4 じゅんなイズム
恍惚とじゅんなに見惚れているところへ、殴られた衝撃が走る。
なんと、本日二人目の境界破壊者が円陣を、じゅんなめがけて進んでゆく。
ぶっ飛んで突っ走った落ち武者と違い、その人物は、ゆっくりとした歩調で円陣を抜け出し、まるでじゅんなに近づくパスポートでも持っているように悠然と歩いている。
すぐに、十数人の境界守護兵たちがその人物を取り囲む。当然だ。
取り押さえて地べたを舐めさせるかと思いきや、守護兵たちは何をやっているのか、境界破壊者を囲んだまま、歩を共にしているではないか。
着目すべきは、境界守護兵たちのその顔。
困惑と喜びと不審が入り混じったような、なんとも言えない顔、顔、顔を揃えて、パーカーのフードで顔を覆いマスクをした瘦せ身の、男とも女とも判別できない境界破壊者にくっついてゆく。
その光景は、抜刀を恐れて、距離を詰められず、侍の周囲であたふたする荒くれ者たちのよう。
しかし、境界守護兵たちに、そのような腰抜けはいないし、いてはいけない。
じゅんなが秩序の全てである境界で、それを破壊する者の存在を許せば、境界だなんてモノは今日にでも消滅するだろう。
誰もが、我慢をして境界を保っているからだ。
ならばと、僕がカメラを置いて、守護兵に加わろうとした時、スマホが鳴った。
じゅんな情報にまつわる通知音。
慌てて、ポケットから端末を取りだして覗きこむ。
―甘イズム先生が電撃訪問!!!―
なんと、「甘噛みゾンビ」原作者の甘イズム先生が、じゅんなを電撃訪問!?
原作者が、アポなしで一コスプレイヤーのパフォーマンスに顔を出すなんて、聞いたことがない。
でも、じゅんななら、あり得るかも。
甘イズム。
業界人でも、その姿に遭遇できる人間は限られる謎の超売れっ子作家。
境界を無視して、じゅんなに近づく。それは境界破壊者だが、それが原作者だとしたら?
甘イズム先生を囲んで、困惑した表情を浮かべる守護兵らのあの振る舞いよう、あれは混乱だったのか。
その混乱が伝わって、守護兵に加わろうとする僕の足も固まる。
境界に伝播する混乱を収束させるべく、じゅんなが、「はけて、はけて」と両手で大きく守護兵らにジェスチャー。
じゅんなの指示に従って、守護兵たちが歯がゆそうに退いてゆくのと裏腹に、甘イズム先生は、堂々円陣を闊歩して、遂にじゅんなの目の前に到達。
二人は顔を合わせると、長年来の友人みたいに抱き合った。
それから、互いにスマホを出し合い、手元で何やら操作しだす。
そのタイミングで僕のスマホからじゅんな関連の通知音が。
見ると、会員登録してあるじゅんなサイトから、当選おめでとうのメッセージが。
なんのことやらあっけにとられていると、リアルタイムでじゅんなが端末から声をかけてきた。
「当選した人、おいでやす!」
円陣中央で、じゅんなと甘イズム先生が、こっちへおいでおいでのジェスチャー。
「ガチか?!」
脇から、同じく当選したらしき境界人が、べっとり汗でへばりついたTシャツを整えながら、じゅんなの方へ向かってゆく。
僕もつられて、第一歩を踏み出したが、おそるおそる、暖簾の前髪へ更に後ろ髪を加えて、がっつり顔を隠して踏みとどまる。
やめとけ。
現実という実写には参加できないんだ。
じゅんなに近づいて、じゅんなを現実の枠組みで捉えることが空恐ろしい。
この距離感なら、まだじゅんなを現実として認識していない。
しかし、これ以上距離を詰めて、じゅんなが現実という実写に収まった瞬間、例の実写アレルギーを起こすだろう。
じゅんなの前で吐くかもしれない。
ここは、素知らぬふりして、通そう。
しらばっくれているうちに、四人の選ばれし境界人が、じゅんなと甘イズム先生を目の前に、あまりに突然訪れた至福の時で溺れている。
「まーだだよ。会員のショウマ君、おいでやす!」
バレてる。
握りしめたスマホから、リアルタイムじゅんなの声かけ。
「ヤバ!」
「しかととかありえねー」
「ぶち殺す! んでもってなり代わる」
「ショウマ、ぜってえ、見つけて晒す!」
辺りが騒然となって、芸能人に謝罪させた、境界人たちのマグマが噴火寸前だ。
僕の足は境界人への恐怖からじゅんなへと向かっていった。
もう、逃げられない。
他者に認識されるのって、何年ぶり?
しかも、それがじゅんなって・・・・・・
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