第14話 達人
攫われた娘達同士で身の上を話していた時に、マリーはそう言っていた。
「頭がふらっと揺れるとマリーに戻って、霊に乗り移られたと言ったんです」
だがまたすぐに眉が逆立ち、その場にいる全員を睨めつけた。
まるで一人ひとりどうやって倒せるかを見定めるように。
「何度かマリーが現れて、途切れ途切れに説明してくれました。あの赤い箱に入っていたのは東の国にいた武道の達人の霊だったそうです」
達人は山寺で修行をしていたが、ある時に隣国との国境争いが起こり、彼も戦に駆り出されることになった。
達人は武勲を重ね一兵卒から大軍の指揮を任されるまでになっていたが、長引く戦乱の中で敵軍の奸計に嵌り捕虜となってしまった。
達人は自分の命と引き換えに、部下達を解放してほしいと嘆願した。
敵軍はその願いを受け入れ、部下は捕虜交換で国に帰ることができた。
それを見届けて、達人は魂は故国にと叫んだ。
だが、魂が敵国に戻り、再び危機に陥ることを恐れた敵軍の将は呪術師を呼び、処刑の時に達人の魂を赤い箱に閉じ込めて封印したのだ。
「それからどんな経緯があったのかわかりませんが、遠く西の海まで流れ着いて、荷崩れで封印が解かれてしまったらしいのです」
呪術や箱自体の経年劣化もあるだろう。些細な圧力で呆気なく解呪となった。
「でも解き放たれた達人の魂は、近くにいた霊媒体質のマリーの体に乗り移ってしまい……」
マリーの器は強力なので、魂はなかなか抜け出せなくなってしまったとのことだった。
「そんなこともあり、私もナイフや鋏を持っていたこともあり、船長に交渉して船室を個人に用意してもらったんです」
船長もこれ以上クルーが倒されてはかなわないと、唯々諾々となったのだ。
「どうやったのか私にはさっぱり検討もつきませんが、マリーも今の身の上を達人に知ってもらったようなんです。そうしたら、自分の身は自分で守れるように、これから稽古をつけてやると息巻いちゃったんです」
「達人が?」
セシリアは今度は頷いて答えた。
「でも、技を教えるより先に筋力作りだと言われて、それからこの国に上陸するまで筋トレは毎日の日課になりました」
達人の言っていることはマリーが訳してくれ、甲板で武術の稽古をつけてもらうようになると、なぜか海賊まで端に並んで真似るようになった。
達人(マリー)は分け隔てなく指導し、下船する時には『師匠』と呼ばれ別れを惜しむ程になっていた。
「嘘のようですが本当の話です。昨日のも、達人に教わったうちの一つでした」
出会う人に恵まれたと昨日話したが、これもそのうちの一つだと言うと、そうかもねとアミルは溜息のような相槌を打った。
「今、そのマリー嬢は?」
「わかりません。でも、達人がまだついていれば逞しく生きて行けるのではないかと思います」
「逞しく、ね」
セシリアを見る限り、何となくわかるような気がするが、アミルはわざわざ口にすることはなかった。
「このことを知っているのは?」
「知らないのは、ここに新しく来た人達だけです」
つまり、あの元総督府で働く招かれた人達だけだ。
男性が多い職場であまり波立たないのには理由があったのだ。
坂を下りきり、緩やかなカーブ描く道の先には馬車がいくつも停められている。
「先生はどちらにお泊まりなんですか」
「スビアの街のホテルです」
ロサレダとレバンテの中間くらいにあるグレイディアス地方でも有数の繁華街だ。
招聘された学者のほとんどは、担当官庁が用意したそのホテルに宿泊しているという。
それなら途中まで一緒なので、馬車に同乗してはと誘ってみた。
いつもの階段下近くまで行くと、スエロスが御者台にいるのが見えた。彼もこちらを振り返り、台から降りてくる。
「お疲れ様、セシリア」
「お疲れ様です、スエロスさん。今日は先生も途中まで同乗してもいいですか?」
アミルを紹介し、スビアまでだと告げると、スエロスはアミルを少し長めに見てから快諾した。
馬車が発車し、ロサレダの曲がりくねった細い道に差し掛かると、娼館が軒を連ねる区画にフランソルの捜索隊と思われる一群がいて、店先を覗き込んだり客引きの娼婦に鼻の下を伸ばしたりしている。
「あーあ、明日、まともに捜索できるかなあ」
旅の恥はかき捨てではないが、外国ではめを外しすぎて本来の仕事に差し支えなければいいのだが。
セシリアが窓を覗いて思わず呟いたのを聞いて、アミルも苦笑いした。
「本来なら、上役が手綱を引き締めるところなのだろうが……」
「無理なんじゃないですか? ロサレダは色んな欲望を満たせる街ですから」
娼館だけではなく、酒場や賭博場などもある。誘惑の手は一つだけではない。
そして、いくら上が引き締めても、縄の緩みを見つけて抜け出す奴は少なからずいる。
「どうしようもないですね、男という生き物は」
「そのどうしようもなさつけ込んで有金搾り取るんですから、女だって……というより、人間は罪深い生き物ですね」
フランソルの男性が娼婦に腕を絡められて店に入っていくのを見届けて、二人はやれやれと溜息をついた。
馬車はロサレダを抜け、大通りへと出た。
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