第21話 お見舞い

 セシリア達がイスペリエ国の当局から事情聴取を受けたのは、それから二日後だった。


 怪我人がいるので捜査員が屋敷に訪問し、当事者のセシリア、ビアンカ、スエロス、証言者としてウルスラが訊問を受けた。


 それにはガルシアも同席していた。


 事情聴取が終わって当局が帰った後もガルシアは残り、これまでにわかったことを話して聞かせてくれた。


「あの人質を取った男ですが、やはり亡命貴族ではありませんでした」


 ガルシアはフランソル国の捜索隊の取り調べに参加したという。


 男とは髪や目の色は同じであったが、特徴であるほくろがなかったり、貴族ではあまりない刺青があったりと外見的にも不一致の部分が多く、捜索隊も最終的に別人との判断を出した。


「やっぱりそうだったんですね」

「あの男の言った通り、誤認逮捕が横行しているようです。捜索隊も早く国に帰りたいがために、取り敢えず似ている人を捕まえているみたいですね」


 捜索隊はそこで仕事が終わるが、誤認逮捕された側は審議の後釈放されるが、再び国外へ戻る時は自費で戻らなくてはならないそうだ。

 迷惑もいいところだ。


「でも、すぐに処刑されるんじゃないんですね」

 間違えで殺されたらたまったものではない。


 さすがにフランソルの政府もそこまで短絡的ではないでしょう、とガルシアも否定した。


「ですが、あの男は本国に連行されることになりました」

「え?」

「亡命貴族ではなかったのですが、指名手配されている人物だったんです」


 捜索隊の制服を見て逃げ出したと言っていた。後ろ暗いところがあるから、そうしたのだろう。


「フランソル国では有名な結婚詐欺師らしいです。商家の令嬢や女優に手を出して、結婚資金を騙し取って国外逃亡していたそうで」


「女の敵ですね。恋心につけ込むなんて最低。捕まってかえって良かった。騙し取った金額分だけ強制労働させればいいわ」


 大した活躍のない捜索隊が唯一役に立ったことだ。


 これにはガルシアも苦笑いを紅茶で飲み込むしかなかった。


「まだごたごたしているので何とも言えませんが、元総督府での捜索は中断になるかもしれません」


 大義名分の亡命貴族ではないが指名手配の犯罪者がいるので、こちらの取り調べが済み次第帰国の途につくことになる。


 亡命貴族がいなかったので、文化財の隠匿している可能性も低い。


「何だか振り回されましたね、私達」


 本来の仕事が中断したままであり、セシリアは怪我を負った。

 フランソル国の捜索隊は一応の成果を持ち帰ることになるが、こちらは損失ばかりだ。


「そんなことはありませんよ、ゴジャックさん。経験というものは無駄になることはありません。損失ではなく、未来への投資と考えればいつか帳尻が合う時があります」


 実に官吏らしい発想の転換にセシリアも唸らずにはいられなかった。


 でも、前向きなので嫌いではない。


「そうですね」

 セシリアはそう言って紅茶を飲み干した。


 ガルシアも暇を告げて屋敷を後にし、午後は庭の様子を見て過ごした。



 それから週が変わり、セシリアの手首も腫れが引いて痛みも少なくなった。


 医者にももうしばらくは包帯をするようになると言われて、何となく終わりが見えてきたような気がして気が楽になった。


 屋敷に戻るとノリエガからレザイー先生がお見えだと告げられ、応接室へと小走りに向かった。


「お待たせしてすみません、アミル先生。今日はどうしたんですか」


 アミルはあれから毎日お見舞いに来てくれる。いつもは元総督府の調査や当局の事情聴取の通訳として仕事を終えた後に来るので、夜が多い。


 こんな日中から来ているのは珍しい。


「今日はゴメスさんの聴取のお付き合いをしたんです。午前中に終わったので、ゴメスさんがこれをあなたに持って行くようにって」


 テーブルの上にはバスケットがあり、蓋を開けると中にはカサディエーレスが入っていた。


 アンナにバスケットを渡して皿に取り分けるようにしてもらい、セシリアも席に着いた。


「具合はどう?」

「大分良くなりました。でもまだ様子見をしなくちゃならないみたいです」


 医者の言葉を伝えると、アミルも安心したようだ。


 カサディエーレスが運ばれてくると紅茶を入れ替えて、昼まであと一時間だがおやつにすることになった。


 胡桃とナッツの香ばしさと餡の甘さが絶妙で、皮もぱりぱりだ。


「初めて食べましたが、美味しいですね」

「でしょう?」

 向かい合った席で美味しさを共有して笑い合う。


 出会った時に感じた、どこか夢を見ているような、ふんわりと体も心も力の抜けた軽さがここでも漂う。


 あれは元総督府という場所とロスメリッサの香りに酔いしれてだけだと思っていた。


 だが、アミルがいればどこででもなるようだ。


 かちゃんとフォークを置く音がして我に返ったセシリアは、目の前のアミルの緑色の瞳に黒く長いまつ毛が掛かっているのを見た。


「先日、当局の事情聴取に同席した時に、一番最初に来た捜索隊の男の通訳をしました」


 隊長ではなく、セシリアを亡命貴族の令嬢と勘違いして悶着を起こした男の方だ。


「一通りの尋問が終わった後に、あなたに謝っておいてくださいと言っていました」


 あの時、散々意地張っておいて今更何を言うのだ。

 セシリアは煮え切らない思いで呼吸が荒くなり、鼻の穴を丸くして整えた。


「ひと目見た時には本当にその令嬢だと思ったそうです。彼は本人を知っているそうで、あなたは本当によく似ていると言っていました」


 既知の人が間違う程よく似ている。

 それがどういう意味を持っているのか。


「『世の中にはよく似た人が三人いる』て言いますからね。それなんじゃないですか」


 この時は深く考えることもしなかった。

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