8 正しい方へ

 気づいた時には、ダークスーツの男に肩を掴まれていた。

 その力は、万力みたいに強く、ぐいと締め上げられると、駆け足を続行でずきずに、黒いスーツの胸板に阻まれて制止を余儀なくされてしまう。


「ショウマ君ですね。ついてきてください。だいじょうぶ。私はあなたを導くためにやってきた者です」

「導くって?」

「正しいほうへ」


 ダークスーツの男は、短く刈り込んだ頭髪に、白い歯を覗かせて、にっこり微笑んだ。

「私はフミカさんから、使わされた者です。フェスの時は、フミカさんの身辺警護をやっています。門脇かどわきと申す者です」

「門脇、さん?」

「そう、フミカさんと同じように、かどさんとでも呼んでください」

 言いながら、門脇さんは振り向くと、僕のパーカーに手を伸ばそうとした男の腕をとって、そのまま背負い投げした。

 もちろん、アスファルトに叩きつけるようなことはしなかった。子供をあやすように、手心を加えた、優しい一本背負い。

 僕は、この門脇という人物を信用した。


 というより、もう、周りを囲まれて、僕は必然的に門脇さんに頼るしかない。


 門脇さんは、僕の肩を庇うように抱き寄せると、そのまま僕らを囲う群衆の中へつっこんでいった。


「お姉さんが、心配されておられました」

「フミカが?」

「甘イズム先生が、あまりのあなたの風貌? というか、そのお姉さまと似た顔に驚いて、うっかり、あのような浅はかなことをしてしまいました。先生も申し訳ないと言っておりました」


 甘イズム先生が、僕に? なんだって?

 今まで雲の上の存在だった人たちが、なぜか、このフェスを皮切りに、僕の元へ降臨してくる。


 じゅんな、甘イズム先生。そして、このハンサムなダークスーツの護衛。


 僕を正しい方へ導く?

 ずっと、前髪でこの世界から隠れて、暗い穴ぐらの中を彷徨っていた僕を、いったいどこへ導いてくれるというのだろう?



 

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