甘噛みゾンビ。そっくり弟が姉と入れ替わり急接近します

美香野 窓

1 変幻自在

 その日も、いつもと変わらぬ朝食風景。


 長髪前髪で顔半分見えない三人。母と姉、そして僕とで囲むダイニングテーブルのいつもの朝食。

 ただ、いつもとちょっと違う様子を見せている姉フミカ。

 カーテン前髪から、チラチラと分厚い眼鏡越しに掛け時計を覗き込んでいる。


「そろそろ、いかなくちゃ」


 立ち上がる、フミカのショートパンツルックには、見慣れていても、ドキッとさせられる。

 シミ一つない腿は、太くもなく細くもない。レールみたいに伸びやかにワックスで磨かれた床に、その白さが反射している。


「フミカ、帰りは何時頃になるの?」


 母が箸をとめて、フミカの行動を探りながら、尋ねた。


「うーん、夕ご飯、までにはー」


 日が暮れてしまいそうなほどゆっくりな口調に、あいかわらずだなと、笑いがこぼれる。


「ショウちゃん、ワンピのホック、掛けるの手伝ってえ」

「そういうのさ、同性の母さんに、頼めよ」

「だってえ。ショウちゃん、奴隷でしょ」

「奴隷じゃねえっつうの! 弟!」

「同じじゃなーい」


 姉だけど妹キャラ。妹キャラだけどド姉キャラの不思議な姉ちゃんだ。


 姉ちゃんには、なぜか逆らえない調教された僕は、半分食べかけのトーストを未練がましく残して、階段を滑らかな脚で上る姉ちゃんに続く。


 姉ちゃんの部屋の大半を占める大型クローゼット。

 物心つく以前、母から子役としてデビューさせられた姉ちゃんは、かなりいい線までいった。


 我が家には、姉ちゃんを中心に、たくさんの仕事が舞い込んでいた。

 子供の頃の記憶、たくさんのきらびやかな衣装の数々を収めたクローゼット。

 姉ちゃんが芸能活動していた名残が、この巨大なクローゼットだ。


 テレビで見ない日はない自慢の姉ちゃんだった。

 それが、突然の引退。


 その原因が僕であることが、今日の奴隷化の要因だろうか?


 サラサラの髪を悪ガキによくわし掴まれた。

 クラスの後ろで抑えつけられ、マーカーを口紅代わりにして塗られた。

 幼かった僕の顔は、テレビに毎日出ている、フミカと瓜二つ。


 これに一般人が着目しないわけがない。

 芸能人でもないのに、常に人目、人目、人目の的。


 プールの時間に、更衣室で着替える時は地獄だった。

 とてもとても、家族には言えないことされた・・・・・・。


 姉ちゃんは、有名人だからしかたないよね。


 鏡みたいに綺麗な背中見せながら、パジャマ着たまま器用にブラをつける姉ちゃんの後ろ姿に、あの日、僕のため毅然と引退を宣言した姉ちゃんの姿が重なった。


「ショウちゃんごめんね。わたしのせいで」


 謎めいた湖みたいに、涙を湛えた姉ちゃんの瞳。

 長いまつ毛が涙で濡れて黒光りする姉ちゃんの瞳を閉ざして、涙を滴らせていた。


 イジメられていた僕のため。

 ずっと、ずっと、僕を抱きしめてくれた姉ちゃん。


「ショウちゃん、はやくー、ホック掛けて、ほしいんだけどー」

「あ、もう、着替えたの?」

 

 名残のクローゼットから、花柄のワンピを着て出てきた姉ちゃん。


 ほんの少しだけ、開いたクローゼットの隙間を覗きこむと、姉ちゃんのうなじが目の前に。

「殺しちゃうかもってルール、忘れたあ?」

「はいはい、クローゼットの中、見たらっしょ」

 

 スローペースの口調で言われると、死刑宣告されてるみたいに恐ろしい。

 手が震えて、なかなかホックがはまらない。

 かつて、姉ちゃんがテレビの世界で華やいでいた名残のクローゼットを、閉鎖してしまった恨みだろうか。

 

 しかし、なんなんだろう?

 この姉ちゃんにたいする、申し訳なさと、尊敬と・・・・・・いまだ、それを言葉にできない奇妙な感情の入り混じった、この気持ちは?

 


 



 

 



 

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