第17話 亡命貴族

 隊長の後ろからわらわらとフランソル国の隊員達も到着して、人垣より前に出てくる。


『とにかく、あんたは邪魔だから下がっててくれ』

 隊長は部下達に抜剣を命じ、セシリアを排除しようとする。


 強行突破も辞さない雰囲気だが、そうなると人質の少女もただでは済まない。

 まずは人質交換をしなくてはならないのに、邪魔なのはそっちだと喉元まで出かかって無理矢理飲み込んだ。


『ちょっとあんた、この間から本当に失礼ね。人違いして捕まえようとした、へっぽこ捜索隊のくせして。あんた達こそ引っ込んでなさいよ』


 視界の隅で、このフランソル国の言葉をアミルが訳してガルシアや旦那さんに伝えているのが見えた。


「『へっぽこ』だって」

 それが旦那さんから隣の人へ、隣の人からまたその隣へと伝えられて、くすくす笑いが広がっていく。


 ああこんな言葉、先生に通訳させてしまうなんて、とセシリアは胸の内で泣いた。


 だが、引き下がらないためにはこれも必要なことなのだ。

 実際に泣くのは後でと決めて、セシリアは顎を上げた。


『これは我々の案件だ。部外者は……』

『部外者? これだけ巻き込んでおきながら何言ってんのよ』


 大体、亡命貴族の捜索なら、出入りを管理されている調査中の遺跡より、街中に重点を置くべきなのではないだろうか。


 隠れ家を特定して当該の人物を捕まえてから、文化財のありかを尋問すれば捜索範囲も狭まるのではないか、とセシリアは今まで思っていたが口憚っていたことを投げかけた。


『小娘が知ったような口をきくな! 亡命貴族の捜索などしたことがないくせに』

『そりゃあそんなことしたことないわよ。でも今こんなことになってんだから、あんた達の方針は悪手だったってことでしょう』


 違う、と叫ぶ声がしたのでセシリアも隊長も隊員と野次馬も、声のした方へ耳目を向けた。


 壁に背を預け、まだ少女を離さない亡命貴族の男だった。


『違う。俺は貴族なんかじゃない!』


 数日前、似たような台詞を違う場所で言った記憶が蘇った。


『まさか、また……』

 誤認の疑惑の目を捜索隊に向けた。


『嘘をつくな!』

『オレ達を見て逃げ出したのは奴の方です、隊長』

 サーベルを抜き放っている初動にあたった隊員達は、当時の様子を隊長に報告し始めた。


 昨夜のお楽しみの分の精算を済ませ店を出たところに、向かいの娼館から出てきたこの男と鉢合わせした。


 男は隊員達の制服を見て逃亡し、それを追ってこのような事態になっているという。


『え、じゃあ確認してる訳じゃないの?』


『逃亡犯の特徴くらい頭に入っている』

『あいつはカンピニー男爵だ』

 後から来た隊員の一人も資料を出して、特徴が一致すると言っている。


『何より、オレ達を見て逃げ出した』

 彼らは制服を着ている。見る人が見れば官憲だと、それを知らなくてもフランソル国の言葉を話していれば素性は何となくわかる。


 あの男が彼らを見て逃げ出したのであれば、それなりに後ろ暗い理由があるからなのだろう。


『俺は違う。フランソル国の人間だが、貴族じゃない。知ってるぞ、お前ら、亡命貴族に似ているってだけで連行して、ろくに取調べもしないで処刑台に送ってるってな』


 誰か一人でも国に連れ帰ればその隊の任務は終了したことになり、彼らの仕事は終わる。

 他国の捜索はローテーションなので、次が来るまで本国にいられるのだ。

 早く帰国したいがために、誤認逮捕も常態化しているとのことだ。


『嘘……何それ』

 数日前、自分にも降りかかった誤解の先にそんな内情があったとは。

 セシリアは襟首から冷たい風が吹き抜けたように身を震わせた。


『でたらめなことを言うな!』

 隊長はこめかみに血管を浮かせて怒鳴るが、男もそんなことで怯みはしなかった。


『そういうのはちゃんと仕事をしている奴が言う台詞だ!』


 ごもっともな意見に、セシリアも思わず唸ってしまった。


 曖昧な非難をする人は、大したことをしていないので大まかでしか言えないのだ。


『ねえあんた、その子離しなさいよ。私が代わりに人質になって、話聞く。場合によっちゃあ相談に乗る』

 

 同じ嫌疑を掛けられた者同士だと、共感性も匂わせて。


 男が泣き喚くばかりの言葉のわからない少女より、セシリアの方に天秤が傾きつつあるのを、その瞳の揺らぎから見て取ることができた。


 セシリアは更に近づくと、男はナイフを持っている方の腕を伸ばし、懐に抱え込んだ。


 そして、反対側の腕にいる少女を離すと、少女は人垣に向かって走り出し、同じ店の店員と思われる男性に抱えられ、人垣の奥へ消えた。


 これで、懸念の一つが解消された。


 なにやってんだ、と隊長が吐き捨てたのが聞こえたが、そんなことはどうでもいい。


 これでやるべきことがやりやすくなるのだ。外野の都合など構っていられない。


 人垣の最前で腕を組んでいる旦那さんも微かに顎を引く。

 

『ところで、さっきの話だけど……』

 もうひと油断させようと、話を戻そうとした時だった。


 がやがやと人垣の一部が騒めき出した。


 セシリアと背後の男だけでなく、その場にいる全員が視線を向ける。


 人垣が左右に割れ、できた道からハイヒールの音も小気味よく、悠然と前へ進み出てくる。


 つば広の帽子を目深に被り、真っ赤なドレスの裾を淑やかに揺らして背の高い女性が現れた。


「朝から騒がしいわね」


 魅惑的なカーブを描く腰に手を当てて、女性は見回す。


 帽子のつばが風で揺れ、女性の圧倒的な美貌が見えた。


 セシリアの雇い主である、ビアンカ・トーレスだった。

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