第13話 呼び方
昼食を終えてから、スエロスの言った通りに雨が降ってきた。
屋外での調査をしている学者や作業員達が建物に戻り、今日の業務は終了になったので出勤簿のサインをもらうために行政官の部屋に列を成している。
B班は引き続き中央部の捜索にあたるが、A班は比較的規模の小さい東棟は終了したようで、礼拝堂部分に移った。
午後の捜索は順調に進み、途中の十五時にはおやつ休憩を挟んだけれど終業までには日程通り執り行えた。
「では、明日もよろしくお願いします」
青服部屋で出勤簿のサインをガルシアからもらったセシリアは、お疲れ様でしたと言って退出した。
廊下に出たところで、背後から声を掛けられた。
「お疲れ様です、ゴジャックさん」
「ああ、お疲れ様です、レザイー先生」
レザイーも今日は捜索隊に合わせた勤務なので、この時間であがりだ。
丘を下る階段までは一緒なので肩を並べて帰ることになった。
「今日は何事もなく終わってよかったですね」
「願わくば、明日もすんなり終わって、さっさと国に帰って欲しいですね」
すっぱりと言い切るセシリアに、レザイーは苦笑いを浮かべるしかなかった。
元総督府を出ると雨はやんでいた。
雨に濡れた階段は滑りやすく危ないので、遠回りだが馬車道を通って帰ることにした。
「ゴジャックさん……もしよかったら、セシリアと呼んでもいいかな?」
肩を並べて歩いている時に問いかけられた。
「はい、もちろんです」
「私のこともアミルと呼んでください」
少しだけ距離が縮まったが、年上で偉い学者の彼を呼び捨てにするのはいかがなものかと思う。
「……アミル、先生」
セシリアの努力の妥協点を慮ってか、アミルは口の端を上げた。
「セシリア、君は護身術か何かをを習ったことがあるのか?」
いきなり何を尋ねてくるのかと思ったが、アミルは昨日の悶着の時、腕を掴まれたセシリアがするっと拘束を解いて逃げたことが気に掛かっていたという。
腕の躱し方やその後の急所(脛)への打撃は、体術や護身術を習ったことがなければ流れるようにはできないと。
「ああー、そうですね。習ったといえばそうなんですが……」
軽く教わった程度なので、体得しているという訳ではない。
そう前置きをして、その成り行きを話し始めた。
「昨日、私が海賊に誘拐されてここまで来たことはお話したと思いますが……」
昨日はセシリアがここへ来た経緯を話すだけだったので細かいことは省略していた。
「実は、誘拐されたその直後にある出来事があったんです」
誘拐され、セシリアを含めた四人の若い娘達は船倉にある檻の中に集められていた。
その船倉は檻だけではなく、略奪してきた物品の保管場所でもあった。
海賊はマルティーグを襲う前にも違う町や商船を襲撃しており、檻の一辺はその物品で閉ざされていた。
「マルティーグを出てから少ししてからだと思います。沖は時化ていたので、積んでいた荷物が崩れ落ちてきたんです。檻の中にも入り込んじゃって」
荷崩れた音を聞きつけて海賊も駆けつけ、全員でせめて檻の中の空間を確保できるように片付けた。
「でも一つだけ、箱の蓋を閉じていた紙が破れていたんです」
両手の平に載るくらいの赤い小さな箱で、鍵もついていたが錆びついていたこともあり、落ちた時の衝撃で鍵の部分が壊れていた。
紙はその鍵に被せるように巻かれていて、文字も書いてあったが、見たことのない書体だった。
海賊にもこれが何なのか尋ねてみたら、取り敢えず盗んだ物なのでよくわからないとのこと言った。
でも中にお宝でも入っているのかもしれないと、片付けもそっちのけで皆んなで覗き込んで開けてみた。
だが、開けてみると中には何も入っていなかった。
ただの空き箱で、でももしかしたらこの箱自体が芸術品なのかも、などと話をしている時だった。
「誘拐された女の子の一人、マリーという子なんですけど、突然喚きだしたんです。何言ってるかさっぱりわからなかったんですが、後になってそれは大陸の東にある国の言葉だったとわかったんですけどね」
マリーは檻の中から海賊にヘッドロックをかけ、その隙に檻の鍵を別の子が取り上げた。
「マリーは檻から出ると、あっという間にその場にいた海賊三人を倒したんです」
「え?」
アミルも思わず疑問が漏れた。
「その音を聞きつけて海賊が来たんですが、もう三人倒したところで船長が来て、仲裁に入ったんです」
「マリーは六人もの海賊を? その子は元々武術を習っていたとか?」
セシリアは首を振って否定した。
「マリーは商店の看板娘で、趣味は刺繍だと言っていました」
あまり日に焼けていない白磁のような肌と白魚のような指先で、大切に育てられてきたようなふんわりとした雰囲気の娘だった。
「私達もあまりの豹変ぶりに驚いていました」
ぐずぐず泣いてばかりいたのに、人が変わったように眉を逆立てて甲高い声で東の国の言葉で怒鳴っていたのだ。
セシリアをはじめ誘拐された娘達も海賊も訳がわからず、困惑して立ち尽くしていた。
「ただ、彼女は霊感が強かったんです」
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