第18話 休息
「それじゃ」
その後、作戦をまとめると何事もなくミルは帰って行った。
「いきなりいろんな情報が入ってきて混乱だよー……」
「ほんと……」
夏希と葉月はミルが帰った後もずっとぼやいていた。一人外れたところにいた未来に楓が声をかける。
「未来さん……ほんとに良かったんですか?かなり危険だと思いますけど……」
「問題ないよ。こう見えて私は百戦錬磨の武闘派なんだ」
(ほんとか……?)
楓が疑っているとそれが顔に出ており未来に気づかれた。
「ふふ。疑う気持ちはわかる。ただ、戦闘以前に私の能力はほぼ無敵だ。先ほどまとめた作戦と合わせれば間違いなくうまくいくだろう」
実際、未来の
「そうか……確かに未来さんの能力なしだとちょっときついっすもんね……すいませんお願いします」
「なにも謝ることはない。こちらこそよろしく」
そんなこんなで1日が過ぎ、この日は公園にあった小屋に泊まった。
「誰もいなくて良かったね」
「……そうだね」
夏希と葉月は喜んで小屋に入る。それについていくように楓も小屋に入る。
――実際にはこんな場所に小屋などなく三人が入った小屋は未来が
そんなことはつい知らず、三人は小屋の中に入って行った。
(まあ、黙っていたほうがいいかな……)
そんなことを思いながら未来は小屋があるはずの場所に歩いて行き、あるはずの場所に腰を下ろした。
(芝生の上で野宿とは……)
「帰れるまでは我慢だね」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟くと早めに眠りについた。
「明日野さん寝るのはや……」
葉月が呟く。
「疲れたんだろうね」
「結構な距離歩いたからねー……」
「私たちも早めに寝ようか」
話す二人を尻目に楓が外に歩いていく。
「あれ?神咲どこいくのー?」
葉月が聞くと、楓が振り返らずに答える。
「見張りだよ。何があるかわからんから」
葉月が驚いたような顔をする。
「あー確かに!しといたほうがいいねー!」
(逆になんでこいつらは呑気に寝ようとしてるんだ……)
呑気に驚いている葉月に向けて強い視線を向ける。
「うぅそんな睨むなよー」
「あはは。じゃあ交代で見張りしようか。明日野さんは寝ちゃったけど」
二人の話を隣で聞いていた夏希が笑いながら案を出す。
「いや、いい。二人は寝てな。1日くらい寝なくても問題ない」
楓がそう言うと、二人は楓を睨みつける。
「……なんだよ。そんな睨んで」
「楓は今日朝から戦って疲れてるでしょ。怪我もしてたし」
「それに比べてあたしたちはなにもしてないからねー」
二人が楓を説得するが楓は納得せず、「でも……」とゴネている。
「それにイベントがいつ終わるかわかんないんだからずっと起きてるわけにもいかないでしょ」
という夏希の言葉によって楓は渋々納得し、交代で見張りをすることになった。
「見張りをする上で決まりをつくる」
楓はそういうと説明をする。
一つ、なにかおかしなことがあったら小さなことでも報告すること。
二つ、絶対に一人で対処しようとせず、楓を起こすこと。
三つ、己の安全を第一に考えること。
この決まりについては夏希、葉月ともに特に異論はなく決定となった。
その後、約束通り三人で交代しながら見張りをしていたが明け方、楓が見張りをしている時に未来が起きてきた。
「おや、見張りをしていたのかい?」
「未来さん……早起きですね」
「言ってくれれば私も見張りをしたのに」
二人の方へ視線をやった後、再び楓の方に向き直り言った。未来はその場の足跡から見張りを交代で行っていたことを察していた。その足跡の部分は夏希たちにとっては床に見えている部分であり、足跡は見えていない。
「そんなこと言って寝てたじゃないですか」
「手厳しいね」
「ふふ」と未来が笑う。
「それに……昨日の朝、起きた時にいなかったのは見張っててくれたんでしょ?朝早くから」
楓は昨日の朝起きた時のことを思い返していた。楓が起きたのが遅かったとはいえ、すでに未来はおらず、イベントの把握もしていた。
「ああ……そうだね。そんなこともあったね」
「そんなこともあったねって昨日のことですけど……」
少し違和感を感じたものの、そのまま話を続ける。
「その代わりにやってるだけなんで未来さんは休んでてください」
「そうか」というと未来は楓の近くに座る。
「……なにが『そうか』なんですか?」
「休んでるさ。だが、どこで休もうと私の勝手だろう?」
「そうですけど……」
そういうと二人は黙り、しばし沈黙が訪れる。驚くほど静かだった。今もどこかで戦闘が行われているはずだがそんなことを感じさせないほど閑静な公園には静寂が訪れていた。
その沈黙を破ったのは、未来だった。そしてその言葉は楓にとって意外なものだった。
「明くんとはどんな関係だったんだい?」
一呼吸おいて楓が「え?」と反応する。
「いやなに、ホテルでは簡単な自己紹介だけで君たちの関係についてはあまり詳しく聞けなかったからね」
確かにその通りだが、楓から見た未来はそんなことに興味があるような人には見えなかったため、少し困惑していた。
(明のこと……か。何から話すかな)
楓は話した。中学での明のこと、学級委員のこと、ホテルで話したことも。
「親友でしたよ。間違いなく……」
それらを聴き終えた未来は多くは語らず、ただ一言、
「なるほど。それでか」
と呟いた。
それが楓の耳に届くことはなく、また沈黙が訪れる。そのとき未来は楓の手がビンのようなものを握りしめていることに気づく。
「それは?」
いきなりの発声に楓が少し驚くがすぐに立て直し、答える。
「ああ。これはさっき言ってた明からの贈り物です。ホテルの部屋で寝る前もらったんです」
遠い目をしながら語る楓に未来は目を向ける。
「全然気づかなかった。いつの間に」
「だから実質形見みたいなもんですね」
慈しむようにビンを包みこむ。
「なら大切にしないとね」
「ええ。そうですね」
一通り話した後、未来は帰って行った。楓の頭の中は未だ困惑。未だによくわかっていない未来のことがさらにわからなくなってしまった。
(結局聞くだけ聞いて帰ってったな、なにかいいこと言うでもなく……なんだったんだろう)
そんな話をしているうちに夜は開けていく――
「一週間って長いな」
次の日の朝、楓が髪をかきあげながら言う。
「急にどしたん?」
起きた葉月が同じく髪をまとめながら言う。
「二人とも起きんのはや……おはよ」
夏希も二人の会話の声で起きる。周りを見回すもすでに未来の姿はなかった。
「いやーもうすぐ帰れるかもしれんしここでも我慢できるかと思ったが……一週間って思ったより長いよな」
二人も同意するように頭を縦に振る。
「そうね。見張りで起きてなきゃいけない時間がある分、より長く感じる」
「二日シャワー浴びないとこんなベタつくもんなんだねー」
「ただでさえ結構歩いたからな。俺に関しては激しめな戦闘もしてたし」
三人とも二日風呂に入っていなかったため、身体中が汗でベタベタだった。
「限界。今日はちゃんと部屋借りよう」
「「賛成!」」
どこかへ行っていた未来が帰ってくると、四人は部屋を探すために街に行くことにした。街といっても所謂日本の東京のような都会ではなく駅周辺に広がるお土産屋さんで賑わっているような場所だ。楓たちが居た公園からかなり近く、水路を一本越えただけで行くことができた。そこにはレストランやホテルもあり、そこのホテルに泊まった人が駅に行く前に最後に寄るような場所だ。
「なんか……寂しいな」
「だね……」
そこは本物のヴェネツィアならば観光客で賑やかになっているはずの場所だが、この世界では当然観光客はおろか人がいないため、静かな道が広がっていた。
「ここでいいか」
「空いてるっぽいしいんじゃない?」
「あとはいくらかだねー」
この世界に何人ほどの人が連れてこられたのかは定かではないが宿はすぐ取れた。駅を出てすぐの細道にある、現実世界では三つ星のホテルに泊まることになった。
このホテルの情報は先日と同様に未来が教えてくれた。このホテルの位置は先日泊まった一つ星ホテルのすぐ近くなのだが、群馬出身の三人は方向感覚がなく、道もあまり覚えていないため気づいていなかった。
未来はそのことに気づいていたが三人が特に何も言わないため何も言わないことにした。
楓たちが泊まったのは三人部屋で4万ポイントする部屋。未来曰く現実のヴェネツィアでも四万円くらいらしい。
「なんかいろいろ書いてあるけど正味シャワーがあればそれでいい」
「「それな」」
夏希と葉月がそろって同意したところで
「ここでいいだろう。一週間過ごすとなるとポイントが足りないがそしたら私が適当に狩ってこよう」
「狩るって……」
楓は昨日の戦闘で勝利した際にイベントの告知通り50000ポイントを手に入れていた。
一週間過ごすには全くポイントが足りていないがそこは未来と楓がなんとかするということで手を打った。
「こんな高いとこにする必要ある?もうちょい安いとこあるけど」
「まあ……そうだけど……」
「みんな疲れているんだ。ちょっとくらい贅沢したっていいだろう」
「たしかに……そうですね!」
夏希は納得するのに時間を要したが、未来の説得により同意した。
(実際、疲れてるってのは本当だしな……)
楓の狙いは他にある。それが夏希のことである。
(なるべく周りに気づかれないようにしてるみたいだけど流石にわかる。この状況で夏希の消耗は想像以上だ)
学校帰りに拉致され、戦いに巻き込まれ友人の一人を失った。それは夏希にとって到底流せることではなく、疲労と消耗はだんだんと積もっていた。
(あと一週間だ……あと一週間で解放される)
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁ」
「すげえ声だな」
シャワーを浴びた夏希の感嘆の声が外まで漏れていた。
二日ぶりのシャワー。案外余裕だと思うかもしれないが中学生の彼らにとって二日は長い。
「んっあ゛ぁぁぁぁ」
「すごい声」
楓も同じような声をあげ心地良さに浸っていた。
翌日、約束通り未来と楓は街を歩き時には先日戦った広場の方まで行き、ポイントを集めた。先日の広場はすでに修復されており、戦いなどなかったかのようにすでに多くの人がそこに集まっていた。
(この状況だと情報も渡りずらいからな……ここで戦闘があったということを知らない奴も多いだろう)
「行こうか」
「……はい」
楓たちの作戦は未来の能力、「
「つまり私の能力で君を巨大な化け物に見せる。大きさというのは重要だ。視覚的に恐怖を送り込める」
未来が楽しそうに話す。
「それを見た人は逃げ出すだろう。それを呼び止めて降参を促すのが私の役目だ。そういうのは私の方が得意だろうからね」
「そんなうまく行くでしょうか……抵抗する人が出てくることも考えられますけど」
「そうしたら戦闘になるだけさ。先日と同じようにね」
楓の顔がわかりやすく曇る。
「抵抗があるのはわかるさ。それでも弱肉強食。生きてく上で必要なことだ」
「……そうですね。わかりました」
この作戦によって今日1日で二人は500000ポイントを稼ぎ、余裕で一週間分の宿泊費を賄うことに成功した。
「余ったお金で食料でも買おうか」
「ですね。一週間ですから」
帰り道、適当に店に寄って食料を買った。
「買うのかい?」
楓が商品を手に持って見ていると未来が話しかけてきた。未来に聞かれ、楓は一瞬驚いたもののすぐに冷静になり
「夏希が……好きなんです。こういうの」
「なるほど」
楓が持っていたのは人形。俗にいうヴェネツィアン・グラスが使われたガラス人形だった。結局、楓はその人形を買うとホテルに帰った。
楓は本来ならば今日のような作戦及び無駄なポイント狩りはしない。それはヒーローを志し悪を滅さんとする楓の心意気故である。安い宿で我慢し、手元にあるポイントでやりくりするだろう。
しかし今回楓がこのような行動を起こした理由は一つ、夏希である。自分の心意気、言い換えれば信念ともとれるそれを一人の女子のために捻じ曲げた。
楓にとって夏希とはそういう人物なのである。
戦闘が起こる可能性があるため迂闊に外に出るわけにもいかず、退屈な日が続く。しかし解放への期待ゆえか誰も騒がずその日を待っていた。
それはあっという間に過ぎ、約束の日が訪れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます