第6話
―― 東京
みさ緒が冴島家に来た翌朝。
朝早くに目覚めたものの、みさ緒は自分がどこにいるのか、すぐには判らなかった。
ふかふかの布団、白い壁、大きな窓……。
伸びをして大きく息を吐くと、ぼぅっと天井や壁を見回してみた。そして、ようやく思い出した。
(そうだ、冴島家に来たんだっけ……)
昨日は嵐のような一日だった……。恭一朗に助けられて、一緒にこの冴島家に来たことは夢じゃなかったみたいだ。
でもまだ、自分が何かの物語の中に入り込んでしまったような、という感覚は消えない。わからないことだらけだった。
豪華な建物、たくさんの使用人、西洋風な暮らし、冴島商会、従兄だという恭一朗のこと……それに、そもそも私は何者なんだろう?
一階からは、ざわざわと人の気配がしている。もう朝の準備にかかっているみたいだ。
私もお手伝いしなくちゃ、と、みさ緒は起き上がると着替え始めた。
(あれ、なんか痛い・・)
よく見ると手首の辺りに赤い痣ができている。あの坊主頭の男に強く手を
あの時、恭一朗さまが来てくれなかったらどうなっていたんだろう……。
坊主頭の餌食になって、体をもてあそばれていたかもしれないと思うと、ぞっとする。逃げようとさんざん暴れたものの、自分の力ではどうしようもなかった。こんな痣や体の痛みなんかで済んで本当に良かった。
(でも手首にこんな風に赤く跡がついていると、いかにも何かがありました、って感じがする。嫌だな……)
何かいい具合に隠す方法はないかと考えていると、ドアをノックする音が聞こえて、きよが入ってきた。
「おはようございます。よくお休みになれましたか?」
明るい声で挨拶すると、手当をいたしましょうと湿布と包帯を取り出した。なぜ自分が考えていることがわかったのだろうとびっくりしているみさ緒に、きよは恭一朗様のお言いつけですと教えてくれた。
(恭一朗さまが……)
みさ緒は恭一朗が手当にまで気が回ることに驚かされた。
確かに、坊主頭に襲われて、のしかかられているところを間一髪で助けてもらった。でも、その翌朝に体のどこかに傷か何かあるかもしれないとまで思い至るなんて……。
一体、恭一朗という人はどんな仕事をしているのだろう、と思った。
みさ緒は、手当の間、この赤痣はどうして? などと聞かれたらどうしようとドキドキしていたが、結局、きよは黙ったまま何も言わなかった。
器用に包帯を巻き終わると
「はい、できました。
軽い調子で言って、手当に使ったハサミなどを片付けている。きよが恭一朗からこの痣の経緯を聞いているのかどうか判らないが、知らん顔してくれてホッとした。
坊主頭に襲われかけたことは身震いするほどおぞましい出来事で、その記憶をなぞるようなことはしたくない。
痣が消える頃には、この嫌な記憶も薄れているといいな……と考えながら手首に巻かれた包帯を見ていると、ふいに、きよが口を開いた。
「旦那様が、みさ緒さまに会いに別宅からお見えになられます。朝食を召し上がったら、お着換えいたしましょう」
(旦那様……?)
何のことか判らずにみさ緒が戸惑った顔をしていると、きよが気付いて、あら、また先走りました、恭一朗様からお話がありますよ、と笑いながら出て行った。
一階の食堂では恭一朗がすでに食事を終えていて、独特の香りがする飲み物を飲んでいた。どうやら、みさ緒が降りてくるのを待っていたらしい。
みさ緒にとって恭一朗は、初めて身近にいて親しく接する大人の男性だ。従兄だと聞かされてもどう接したらいいのか正直戸惑ってしまう。身内というより少し距離のある存在だと感じていた。「恭一朗さま」という呼び方がしっくりくる。
冴島家では、普段から洋装が主であるらしく、白いシャツにベスト、スラックスといった服装の恭一朗は、まるで絵から抜け出たみたいに颯爽としている。こういうところもなぜか近寄りがたいと感じさせるところだと思う。
万事、西洋風な暮らしぶりは、冴島商会の仕事に関係があるのかもしれない、きよに聞いたら教えてくれるかしらと思った。
「後で父が来るから、みさ緒に会ってもらうよ。大丈夫。そんなに緊張するようなことじゃない。私も一緒だし、父もみさ緒に会うのを楽しみにしているから」
そのつもりでいるように、と恭一朗から告げられた。
恭一朗に対してさえ、まだ緊張があるのに、恭一朗の父に面会して挨拶……。みさ緒は面会の前から身体が固くなるのを感じていた。
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