第2章 帰巣帰正篇
第17話 人形
戦闘が終わった帰り道。帰り道といっても帰る場所がないので、四人はそこら辺を歩いていた。……彷徨っていたという方が正確かもしれない。
「んでーどーすんのーこのあと」
葉月が眠そうに言うと
「そうだねーどうしようかねー」
夏希が同じように眠そうに返す。
「確かに早めに目的地は見つけたいね」
夏希がボヤくとそれに答えるように楓が提案する。
「じゃあ今晩の寝泊まりする場所探そうか。さすがにこんな危険な場所で野宿する訳にもいかないから」
「だからと言って人が集まり易い大きなホテルとかも危ない気がするね。いつどこで戦いを挑まれるか分からないわけだから」
楓の提案に未来が代案で返す。この未来の案は正しく、事実、大きなホテルではイベントが始まって以降、少なくない数の死体を生み出していた。
イベント、【スカルファロマ】が始まり早4時間。
すでに行われた戦闘は2桁には収まらず、それに伴い死体の数も増えていく。それが自分の命を守るための戦いなのか、生活のための戦いなのか、はたまた悪意をもったものによる戦いなのか。
それは神のみぞ知る。
水路を一本渡ったところに大きい公園があったためそこで休憩することにした。その公園は木が多く、水路も近いため涼しい公園だった。
しかし、ここでも争いの跡があり、恐らく数多くあったであろう樹木はすでに燃えて幹と枝だけになっていた。
「ひどいもんだな……もとの状態知らんけど」
「そうだねー……もとの状態知らんけど」
そんな思ってるんだか思ってないんだか適当な会話を楓と葉月がしている間に夏希は周囲の警戒をしていた。
「そんな気い張んなくても大丈夫だよ」
楓からすればこんな開けた場所での奇襲など不可能であり、ここに到着した時点ですでに索敵は完了していた。周囲に少し人はいるものの、本日行われていた戦闘のおかげで外で同じ場所に留まろうという人は少なく皆移動しているため公園にいる人間は多くなかった。
「あー疲れた」
そういって楓は芝生の上に座る。ところどころ禿げてはいたが、それでも緑色の芝は下の地面を隠していた。
「じゃあ私もー」
同じように葉月が芝生の上に座る。
「じ、じゃあ私も……」
少し照れくさそうにしながらも夏希は楓の隣に座る。
「……」
一瞬微妙な空気が流れたが、未来がこっちを見て微笑んでいるのに気づき、夏希は楓から離れた場所に座り直した。未来の笑顔はもちろん二人を見守っていたものでもあるが、真意は他にあった。
(随分と落ち着いているね……あんなことがあった後なのに……)
”あんなこと”がどれのことを指しているのかは定かではないが、それでも未来が三人……特に夏希と葉月に対して疑問を抱いているのは間違いなかった。
「じゃあ私も……」
未来が同じように座ろうとしたところで視界の端にどこかで見た緑色の服をとらえた。
「おや……君は……」
未来の声に三人が振り返る。
「「「!?」」」
未来の反応をみて楽観視していた三人はその姿を見て言葉を失う。それを見た楓は夏希を庇うため夏希の前に出る。一瞬遅れて葉月も楓の後ろに回る。
「なんでここに……!!」
楓をこの世界に送った畏怖の対象、人形のような少女、ミルがそこには立っていた。
「こんにちは、みなさん。今日は話があってきました」
ミルは三人の反応をよそに話し出す。
「今回、みなさんに会いにきたのはみなさんに頼みがあるからです」
「頼み?」
未来が恐れず聞き返す。その間、楓は感じる違和感について考えていた。
(違和感……こいつこんな話し方だったか?)
この世界に来て葉月や未来、夏希とは違う場所で目覚めた楓は目の前でミルが話すところを見ていた。
故に感じ取れた違和感。
「頼みというのは――」
話している途中で楓が口を挟む。
「お前……最初に説明してたやつとは別の人間か……?」
(というかこいつはほんとに人間なのか……?)
「どういうことだい?」
未来が不思議そうに聞く。
「こいつの説明はかなり近くで聞いていたが、こんな話し方じゃなかった。もっとカタコトで……もっと人形っぽかった」
「たしかに……」「言われてみれば……」と、葉月と夏希が後ろで呟く。
「ふむ、よく気づいたね」
ミルはにやりと笑う。
今までの人形のような顔からは考えられない顔だった。
「その通り。私はあの人形とは違うよ。あれは私を模して作った案内用プログラムだ」
ミルは嘲るように踊るように手を広げて話す。その様はまるで舞を踊っているようだった。
「あのクソプログラムのせいで私のイメージが台無しさ。私は私で好きに動けなくなってしまうしね。まあ、そのおかげでここに来れたんだけど」
「なに?」
楓の疑問を無視して続ける。
「まあそれは後でいい。本題に入ろう。君たちに頼みがあるんだ」
その顔にはすでに人形要素はなく、今は人形というより物語に出てくる悪魔のような印象だ。
楓たちはどうすることもできなかったうえ、なによりミルから敵意を感じなかっため、おとなしく話を聞くことにした。
「君たちに頼みたいのは、このゲームからの脱出だ」
「……は!?」
ミルからのまさかの提案に楓たちは驚愕の声を漏らす。
「できるんですか!?」
「いずれはもちろん帰りたいと思ってたけどこんな早くその話が出るとは……」
「帰りたいー!!」
「ふむ」
興奮する皆を宥めながらミルが続ける。
「うん。説明したいんだけど……まずはこのゲームについて説明した方がいいかな」
そういうとミルは真剣な顔で語り出す。
「このゲームは今現在とある男を中心に運営されている。男の名はアルテラ。アルテラ=ナイトホープ。私、ミル=ナイトホープの父親だ」
「新情報満載で頭が追いつかないな……」
「頑張ってついてきてくれ。私の父親はこのゲームを運営するにあたって案内役を求めた。そこで私を模したプログラムを作ったんだ。そこまでは良かったんだが……」
ここでミルの顔が暗くなる。
「それ以降、私は外出を禁じられた。本体がプログラムと同時に外にいるとバグが生じるらしい。私からしたら知ったことじゃない」
「なるほど……それが嫌になって俺らを頼りにきたわけか。お前のいうことを信じるならば……だけど」
そういいながら楓は疑いの目を向ける。
「ま、とーぜん信じちゃくれないよね。逆に安心したよ。これを簡単に信じる愚者じゃなくて」
「じゃあ……なにか信ずるに値する何かがあるってことですか」
未来が楓の後ろから前に出てくる。
「ちょ、後ろにいろって……」
「大丈夫だよ」
「にひ。じゃあとりあえずこれ見て」
そういうとミルは空間に手をかざす。するとその空間に映像が浮かぶ。その映像には秘密機関に出てきそうな大量のスクリーンとその真ん中に立つ男が写っていた。
「これは……?」
「このおっさんが私の父親。このゲームの運営者だよ」
「こいつが……」
その男は黒いローブのような服を着ていたがその上からでもわかるくらいの筋骨隆々という言葉が似合うような逞しい体で、その体格には似合わない黒髪の長髪だった。
「で?これを見てなにを信じろと?」
「気が短いやつだにゃー。これは情報。これから必要になるかも知んないでしょ」
呆れた様に言うミルに楓は渋々引き下がる。
「ああ……そーゆーね」
「んで、証拠のほうだけど先に言っちゃうと無い。だってどんなもの用意したって内部関係者な時点でいくらでも改竄できちゃうわけだからね」
ミルが悪びれる様子もなくいう。
「良くもまあいけしゃあしゃあと……」
「まあそう怒らんと。最後まで聞きなさいなー」
そういうとミルは手のひらからスライムのようなものを出す。
「これは私の友達からもらった人形で能力を無理やり動かす力がある。これを使って君たちを外に出す」
「能力を……?」
「一旦計画を聞いてくれ。三日後、最初にみんながいた場所に再び集められる。その際、能力を封じられるがこれを使って君たちの能力を使えるようにする」
「そこで反逆を起こせと?」
「ああ。ステージの奥に元の世界に戻るためのスイッチがある。それを君たちに押してもらいたい」
「……危険にも程があるね」
聞いていた未来が口を挟む。
「だな。こんなのやるやついんのか?」
不承諾の空気がその場に流れ始まると、ミルが急いで付け足す。
「話は最後まで聞いて。その際、私の父も登壇する。それに私が襲いかかる。それが開始の合図だ。その様子を見ていれば裏切るつもりがないのがわかるはずだ。もし少しでも不安なようなら動かなければいい。そしたら私一人が死んで終わりだ」
ミルの話を聞いて四人とも黙り込む。
(相手の出方次第か……危険だがもし戻れるのであればやる価値はあるか……)
楓は思案したのち一つの結論を出す。
「……わかった。ただし、やるのは俺だけだ」
「な!?」
「ちょなにいってんの?!」
夏希と葉月が驚きの声をあげる。
「これは危険すぎる。ハイリスクハイリターンの賭けだ。なるべくリスクは小さくしたい」
「一緒に戦った方がリスク少ないでしょ!」
「それはお前らが戦えればの話だ。ついこの前まで普通の中学生だったお前らに求める所業じゃあない」
淡々と説明するように話す楓に夏希と葉月は口を閉じる。
「ふむ。まあ変に戦えない子がいると邪魔になってしまうこともあるからね。今回は留守番の方がいいだろう」
未来が肯定するように頷く。
「そういうことだ。だから俺一人で――」
「ならば私と二人で行こう。神咲楓」
遮るように口を挟む。
「え……いや未来さんも危ないから……」
「それは戦闘経験がない人の話だろう?それなら心配無用だ。無駄死にするつもりはない」
ぐうぅと楓が唸っているとそれに追撃するように畳み掛ける。
「それにミルの父親、つまりゲームマスターが来るということは他の幹部連中もくるはずだ。それを一人で相手できるかい?」
「ぐうぅ」
「なんでもいいけどはやくしてくれーこっちも色々考えにゃならんのだ」
その後も楓と未来が言い争っていたがミルに急かされ、確固とした強い意志をその目から感じ取った楓は渋々それを了承。
ミルがもってきた計画は楓と未来の二人で実行することになった。
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