2 LOVE
野郎どもの、おぞましい熱気が暑熱を更にあおっている、とある大型フェス会場のランチタイム。
落武者ヘアとしか命名しようのない乱れ髪に、カメラをぶら下げた黒縁眼鏡のおっさん。
真夏の炎天下に、脂ぎった顔へ更にべっとべとの汗を滴らせて、あつあつのうどんを食らっている輩。
チーズバーガーをチーズ抜きでとか注文している、社会不適合者。ハンバーガー頼んでくれ。
こんな輩どもの昼時の一団、実はすべて今か今かと、じゅんなを待ちわびるコス専たちで作られた巨大な円陣だ。
SNSの告知によると、じゅんなの登場は昼ごろ。というかなりアバウトな時間指定。
皆、いつ登場するかわからないじゅんなを、草食動物みたいに警戒しながら、昼飯をがっついて待ちわびている。
円陣は、ありふれた日常に溶け込めず、ワインのウロみたいに沈んでいる連中が、いっせいに、じゅんな目指して浮上してくる、日常でもなければ非日常でもない境界だ。
境界とは、コス専の間で使われる、スーパーコスプレイヤーじゅんなと触れ合える場所の隠語である。
境界とは、なぜ地下アイドルが歌って踊る秋葉原の某スタジオじゃないのか?
境界とは。なぜK POP率いる新大久保なり、スーパーアイドルたちが集客するスタジアムじゃないのか?
一般人には、限りなく不透明で理解不能な境界。
なんとか境界の説明を試みる時、じゅんなは唇に例えられる。
体の表面で皮膚に覆われていない部位は眼球ということになる。
となると体の表面は粘膜か皮膚、それと硬質化した皮膚である爪にしか覆われていない。
否、唯一の例外である唇。
唇は皮膚でもなければ粘膜でもない。そのどちらでもない体の境界。
コスプレイヤーじゅんなとは、僕らにとって、秋葉原で触れられる皮膚でもなければ、フレーム内にしか存在しないアイドル、触れられない美しい粘膜でもない。
じゅんなは、アニメーションの世界からこの三次元に飛び出した唯一、二次元の唇としてコス専から愛されている。
境界のじゅんなは、こちらの人間でもなければ、あちらのキャラでもない。この魅惑の唇に魅せられる人間ども。
この唇の魅力を理解するレセプターを持つ人間どもに、社会不適合者が多いのは、僕からすれば自明の理だ。
テレビで活躍した姉の影響で、テレビにトラウマを持つ僕は、あらゆるジャンルの実写にアレルギーを持ち、その結果アニメだけにどはまりした。
スーパーコスプレイヤーじゅんなと出会うまでは。
「じゅんな降臨!」
誰かが叫ぶと、真正面の円陣が奥から裂け、サークル中心に向かって道を作った。
ガードマンに同行されるわけでもなく、自然とできあがるじゅんなロードは、幅10mと決まっている。
じゅんなロードが塞がれると、じゅんながゆっくりと円陣の中央に進みい出る。誰もがカメラを構えて固唾をのんだ。
じゅんながアニメ「甘噛みゾンビ」柑橘 類の衣装をまとい、円陣の中央で原作の世界観に従うポーズをとる。
機関銃が乱射されるようなシャッター音がいっせいに響き渡る。
広い円陣の中央で、孤高にポーズをとるじゅんなは、本当にアニメから飛び出してきた錯覚を覚えさせる。
その時、この境界を跨いで、あちらのキャラ柑橘 類に触れられると錯誤した輩が暴走しだした。
砂漠を歩き通して、喉の渇きから、たまらず遠くの逃げ水を追う。
これは、そんな現象だ。
落武者ヘアの男が、カメラを捨てて円陣を切り、中央のじゅんな目掛けて走りだした。
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