第15話 願望

「それだけの力を持ちながら君はなぜ反撃をしないんだ?」


 緑の声が建物に囲まれた広場に響く。


「反撃……たしかに一回もしてない……?」


 葉月がつぶやく。


「できなかったんじゃなくて?」


 夏希が疑問を口にする。


「いや……さすがにそれはない。だって楓だもん」


 夏希はその信頼感に多少の疑問を抱いたものの、楓だもんという文言に納得した。


「君はこの勝負において一度も反撃していない。最初は為す術がないのかと思ったがそれは違うようだ」


 座り込んだままの楓に気にせず話し続ける。


「短時間だけど相手として向き合ったからわかる。君の身体能力は常人のものではない。それに加え能力もあるはず。なにも出来ないなんてことはないんじゃないかな」


 楓はそれでも黙ったままだ。


「なにかあったのかい?」


 その言葉を聞きやっと楓は顔を上げた。戦闘中だということも忘れてしまったように虚な顔をしている。そして話し出した。夏希たちには聞こえないくらい小さな声で。


「俺は守るべきだった。守ることができたんだ」


 楓の脳内に浮かぶ戦慄の過去。忘却の彼方に消し去ろうとしても忘れることなどできない。

 そんな心の血栓はいつまでも自分の喉を締め続け、叩かれた胸が痛み続ける。


「もしあの時助けるために突っ込んでたら明は助けられても俺は死ぬと思ってた。それをなんとか言い訳にしてた……!」


 さっき再生能力の話をされて気づいてしまった。


「俺は死ななかった。俺は助けることができた……!」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。楓にとって友達を失った経験は初めてではない。

 しかし目の前で悪意のあるものに殺されたという事実はヒーローを志す楓にとって大きな傷として残っていた。


 その様子を見て緑は思案する。


(仲間を失っていたか……だが、失ったということよりも自分が守れなかった方に打ちのめされている感じだな)


 緑は自身の中に候補を挙げる。


――仲間を守れなかったことによる無力感か、それによる自身の欠如……だが仲間が死んだことより優先となると話が変わってくるな。


「……英雄症候群か?」



「英雄症候群」、ヒーローシンドロームとも呼ばれるその症状は誰かを助けたいという英雄願望が強くなる症状。


 しかし実際の病気ではないとされており、楓の場合は一種の拗らせた厨二病の末路である。



 楓の返答はなく一瞬静寂が訪れる。


「反撃しないのはそれが理由か……失意感と無力感で心がやられてしまったんだね」


「……わかったような口を聞くな」


 楓も呼応するように顔をあげて口をひらく。


「いきなりこんな意味不明な世界に飛ばされて……!夏希たちもいて……!守らなくちゃいけなかった!守りたかった!」


 また顔を下げる。


「でも無理だった。できなかった……!俺は……」


 言いかけたところに緑の蹴りが入る。大した威力ではないが楓は驚いて後ろにのけぞる。攻撃が再開されたのだと思い我に帰った楓は再び臨戦体制に入る。


 しかし緑にその様子はなく静かに近づいてくる。


「無理だった……ね」


 困惑の表情を浮かべる楓に声をかけるように話し出す。


「随分と成熟した子供だ。君が責任を感じる必要はないと言っても納得しないだろう」


 ならばと言い楓の目の前まで近づく。


「君はさっき”無理だった”、”できなかった”と言っていたが、成程確かにその仲間は守れなかったのかもしれない。でも果たして君の仲間はそれだけか?」


 緑は遠くで見守る三人の方を向く。


「まだ彼女らがいるだろう。君の守るべき相手が」


 緑は楓の方に向き直ししゃがんで楓と視線を合わせる。


「”無理だった”、”守れなかった”、ならば今君はここで何をしている?」


 楓の俯いていた顔が前を向き太陽の光に照らされる。


「……やっとこっちみた」


 楓にはもう緑の声は聞こえていない


(……そうだ。まだ夏希も葉月も生きてる。明を守れなかった。それはもう変わらない事実。果たしてそこで下を向いてうずくまってる時間はあるのか?)


「NOだ」


 楓はそういうとおもむろに立ち上がり前を向く。


「すみません。ありがとうございます。立ち直りました」


 緑は一瞬面食らったような顔をしたがすぐに先ほど同様戦いの顔に戻る。


「そうか。それは良かった」


「良かったんですか?敵を助けるようなことして」


「良いよ。私には子供をいたぶる趣味はないんでね。降参しないならある程度抵抗してもらった方が良い」


 楓はその言葉を聞いてすこし微笑む。


「ある程度……ですか」


 緑が不思議そうな顔をするが楓は無視して続ける。


「構えた方が良い。申し訳ないですけど助けてもらったからって容赦はしませんよ」


 殺気を感じ取った緑が体を後ろに引く。


「こんなところで止まってないで……やらなくちゃいけないことがあるんでね!」


 楓の全身に力が入る。


血液操作クレイドルブラッド


 そう呟くと楓の体が赤く染まりドッドッドッという重低音が鳴り響く。


 体内での血液操作により血中成分を操作。それに加え血液の流れを通常時より加速させる。この二つによりもとより高い身体能力をさらに上昇させる。


 前者はともかく後者は心臓にとてつもない負担をかけるが、持ち前のタフネスと再生能力でなんとか耐えていた。


(思ったより痛いし苦しい……けどこのくらいなら問題ない!)


 楓は緑に向かって駆け出す。と言っても緑の目に駆け出す楓の姿は捉えられなかった。緑の目が次に捉えたのは大きな手だった。それは緑の頭を掴んだ楓の手であり、それに気づいた時にはすでに投げられていた。


「ぐっっっ!?」


 投げられた緑の体は広場を通り抜け反対側の家に直撃する。衝撃が内臓に到達し、呼吸が乱れる。


「かはっっっっ」


 呼吸を整えようと姿勢を正す。その時、視界の端に影をとらえる。とっさに腕で防御するもガードの上から殴られる。

 しかし今回はぎりぎり反応が間に合った。


重力操作バリティエータフロント!」


 重力を自分の正面に向けることで楓の拳の勢いを殺す。しかしそれでも相殺し切ることは叶わず吹き飛ばされ地面の上を転がる。

 そのダメージに加え、飛ばされた方向とは逆に重力を働かせることでとてつもないGがかかったことにより、緑の体への負担は限界が近づいていた。


 楓は一度追撃の手を止める。


(一度方向転換をすると反応が間に合っちゃうな……直線でゴリ押すか)


 そう考えた楓は前傾姿勢になりまさしく瞬間移動のようなスピードで加速し緑に蹴りを入れる。先ほどの緑のようなライダーキック。当然躱すことは叶わず直撃する、が――


重力操作バリティエータダウン!!十重掛ディカプル!!」


 直撃とほぼ同時に緑は能力を発動。楓は地面に勢いよく叩きつけられる。


 その重力、10G。楓の肉体に800kgの負担がかかる。


「ぐうっっっっ」


 体外へのダメージはともかく体内へのダメージは楓の許容を越え、体が悲鳴を上げる。筋繊維が弾け内臓が潰れ脳が揺れて眼球が飛び出しかける。それに加え心臓への負担が許容を超え能力の解除を余儀なくされる。


 その状態では10Gに抗うことは困難で地にふせる形になる。


「ごほっげほ」


 能力で押さえつけたとはいえ一度楓の蹴りが直撃したため緑の体にも激痛が走る。


「……私はこのまま能力をとかない。その代わり私も動けなくなってしまうがこの状態なら問題ない」


 痛みに耐え、なんとか立った状態を維持しながら緑が話し出す。


「いくら君といえど10Gにいつまでも耐え続けるのは無理だろう。死んでしまう前に降参してくれ」


 楓は今出せる力を振り絞り足を立てる。


「ぐっっがああああああああああああああ!!!」


 なんとか足を踏ん張り反対側に飛ぶ。それと同時に血の温度を上昇、爆発させることによって加速し3メートルの効果範囲から抜け出すことに成功する。無理やり抜けた反動で足の骨が折れるが10秒もしない内に回復する。


「驚いたな……あの状態から抜け出すとは。たくましいにもほどがある」


 驚きを口にするがそれでもまだ緑には余裕があった。


 能力を解除することなく未だ自分の周囲3メートルの範囲には10Gの重力がかかっている。指定したのは”自分以外のすべて”


 それは何物も立ち入れない不可侵を意味する。


 虻月 緑の奥の手であり自衛のための最終手段。楓は体力を回復させながらどうやって突破するかを考える。


(10G……思ったより強いな……能力をフルで使って駆け抜ければ攻撃できる可能性はあるが、失敗したときのことを考えると他にもっと確実な手段が欲しい)


 辺りを見回すがこれと言ったものはない。


「仕方ない」


 そういうと楓は能力で手首から血液を出し、剣の形に固める。×100。百本にまで増えた剣を少しづつ緑に向かって飛ばしていく。能力による遠隔操作と血液の爆破による加速で手を使わずとも一直線に風のようなスピードで飛んでいく。


 そのかんに楓は移動する。


(追わなければ!)


 そう思った緑だがその思考とは裏腹に目は剣を追っていた。こちらに飛んでこようと10Gの重力の前には意味なく叩き落とさせる。緑も理屈ではわかっている。


(分かってはいる……分かってはいるが……!)


 これまで戦闘とは無縁だった人生。この世界に来て3日目、だんだん慣れてきたとはいえまだ恐怖心はある。それに加え刃物というわかりやすく傷つくものはさらに恐怖心を感じさせる。

 緑には能力を信じて剣から目を離すことができなかった。





「や」


「「わあ!」」


 楓が三人のもとに訪れる。


「楓……!?大丈夫なの?」


「なんとかね」


 夏希が心配そうな顔で寄ってくるのを受け流し本題に入る。


「いきなりで悪いんだけど……ちょっと試したいことがあるんだ」


「?」


 三人の頭の上に?マークが浮かぶ。


「ちょっと手伝ってくれる?」





「はあ……はあ……終わった」


 全ての剣を防ぎ切った緑は想像以上に消耗していた。本来なら休まるはずだった敵が逃走した場面でもこちらの命がかかっているとなれば話は別である。


「どこいった……あいつ」


 その場を離れることはなく能力も発動したまま楓を探す。


(まさか……このまま体力切れを狙うつもりか……!?)


 この奥の手の弱点。それはこちら側から何もできないということ。


 この奥の手を使っている間、自身は動けなくなるため相手からこちらにきてくれない限りこちら側からは手が出せない。普通はそれでも良いのだ。こうしてる間にだんだんと傷は癒えていく。


 重力で広範囲を攻撃できる能力を持つ上にそれを瞬時に行えるだけの脳と身体を持つ緑から逃げ切るのは容易ではない。いずれ追い詰められてじわじわ殺されるのがオチだ。


 普通ならば。


 楓はおよそ人の目には捉えられないようなスピードで動くことができる。直線であれば重力の発動前に攻撃を当てることすら可能。そうなれば先に削り殺されるのは緑の方である。


(だとすればまずいな……)


 そう考えた緑は一瞬能力を解く。その瞬間、待っていたかのように家の中から先ほどの剣が飛んでくる。


「ちぃっ!」


 剣が緑の肩を掠める。


重力操作バリティエータダウン!!十重掛ディカプル!」


 先ほどと同じ奥の手。


 緑の周囲に10Gの重力がかかる。


「……だよな」


 そう呟くと家の中から壁をぶち破ってでてきた楓が叫ぶ。


「未来!!」


(!?……なんだ!?)


 それを聞いた緑は警戒する。この時点で能力を解く選択肢はなくなる。


 それが罠だとも知らずに。


「なにっっ……!」


 緑の体から血が吹き出す。


 緑の腕が切り落とされていた。


 他にも切り傷が身体中にあらわれく複数箇所から血が吹き出す。


「ぐああああああっっ……!!なんだ……!?何が起きた……!?」


 楓の能力「血液操作クレイドルブラッド」は血液を操作する。その操作対象は血液中の成分にまで及ぶ。

 今回楓が操作したのは”ヘモグロビン”、血液を赤く染めているものである。人間の体から出る涙や汗は血液からヘモグロビンなどを除いたものだ。今回楓はそれを能力によって人為的に行ったのである。


 その結果、透明な血液で作った不可視の剣が完成する。


 それを姿を表す前に緑の頭上に仕掛けておく。その直後に家から剣を投擲することによって頭上を注視することを避け、奥の手を使わせる。


 普段の緑なら冷静に対応しただろうが、極限状態にある緑にそんな判断ができるはずもなく安牌の奥の手を発動してしまう。その結果、頭上に配置してあった透明な剣が10Gの重力で加速し自身の身に落ちてくる。

 剣は緑の腕を切り落とし身体中に傷をつけた。


「ぐううううう……!!」


 緑は痛みに悶えていたが、こちらに向かってくる楓が視界に入り体制を立て直す。先ほどの攻撃を警戒し、これ以上の追撃をさけるため奥の手は解除。


重力操作バリティエータフロント十重掛ディカプル!!」


 向かってくる楓を遠くに吹き飛ばす。


 その瞬間、空が割れる。正確には目の前の空間が割れた。


「は……?」


 緑の視界の先には飛ばしたはずの楓はおらず、そのかわりに一本の剣が飛ばされていた。


 ズンッという鈍い音が緑の背後でなる。そこにいたのは先ほど飛ばしたはずの楓だった。


「悪いな……ありがとう」


 楓は緑に向かって拳を打ち込む。楓の全身全霊、心身ともに限界が近い楓の渾身の一撃。無論、能力は間に合わず緑の腹部に攻撃がもろに入る。


 声を上げる間もなく緑は彼方へと吹っ飛び――


 パンパカパーンという間抜けな音と共に勝者 神咲 楓の文字が宙に出る。


「ぎりぎり……だったな……」


 この戦いの勝者は神咲 楓だった。

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