第15話 旦那さん

 次の日、定刻通りに出勤して帳簿にサインをもらっていると、奥の部屋からガルシアが出てきた。


「おはよう、ゴジャックさん」

「おはようございます、ガルシアさん。今日もよろしくお願いします」


 それなんだけど、とガルシアは眉を寄せて腰に手を当てた。

「実は、今日は取りやめになりました」


 捜索隊の隊員複数名が体調不良を起こし、一日延期してほしいと、先程伝令があったという。


「なので、今日は通常業務を行なってください」

 体調不良では無理はさせられないが、こっちは面倒ごとを早く済ませたいのに、という思いが顔中に滲み出ている。


 苛立ちという小さな火に油を注いでしまうかもしれないが、セシリアは昨日の帰りに見た隊員達の業務後のことを話した。


 話している途中からガルシアの渋面は深みを増して、聞き終えたら目を閉じて溜息をついた。


「まったく」

 怒りとも呆れともとれる呟きだった。気持ちはよくわかるので、セシリアも頷いた。


 話していると、アミルもやってきた。

 挨拶を一通りしてから、先程と同じことを繰り返してアミルに伝えると、彼の脳裏にも昨日の業後のことが思い浮かんだ様子で、ちらりとセシリアを見てから首肯した。


「昨日は楽しい夜だったようですね」

 アミルは眉を下げて肩を竦めた。


「なんか、すみません」

 セシリアのせいではないのだが、同国人が迷惑をかけているのですまない気持ちになった。

 多分、ガルシアもアミルも表立っては非難できないだろうから、明日来たら嫌味を交えてちくちく忠告してやります、と言うと二人は気にしなくていいからと宥めた。


 また騒動を起こされたら面倒だと思われたようだ。


 そんなに狭量な人柄ではないと自分では思っているが、他人の評価と一致しているとは限らないので仕方ない。


 その時、行政官室の方から甲高い声が響いてきた。

 三人も一瞬、気を取られて部屋を振り向いた。


「すみません、ガルシアさん」

 それからすぐにデルガドが青服部屋を覗き込んできた。

 脇には彼の肩くらいまでの身長の少年を伴っている。


 デルガドは少年の背中を撫でて促した。

「ロサレダでフランソル国の人達が騒いでいます」


 言葉がわからないので何が原因なのかはわからないが、道を塞ぐ程になっているという。


 少年はこの元総督府で使い走りをしているので、外国語の話せるセシリアやアミルのことを思い出して呼びに来たのだ。


「やれやれ。今日は休みだったんじゃないのか」

『朝っぱらから何やってんのよ、もうっ』

「とにかく行きましょう。君、案内をお願いします」

 ガルシアとセシリア、そしてアミルは少年の後に続いてロサレダの街へと向かった。



 ロサレダの細い曲がりくねった道には朝だというのに人が走り回り、娼館が軒を連ねる手前で人垣ができていた。


 騒動は三人が思い描いていた以上に大きいようだ。


 誰かに事情を聞こうと手近な人に声を掛けようとしたら、セシリアは肩を叩かれた。


「よう、セシリア」

 振り向くと、セシリアより少し背が高いが、小柄な禿頭の男性が立っていた。


「あ、お久し振りです、旦那さん」

 セシリアはぺこりと頭を下げた。


 この男性は、セシリアがこの国で最初に勤めた娼館『ラ・ヒメナ』の経営者だ。


「ちょうどお前さんも呼びにやろうかと思っていた時だよ」

「ど、どうしたんですか、この騒ぎは。フランソル国の人達が関わっているって聞いたんですけど」


 旦那さんはセシリアの両隣にいるガルシアとアミルを見る。

 素性の知れない人物には話せないと、雰囲気に出ていたので慌てて二人を紹介した。


 顔合わせが済み、関わりがあるなら話すべきだということになったので、旦那さんは指を曲げて通りから枝分かれする小路に三人を誘った。


「亡命貴族が捜索隊の隊員と鉢合わせたようだ。だが、一度捕まえたようなんだが逃げられてな。今、その貴族が店の見習いを人質取って立て籠ってる」


「はあ⁈」

 セシリア、ガルシアは同時に叫ぶ。

 アミルは衝撃を表面には出さず、通りを見て眉を寄せた。


 旦那さんによると、昨夜は捜索隊もたっぷり旅や仕事でたまった憂さを晴らし、何人もお泊りコースで楽しんだようだった。


 朝を迎えてきっちりと精算を終えて店を出たところで、同じく娼館に入り浸っていた亡命貴族と鉢合わせた。


 一度は捕獲したものの、昨夜のお楽しみがようで足腰がおぼつかず、隙をつかれて逃げられてしまった。


 逃れた亡命貴族は清掃のために早く出勤してきた見習いの少女を人質に取って、今路上で喚いているとこのとだった。


「うちの店じゃないんだが、この騒ぎでうちも迷惑被ってなあ」

 朝までコースの客が混乱に乗じて精算をせずに退店したのが数件発生したそうだ。


「それは大変。楽しんでおきながら対価を払わないなんて、みみっちい奴がいたもんですね」

 そんなせこい男は花街で遊ぶ資格ないとセシリアが断言する。


「ああ、まったくだ。だが無粋はひとまず置いといて、まずは面倒なのから解決しないとな」

 そこでお前さんだよ、と旦那さんはセシリアを見て言う。


 全て言われなくとも、旦那さんの意図していることはわかる。

 セシリアが了承のために頷く。


「スエロスさんも呼びに行ってるから」

「了解です」

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