第11話 ポメラニアン
身辺調査は終わったので、セシリア・ゴジャックに今日は半休にするように勧めたら、彼女も頷いた。
感情が昂っているので仕事に集中できないのでそうしますと、正直に申告してくれた。
自分の能力の限界を見極めることのできる人は、いい仕事ができる人であることが多い。
いい状態で仕事に臨むことは最大の成果と大きな効率を生む。
彼女もそういう人なのだろう。
ガルシアは部下を呼んで馬車の手配して執務室まで見送るように命じた。
「すみません、では失礼します」
ぺこっとお辞儀をして、部下と共に退室する彼女の背中を、レザイーが見えなくなるまで見送っていた。
「さて、先生には先程どのようなお話をしてたのかお伺いしたいのですが」
フランソル国の隊員達と彼女の会話は雰囲気で険悪なのはわかったが、立場上できるだけ正確に把握をしておきたかった。
「先生、聞いてます?」
彼女の姿が見えなくなっても出入口を見つめているレザイーに再度声をかけた。
今度はゴジャックの座っていた対面にレザイーを誘導して、先程の会話の内容を聞いた。
彼らの会話は
「多分、ゴジャック嬢は『異教徒』という言葉に反発を覚えたのではないでしょうか。僕も外遊でフランソル国に行った時に何度も言われましたから、きっと人種差別する言葉なのだと思います」
ペンを置き、またしてもうーんと唸りたくなった。
フランソル国の一団は亡命貴族の捜査とはいえ、外国に来ているのだからある程度の品性のある一団だと思っていたが考えが甘かったようだ。
「先程も申しましたが、ゴジャックさんもレザイー先生も国家事業の大事な調査員です。もし、次に侮辱するような発言や態度がありましたら、同行する護衛や私に必ず報告をしてください。その後、中央官庁として正式な
調査のために招待して来国し、その上に通訳まで買って出てくださった先生に、これ以上の失礼は許し難い。
亡命貴族狩りとはいえ、所詮隣国の内政だ。彼らにおもねる必要はなく、最悪の場合は捜索打ち切りにして、自国の遺跡の調査を優先しても、何ら差し障りはないのだ。
「わかりました。それより、ゴジャック嬢の方の護衛を増員した方がいいのではないでしょうか」
当該の隊員は外れたとしても、あの調子なら新たな舌禍を招くとも限らない。
「ああー、そうですね」
ガルシアの脳裏には自分より大きな犬でも馬でも吠えまくっていた、実家のポメラニアンが浮かんだ。
姿が見えなくなってもいつまでも吠えているので、気を逸らすためのおやつを持って出ていかなければならなかった。
ゴジャックは黙っていれば可愛いのに気が強い実家の愛犬に何となく似ている。
「私も細心の注意を払います」
取り敢えず、彼女の言動を見張ることができる位置に常にいられるよう心掛けることにした。
「彼女が怪我でもしたら大変ですから。よろしくお願いします」
僕がついていけるのならよかったんですが、とレザイーは忌々しげに呟いた。
「……先生」
いや、まさかと頭に湧き出た疑念を無理矢理振り払った。というより、かき消した。
ガルシアの視線に気づいて、その意味を感じ取り気恥ずかしかったのか、レザイーは居住まいを正して軽く咳払いをした。
「先生、ゴジャックさんのことがそんなに気掛かりですか?」
言葉を選んで尋ねた。
レザイーの端正な顔にすっと紅が差し、色気が出る。
「そうですね。女性に庇われるなんて初めての経験でしたので」
レザイーの国では女性は家にいて家事全般を担い、外出する時は男性より深く顔を隠して家族以外の他の男性と話しをすることはほとんどないと聞いたことがある。
男性より前に出てけんかを吹っかけるような野蛮な振る舞いは、生まれてからこれまで見たことがないのだろう。
この国でもあまり見かけたりはしないが。
「騎士に守られる姫の気分とはこういうものなのでしょうね」
頬を染めて回想に浸っている様子は、初恋の乙女のようだった。
レザイー程の男(高学歴、高身長、高顔面偏差値)が、もったいないと思わなくもないが、恋は落ちるものなので落ちるものは止めようもない。
「ですが、彼女の半生を聞いて、今度は僕が守ってあげたくなりました」
色恋で余計な口を挟むと、あらぬ火種を生むので静観するのが無難だということをガルシアは知っている。
なので、そうですかと返事をするに留めた。
その時、サン・ホセ教会の正午の鐘が鳴り響いてきた。
聴取も終えたので、レザイーにも昼休憩へ行くように促した。
行政官の部屋からも食事に向かう足音がして、部下がお昼をどうするか尋ねてきたが、先に行くように告げた。
監査の時に面倒なことが重なったものだ。
だが、起きてしまったのだからもう戻せない。
明日からの二日間を無事に勤め上げ、晴れて帰京しよう。
ガルシアは椅子の背もたれに寄りかかって盛大な溜息をついた。
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