第10話 適材適所

 イスペリエ国に着いてから女衒に売られ、セシリアは一人、グレイディアスに連れて来られたので、他の三人が今どうしているのかは知る由もない。


 一番に思うのは、幸せに暮らしていることだが、思い願うだけで確かめる術はない。


「私は最後まで売れ残って、グレイディアスの娼館に連れて来られました」


 マルティーグは港町だけあって、色んな人種が出入りしているので周辺の国の言葉を覚える機会も多く、花屋の隣の金物屋がイスペリエ国出身の旦那さんだったので、言葉を教えてもらったりして商売に役立てていたので素養はあった。


 だが女衒は、言葉がわからない振りをして黙っていろ、できるだけ身振り手振りで会話しろと耳にタコができるくらい言い聞かせた。


 しゃべるとボロが出るからだという。


 失礼なと思いつつも、正式に習った標準語ではないので、そういうものなのかと思い黙っていたが、娼館の旦那さんも女将さんもあんたしゃべれるんだろうとすぐに見抜いた。


 客商売しているので、セシリアがイスペリエ国の言葉に反応しているのを態度の端々から見抜いたらしい。


「でも、しゃべったらしゃべったで淑やかさがないから、客を取る前に下働きからさせられました」


 先輩達の立ち居振る舞いを見て真似をしろというのだった。


 ああー、とガルシアは目を逸らして納得したような相槌を打った。


 その娼館で下働きを始めて十日で自分では無理だなと悟り、人を見る目のある旦那さんや女将さん、先輩などからも人には向き不向きがあって、あんたに客取りは向かないと断言された。


「娼婦は人に合わせて柔軟に対応できなきゃだめなんですって」


 経営するにあたって適材適所がもっとも効率がいいということをよく知っている旦那さんは、セシリアに特技を聞いて庭や部屋の草木の手入れをするように振り分けた。


「確かに効率を考えればそうだな。どこの娼館ですか」

「『ラ・ヒメナ』です」

「ロサレダにある老舗ですね」

「はい。よくご存知ですね、ガルシアさん」

 監査にきた時に接待で連れていかれたのだとガルシアは慌てて言い足す。


 『ラ・ヒメナ』は娼館だが、酒を酌婦と共に飲んだり、小さな舞台があるので歌やバレナスを観たりするだけもできる。


 大抵、上階のベッドのある部屋になだれ込むが。


 別に言い訳しなくてもいいのにと思わなくもないが、セシリアは先を続けた。


「そこでビアンカさんと出会って、身請けしてもらったんです。今は彼女の屋敷で起居しています」

「ビアンカ? 女性が身請けしたですか?」

「はい。彼女はその時にはもうスペリオーラでしたが、無名の頃から舞台に立たせてくれた『ラ・ヒメナ』の旦那さん達に恩を返すために、今でも時々出向いて踊っています」


 公演の合間に娼館の舞台に立つことになった時だった。


 小さな控室で準備をしているビアンカがどの花をつけようか迷っていた時に、セシリアが花瓶にあった薔薇を薦めたのだ。

 「7」と見えたその薔薇は、舞台で激しく踊っても手折れることはなく、花びらが散ることもなかった。


 踊る時には必ず生花をつけるビアンカは、セシリアの能力を聞くとたまに派遣してほしいと請われた。


 だが旦那さんと女将さんは、これが最後の商機とばかりに、ビアンカに売りつけて女衒からの元手を回収することに成功したのだ。


「私は回収の見込みが薄い不良債権と呼ばれていましたから。まあ、こうして下働きだけで娼館を出て、今はビアンカさんの屋敷で花係として暮らしています」


 この元総督府の調査員の募集はお世話になっている園芸店の店員から聞き、ビアンカに断りを入れて応募した。


「ビアンカ……もしかして、ビアンカ・トーレスですか? あの国内屈指のバレナスの踊り手の」

「ああ、僕も聞いたことがあります」

 ガルシアとレザイーの言葉を受けて、セシリアは頷いた。


 さすがに最高峰の踊り手になると、都はおろか外国人にまでその名が知られているようだ。


「お陰で多少の淑やかさも身につきました」

 ビアンカの来客、名だたる名士や貴族も来るので、礼儀作法は真っ先に仕込まれた。

 今こうしてそれなりに見えるのは、ウルスラのスパルタ教育の賜物だ。


「はあ。波瀾万丈だったんだね」

「でも、出会う人には恵まれたと思います」

「君がそう思っているならいいけど」

 ガルシアはペンを止め、溜息をついた。


「ご両親とは?」

 その言葉を聞くと胸の奥がずきんとする。

 最後に見たのは両親の後ろ姿だ。


 知らない間にいなくなった娘のことを心配しているだろうと思うと、胸が痛い。


 ビアンカの屋敷に来てから手紙を一度出したが、宛先不明で戻ってきた。


 火事で町が焼けてしまい、再開発されて住所が変わったのではないかと推察している。


「辛いことを聞いてしまって申し訳ない」

 そう言って鼻を啜ったガルシアの目は潤んでいた。役人然としているが、意外と涙もろいようだ。


「なので、私はあの男……フランソル国の方が言っていた貴族のご令嬢ではありません」


 ガルシアは何度か頷き、レザイーは腕を組んでそうですねと唸るように言った。


「安心してください、ゴジャックさん。誰も疑ってはおりませんので」


 どういう意味なんだろうかと一瞬首を捻りそうになったが、追求するのはやめにした。

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