第14話 緒戦
「君に勝負を申し込む!」
「……は?」
それは突然のことで楓含め四人の動きが一瞬止まる。時が動き出した時には広場のほとんどの人たちの視線が四人+一人に集まっていた。
「……俺ですか?」
「君、そう君だ。君に勝負を申し込む」
楓の抱いた感情は焦りというより困惑だった。
(なんでこのタイミングで!?こんなに人がいるところで!しかもよりによってなんで俺なんだ……?)
対戦を申し込んできた女は白衣のような白い服を着ており整えられていないぼさぼさな黒髪に赤い眼鏡をしていた。楓から見た推測の年齢は24歳くらい。なにか知性を感じる独特な学者のような見た目をしていた。
「どうして僕が……って感じの顔だね」
女は楓と目を合わせながらにじり寄る。
「理由は単純、視界に入ったから」
それだけと付け加えると女は困惑している楓たちにさらに近づき自己紹介を始める。
「私は
力強く目を見開き大きい声でそう言うと重心を低く構える。
「ちょっとまて!いくらなんでも……」
「拒否するのかい?それならポイントを払えばいい」
(ダメだこいつ話が通じない、まともじゃない!)
対話による解決を半ば諦め楓も構える。
「みんなさがってて、明日野さん二人をお願いします」
「さて……」
二人の視界に”BATTLE START"の文字が出る。
その瞬間、文字に隠れるように緑が楓に向かって踏み込む。楓は一瞬遅れて反応し、後ろに飛び退く。
二人の戦闘が始まった時には広場の人たちはすでに離れ遠くからその様子を傍観していた。
緑がさらに詰め寄る。速度は標準程度。楓は余裕を持って方向転換し反対方向に逃げる。
(これ以上後ろにいくと夏希たちを巻き込んじゃうな)
「どうした?攻撃してこないのか?ならこっちからいくぞ!」
緑の周りの地面が歪み、ひび割れる。まるでなにか重いものがそこに置かれたかのように。
「
そういうと緑は楓に突っ込む。
(疾い!)
先ほどまでとは比較にならない速さで近づき拳を楓目掛けて突き出す。
「
「なに……っっっ!?」
緑がつぶやいた直後、楓の体は地面に密着していた。正確には地面に叩きつけられた。
(これはっっ……重力か!)
倒れ込んだ楓に対し規格外の速度で足を下ろし踏みつけようとする。掘削機のような勢いのスタンプは石のタイルを砕き、下のコンクリートにヒビを入れる。横に転がり回避した楓は全身の力で踏ん張りなんとか立つことに成功する。
「よく躱した。すごい力だな」
楓は全身力みながらも思考を巡らせる。緑が近づいてくる前に持ち前の瞬発力で離れる。
「ここか」
ある程度離れたところで体への重みが消え、普通に立つことに成功する。
「さすがに効果範囲はあるっぽいね」
楓の推測通り緑の能力「
重力の強さはもちろん向きも変えられる。
近づけばほとんどの場合一方的に勝ちを取ることができ、この能力で緑はすでに初戦を含め4勝している。
だがもちろん弱点はある。
(ここからあの女……緑だったか?まで約3メートル。そこまで範囲は広くない。それに加え――)
緑は自分の前方に向かって重力を向ける。かなり特殊な状態だが、緑は持ち前の身体センスでこの能力をものにしていた。
3メートル以上あった楓との距離を一瞬で詰める。それも走ってではない。前に跳ぶような形で。正確には前方方向に”落ちて”である。
楓に向かって拳を振るうが――
「ありゃ」
空振り。
(まるで拳が来る場所がわかっているかのような動きだった……)
避けた先で楓は一人口角を上げる。
(やはり間違いない。範囲が広くないのに加え、指定できる方向は上と下と前と後ろの四つだけ。そこまで絞ることができれば拳を交わすことなど容易い。自分が落下してる状態でできることなどそこまで多くはない)
攻撃を躱された緑もまた思案に耽っていた。
(今の避け方……指定できる方向の制限がバレてるっぽいな。距離の取り方からして効果範囲があるのもバレてる。しかも相手の能力がまだわからないのが痛いな……さてどうするか……)
楓の動きに注意しながらもゆっくり歩み寄る。先ほどまでとは違い、動きが読まれカウンターされるのを考慮しゆっくり動く。それでも楓は動かず相手の出方を伺っている。
(やけに慎重な動き方だな……ならば!)
「
そういうと緑は靴に仕込んだアンカーを起動。自身の体を地面に固定し自身の2メートル右前方にあった包丁を重力で自分の方に引き寄せ手に取る。
「先ほど人がばらけた時に自衛用の包丁を落とした人がいたのは気づいてたんでね。君はいきなりでそんな余裕はなかったと思うけどっ」
そういうと同時に包丁を楓の頭部に向かって投げる。
「
包丁が重力によって加速し、弾丸のような速度で飛んでいく。それに乗るように靴のアンカーを解除し前に出る。
楓はもちろんそれを躱す……がそれは想定済み。
「
それと同時にアンカーで固定。楓と投げた包丁が緑の方に落ちてくる。
無論、包丁は柄の方を向けて飛んでくる。だが――
「これでいい!」
しかし鬼神のごとき肉体をもつ楓ならば地面に手をつき耐えることは可能。それは楓がしゃがむことを意味する。
頭部に向かって投げられた包丁はそのままの高度を保ったまま緑の方に落ちてくる。
それをキャッチし能力を解除。そのまま楓のところまで接近。
「こういうことだ!
手に持った包丁が加速し楓の脇腹を
「ちっおしい」
手を外側へ返し切りつける……がすでに楓はそこにおらず距離をとっていた。
「ぐっ……」
楓は少し痛そうなそぶりをしたもののすぐに平静を取り戻した。先ほど与えられた脇腹の傷はすでに完治していた。
「回復はっや!再生能力持ちか!」
楓は自身で気づいていなかったが再生能力をもっていた。これは彼特有のものではなく能力に付随されたものだった。
このゲームには能力以外にプレイヤーに付与されたものが二つある。
それが「身体強化」と「回復能力」である。
これはゲームの快活な進行のためのものである。「身体強化」は言わずもがなある程度の身体能力の上昇。元々動けないような人物でもある程度動けるような身体能力が保証される。楓は元の身体の力が人並み外れているためこの変化に気が付かなかった。
もう一つの「回復能力」はその名の通り、受けた傷を治癒する能力である。治癒の時間は楓の持つ再生能力とは比にならないほど遅く、ゆっくりと回復していく。時間はかかるがある程度の傷なら治すことができる。
ついでに服も。
(再生能力?そんなもんあったのか)
楓は緑の発言を聞いてここに来てからのことを思い返す。
(そうかだからあの拳銃野郎と戦った後傷が治ったのか……服もそれだろうな……それから――)
楓の脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。
その場で楓の足が止まる。
「再生能力を持ってるなら話は別だ!」
そんな楓のことは他所に緑はさらに追撃体制に入る。
「ちょっと痛くするよ!
4Gの重力が緑の体の前方へかかる。
それと同時に飛ぶことで超加速を実現し、強化された身体能力によって蹴りをくりだす。ライダーキックのような形になった蹴りは楓の腹に直撃。腹部への衝撃によって胃の内部の圧力が上昇し破裂する。
同時に吐血、楓は奥の家まで吹き飛ばされた。
緑の能力「
弱点を挙げる時に能力の対象に自身も含まれることを挙げなかったのはこのためである。
緑が普段からこれを使わない理由は一つ。相手を殺してしまう可能性があるからである。相手を吹き飛ばす威力の攻撃。普通の肉体なら即死クラスである。
(この子はどうやら再生能力持ちみたいだからね。多少無茶しても大丈夫だろう)
緑の予想通り崩れた住宅の中から楓が瓦礫をどかし出てきた。怪我はほとんど治癒していたが顔は下を向いていた。
「やはりタフだね。一回
そういうと先ほどと同じ要領で超加速。楓はそれに気付き躱そうとするも躱しきれず蹴りが当たる。
しかし今回は前回と違いそれだけで終わらなかった。
「らあ!」
吹き飛ばされた楓の頭を掴みぶん投げる。
「
今回は能力対象に楓を指定。能力の効果範囲である3メートルを抜けるまで5Gで投げられた方向に落ちていく。範囲から出る前に噴水にぶつかる。
5G+緑の投擲によってとてつもない勢いでぶつかった噴水はドカアンという鈍い音とともに崩れ落ちる。
「っっぐうぅぅ……!!」」
楓の背中に激痛が走りうめき声が漏れる。当然、背骨は折れ、その衝撃は脊椎まで到達する。再生能力をもってしても痛みが消えるわけではない。痛みでうずくまっているとあと何発か入れれば降参すると踏んだ緑が追撃に入る。
痛みで悶えている楓の上に跳ぶと
「
高速で落下する。
楓はぎりぎりのところで転がって回避する……が
「それはさっき見た!」
回避したところを回し蹴りでとらえる。そのままの勢いで楓に突っ込む。
「くっ」
殴られるのを防ぐように顔の前で腕を交差させる。だが、突っ込んできた緑はその手を掴み自身の体をアンカーで固定する。
「
手を掴まれていたためすぐに逃げられずに能力の影響を受けて楓の体が宙に浮く。楓がなんとか姿勢を正そうと手足をもがくも意味はない。空中の楓と地上の緑の視線が交差する。
それはまるでこの勝負の勝敗を告げているようだった。
「
宙に浮いていた楓の体が思い切り地面に叩きつけられる。
「がっっっっっ……!!」
8Gの重力がかかった楓の体は骨と肉が軋む音を奏で、叩きつけられた地面は巨大なヒビを生んでいた。
「楓……」
夏希が心配そうに声をあげる。葉月も心の底で楓の心配をしていた。
誰の目に見ても勝負はついていた。
しかし――
「……勝利演出がでないということはまだ戦える状態ということかな」
バキっパキという音と共に楓が起き上がる。
「嘘だろ……?」「なんで生きてんだ……?」というような困惑の声が周囲から上がる。
「楓!!」「神咲!!」
夏希と葉月が同時に楓の名を呼び彼の無事に安堵した。しかし楓はまだ黙ったままだ。
緑が楓に歩み寄る。
「君は思っていた以上にタフなようだ。ならばこそ
緑が核心をつくように楓に問いただす。
「それだけの力を持ちながら君はなぜ反撃をしないんだ?」
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