗りしない?」
祥吾が心配そうに尋ねる。
「……。気乗りしないとか、その催しが嫌とかじゃないんですけど……。たくさんの人の前に出て、自分を見られるのが怖くて……」
村での経験がみさ緒を臆病にさせていた。また憶測交じりの好奇な目に晒されるのか、と思うと怖かった。
祥吾が、どうしたらいいですかという目で恭一朗を見ている。
「そう……。じゃ今回は無理しないでおいた方がいいね。祥吾、また次の機会にみさ緒を誘ってあげて」
「そうですね。わかりました」
祥吾はそれ以上深追いせず、みさ緒はほっとしたように微笑んだ。
数日たったある日の朝……
みさ緒は、きよから声をかけられた。
「みさ緒様、今日きよは、お屋敷の用事で買い物に出かけます。みさ緒様をご一緒にお連れするようにと恭一朗様から申し付けられておりますから、そのおつもりでいらっしゃってくださいませ」
「え、私は……」
行きたくないと言おうとしたとき、奥の方から歩いてきた恭一朗に声をかけられた。
「みさ緒、気晴らしにきよと出掛けるといい。少し人慣れするのも大事だよ。大丈夫。昔から
恭一朗にそう言われてしまっては断ることもできない。結局みさ緒は小林の運転する車で、きよと出かけることになった。
日本橋にある三越呉服店であれやこれやと買い物するきよに付き合って、店外にでる頃にはみさ緒はすっかり疲れていた。デパートメントストアと銘打った店内は色々なものが最初から陳列されていて、目が回りそうだった。
きよとみさ緒が副支配人始め多くの店員に見送られ挨拶していると、その様子を少し離れた場所から女子学生が意外そうに見ていた。
その女子学生がみさ緒に近づくと、思い切ったように声をかけた。
「みさ緒?」
「あ、りよさん! まぁ、なんて久しぶり。こんなところでお会いするなんて……。りよさんは確か……」
「私は東京の学校に通っていて……。みさ緒こそどうして東京に? すっかり綺麗になって……。お父さまからは、みさ緒は横浜で働くことになったと聞いていたけど……?」
さすがに自分の娘には、自分の裏の顔を明かしてはいないのだろう。
みさ緒は、同級生だったりよの父親に騙されて、いかがわしい商売をしている男に売り飛ばされるところだったのだ。しかも、その男には危うく
「今は、東京の親戚の家にお世話になっているんです」
「そう。それで今日はお使いに?」
りよは、みさ緒が親戚の家で使用人として働いているとでも勘違いしたらしい。
「あ、いえ」
曖昧に返事をすると、早々に話を切り上げて、お会いできてよかった、お元気でときよと共に車に乗り込んだ。
これ以上話し込んで、フミのことを聞かれたくなかったし、なぜ横浜に行かなかったのかなどという話もしたくない。すれば、結局りよの父親がしたことを明かすことになる。
りよは、泣いているみさ緒に惜しげもなく高価なハンケチを差し出してくれるような優しい子供だった。みさ緒は今でもそのときのりよが忘れられない。
だから、その父親が裏でしていることを、りよに知らせたくないと思った。名家の主然とした父親を誇りに思っているに違いないりよを悲しませたくなかった。
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