5 バレバレじゅんな

 会場の隅っこにある事務所のトイレで、事の顛末を振り返った。

 久方ぶりの現実という実写に、僕は過敏性腸症候群をひきおこしてしまう。

 

 境界人から選ばれし五人、幸福の極み人は、甘イズム先生直筆、柑橘 類の描かれた色紙配布と、じゅんなとのチェキ権が与えられた。


 色紙を甘イズム先生からもらうまではよかった。


 が、じゅんなとのチェキに並んでいると、やはり体が現実に過剰反応して猛烈便意をもよおす。

 たまらず、境界から走り去ってここに。


 腸を搾りとられるような痛みと共に、柔い便が噴出する。

 それでも、僕の手の中には、しっかり甘イズム先生の色紙が握られている。

 便だけじゃなく、吐いたってお釣りがくる。最高の戦利品。


 あとは、この手にじゅんなとのチェキさえ握られていたら、この現実だけは最高だったのに。

 「クソ!」

 トイレのドアを「バタン!」と閉めて、苛立ちまぎれに水道で手を洗う。

 目の前の鏡に映る前髪暖簾の自分にパンチ。

 一瞬、暖簾の隙間から真っ黒い瞳と目が合って、たまらずトイレから逃げ出す。

 

 こんにゃくメンタル! 

 キングオブくず!

 現実逃亡者!


 自己破壊しながら事務所の廊下を歩いていたら、柑橘 類の衣装を身にまとう背中がチラリ。

 慌てて、階段下の段ボールが置かれた空スペースに隠れる。

 じゅんなの真似っ子境界人?

 にしては、リアル。

 事務所を歩く柑橘 類がくるりとこちらを向いて、隠れた階段一段目に藍染めの滑らかな足をのせると、コバルトブルーのウィッグを外した。

 

 目の前を火花が散って、殴られた衝撃が走る。

 でろーん。ウィッグに収めていた暖簾状の前髪が落ちて、その非現実的な超絶美顔にかかると、柑橘 類は持っていた分厚い眼鏡を前髪の中に押し込んだ。

 フミカ!

 ウソ、だろ?

 ウソだよな?

 

 じゅんなは、姉ちゃんだった。姉ちゃんが、じゅんなだった。

 

 コツコツと階段を上がる、姉ちゃんだかじゅんなだか、訳わからんヤツを、姉ちゃんを奪い返すため、いや、じゅんなを奪い返すため、もう、どっちだかわかんない!

 後ろから追い駆けて、とっ捕まえてやろうと踏み出した。

「関係者以外、立ち入り禁止!」


 いきなり警備員に肩を掴まれる。

 脇の下に剛腕を通され襟首掴まれると、そのまま華奢な体を制圧されて、外へ放りだされる。


「いや! 関係者中の関係者なんす!」

 尻もちつきながら警備員に訴えた。


「認証は?」

「持ってないっすけど、身内なんす!」

「なんとでも言えるよね」


 警備員は、冷たく僕を見下ろして、ドアを閉めると内側から鍵をかけた。


 慌ててじゅんなが上っていった二階を探すが、どの部屋もカーテンがかかっている。

 どこに、じゅんながいるのかわからない。いや、姉ちゃんか。


 出てくるまで待とうか?

 いや、待てよ。


 その時、ある考えが浮かんだ。

 そ知らぬふりで通す。

 

 姉ちゃんをじゅんなと知っても、じゅんなに対するこの思いに変わりはない。

 いちばんは、僕が知ったことで、姉ちゃんがじゅんなをやめてしまわないか、超心配。

 

 そこらへん、イヤな胸騒ぎがする。


 姉ちゃんの秘密には、何か訳があるにちがいない。

 ていうか訳もなくあんなことやってたらこわいだろ。


 改めて、僕は姉ちゃんの顔も知らずにいっしょに暮らしてきた事実を突きつけられる。

 今回の電撃サプライズはそこを突かれた。

 それはまた、向こうもいっしょだ。

 僕の中で、何かが弾けると、子供の時以来初めて、前髪を後ろに束ね、顔面で風を受けてみた。



 しゃがみこんだアスファルトに、甘イズム先生が立っている。

 フードの中から、不思議そうに僕の顔をのぞき込んでいた。

 



 


 

 

 

  



 


 


 

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