3 甘噛みじゅんな
境界を、熱風と共に、じゅんな目指して突っ走る落武者ヘアの男に、ラグビーばりのタックル、タックル、タックル。
一人の勘違い野郎に対して総勢三十人ほどの境界守護兵らに取り押さえられる。
中央のじゅんなは、まったく動じる素振りもみせないで、おいでおいでと笑顔で、人差し指を挑発するようにくねらせている。
そんなじゅんなが魔法を使っているかのように、円陣の境界度が増してゆく。
そこでは、キャラとコスプレイヤーじゅんなの判別が限りなくあいまいになってゆく。
殊にモニターに収めたじゅんなを見た時、それはもはや、我々と同じ地平線上に立つキャラ、柑橘 類だ。
錯覚を起こして、駆け出した落武者の気持ちを誰もが察する。
けれど、その行為は、境界では絶対に許されない。
我々は、じゅんなが作り出す境界の境界人であると同時に、境界守護兵でもあるからだ。
一人の狂乱のために、どこへ行っても、ひたすら現実でしかない現実から、じゅんなという境界を失うことに耐えられない。
気紛れじゅんなの異名も持つ、このスーパーコスプレイヤーは、とあるワイドショウで、コメンテーターの芸能人に「そんなに売れてんなら、なんでうちらと同じ土俵にあがんないの」と発言され、無期限の活動停止を発表。
絶望した境界人たちが、猛烈抗議の嵐をネット上に吹かせて、遂に発言者を謝罪させるまでに至った。
本来、格上である芸能人が、格下のコスプレイヤーに謝罪するなんて、考えられない。じゅんなはコスプレイヤーで初めて、その構図を破壊した。
そんな構造革命を起こしたのも、じゅんな活動停止で、境界人たちの間に絶望の嵐が吹き荒れたからだ。
じゅんななしで、明日をどうやって乗り切ればいい?
そんな思いから、境界守護兵は成り立っている。
今、僕もまたこの境界にいる。
社会不適合者として、暖簾の前髪で顔を隠し、スーパーコスプレイヤーじゅんなだけを見つめている。
境界にいると、シャッターを切ることさえ忘れる瞬間がある。
テレビで活躍する姉フミカと顔が瓜二つなだけで、おぞましい迫害を受けてきた。
最初、僕はその要因が自分の顔のせいにあると信じて、顔面への自傷行為に走った。
顔面の自傷行為をやめさせるべく、母に前髪を伸ばして顔を隠すよう命じられた。
それでも、ひたすら怯えきった目をして、自分の顔を見つめるこの弟を、フミカは不思議に思っていた。
ほどなくして、なぜ弟が自分の顔を自ら傷つけるのか、真祖を知った時、フミカも同じように前髪で自分の顔を隠した。
実の子らをこんな風に壊してしまった母もまた、罪悪感から自分の顔を前髪で隠し、かくして僕ら前髪暖簾ファミリーが誕生する。
顔を見なければならない洗顔や入浴の時、目を閉ざしてきた。もう自分の顔を忘れるほど、暖簾の前髪で顔を隠す生活を送り続けてしまった。
そして、姉の顔も。
いったい、あれからフミカがどんな顔に成長して、どんな顔をして今を生きているのか。わからないし、わかりたくもない。
姉の顔を想像するだけで、鋭く伸ばした爪が頰肉に食い込んだ。
おっと、それはもう、テレビで活躍していた幼いフミカの顔だ。
成長した僕とは違うものなんだ。
境界の中央で、じゅんなが発する視線とかち合った。僕は頬肉に食い込んだ指を離し、無我夢中にシャッターを切った。
じゅんな、じゅんな、じゅんな。
シャッターを切る音が、そんな風に聞こえてくる。
そう。自分の顔を知らないぐらい、自分を愛せない僕はもう、境界からじゅんなを見守る境界人でしかない。
自分の顔さえ無視し続け、現実という実写を受け入れられない人生なんて、お蔵入りしたようなもんだ。
そんな暗黒に差した一条の光がじゅんな。
じゅんなが作ってくれる境界だけが、僕の居場所になった。
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