第13話 催事
葉月が目覚めるとすでに楓はおらず、外は明るくなっていた。
「かんざき〜どぉこ〜」
眠い目を擦りながらテントから這い出る。
「よくそんな呑気に寝れるな……」
楓は近くのベンチに座りながら葉月の方を向く。
「案外神経図太いのね」
「そんなんじゃないけどーだって疲れてたし……精神的にー」
「ぐ……すまん」
「別にいーけどーてかもう大丈夫なの?」
「大丈夫……ではないけどだいぶ良いよ。迷惑かけた」
「大丈夫ー。なら良かったー」
楓の顔はまだ暗いままだったが昨日よりは明らかに良くなっていた。葉月もそれを見て、心の中で少し安堵していた。
そんなことを話しているうちに隣のテントから夏希が這い出してきた。
「……おはよ」
「うぇ……あ……おはよ……」
楓はいきなりの挨拶に驚きつつもなんとか返答する。
「ペンギンの鳴き声みたいな声でてたよ」
夏希が
「……え、あーそーなの。俺ペンギンの鳴き声わかんない……」
「そか……」
本来であれば葉月がフォローすべき空気なのだが葉月にそんな芸当ができるわけもなく地獄の空気が完成していた。
(明日野さんいないのーー!?はやく出てきてーー!)
「おや、みんな起きたのかい」
すでに起きていた未来は木陰からこちらに近づいてきた。
「明日野さ
「明日野さああああああん!!」
楓が声をかける前に(というより遮って)葉月が未来に駆け寄っていった。
「よくわからないけど大変だったみたいだね」
「いや……まあ」
楓がそれとなく微笑むも、葉月が「まじで無理」だの「助けて」だの喚いているせいであまり効果はなかった。それでも未来は落ち着いた笑みを絶やさず、にこやかにこっちの様子を伺っていた。
「大丈夫かい?」
未来が二人に向かって聞くと、楓と夏希は目を合わせ
「大丈夫……だよな?」
「うん……大丈夫」
と、それっぽく返事をするもまだ二人の間には溝があった。無論、そんな間を未来が見逃すわけもなく二人の仲が回復していないのは気づいていた。
しかし、この世界にきて三日目、今日来た”メッセージ”を見ていた未来は二人のバツが悪い表情を無視した。
「みんな起きたところで端末を見てくれるかい?」
三人が端末を確認すると全員にメッセージが来ていた。
メッセージ
今日からイベント【スカルファロマ】が始まります。
【スカルファロマ】は対人戦イベントです。
今まではあらゆる戦闘から逃亡していたプレイヤーも多かったと思いますがこのイベントにおいてそれは機能しなくなります。
このイベント開催中はプレイヤーが他のプレイヤーに対して対戦を申し込むことができるようになります。
申し込まれたプレイヤーは5000ポイントを消費することで対戦を拒否することができます。
対戦形式は「
勝利条件は相手の戦闘不能もしくは戦意喪失。
戦いが終わった後、敗者は勝者に50000ポイントを差し出さなければなりません。
以上。みなさんの健闘を祈ります。
「……えぐいな」
「だねー」
メッセージを読み終わり重い空気が流れていた。
「問答無用で戦わせようって感じだね」
「戦いを回避するためにはポイントが必要だがそのポイントを稼ぐためには戦わなくちゃならないってわけだ」
「え、無理なんだけどー……どうしよー」
「なんにせよこの場所に止まるのは危険かも知れないね」
「ですね。移動しないと」
夏希と未来が移動の準備を始めるがそれを楓が制止する。
「ちょっと待って。その前に確認したいことがある」
そういと楓は葉月に向かって
「横澤葉月、お前に対戦を申し込む」
と、宣言した。
「へっ?」
呆気に取られた様子の三人。
「ちょっ神咲!?なんで!?」
「落ち着け、ちょっと試しただけだ」
楓は慌てる葉月を落ち着くよう
「試すって何を!?」
「申し込み方とその後の対応」
葉月はキョトンとした顔で首をかしげる。
「メッセージには申し込んだらとあったがゲームにはよくある対戦ボタンみたいなのが端末に見当たらなかったんでな。声で試したんだ」
「でっでもこれ戦闘不能になるか戦意喪失しないと終わらないんじゃ……」
「ああ、だからしてくれ」
「え……あ、参っ……た?」
パンパカパーンという音と共に勝者 神咲 楓 の文字が出る。
「やっぱりこれでいいっぽいね」
葉月が「怖かったー」といいながら安堵の顔で膝から崩れ落ちる。見ていた未来が疑問を口にする。
「これでいいのであれば無駄な血が流れることはないんじゃないか?ポイントを払わなくてはいけないとはいえ戦いが始まった瞬間降参すれば良いだけだろう」
楓はその質問を待っていたかのような口振りで答える。
「いや、そういうわけにもいかないみたいです」
「どういうこと?」
「さっき葉月が降参をしたとき俺の頭の中に選択肢が出たんです。”受理する”か”受理しないか”って」
「頭の中に?」
「ええ、目の前に画面がでてきたイメージですね。それをマウスを操作するイメージで”受理する”を選んだんです」
「なるほど。それで君の勝利になったわけか」
「つまり勝者側の裁量で決まるようです。結局は殺し合いだ」
「ルール説明が嘘にも程があるね。こちらに解釈を求めくるタイプだ」
未来が呆れたような顔をする。
「ポイントについてもですね。葉月、端末見して」
「うぇ?これ?」
まだ先ほどのショックが抜けない葉月が地に膝をつけながら楓に端末を渡す。
「……やっぱりマイナスになってる」
葉月の端末は先ほど楓に先頭で敗北したため、50000ポイントを徴収されマイナス50000ポイントという表記になっていた。
これからどれだけの期間をここで過ごすのかわからない状態でポイント、つまり通貨がマイナスになるのは致命的であった。
「まあ葉月はずっと俺らと一緒にいるだろうし大丈夫かな……」
(問題はミッション②だが――)
楓はミッションの期限がわからない以上、早めに行動した方がいいのは理解していたが、夏希たちに戦闘させるのを嫌がり話に出すのを避けていた。まだ大丈夫だと自分に言い聞かせる。
その後も楓と未来はこのルールについて話していたが、元気を取り戻した葉月が速くこの場を離れようとしているのを見て会話を取りやめこの場を発つ準備を始めた。
「明……行ってくるよ」
楓が墓の前で呟く。その表情は、まだ感情が整理できた様子ではなかった。明から貰った形見を握り締め、三人の元へ向かう。
特に目的地もなく歩いていたがなるべく人通りが多い場所を避け、静かに移動する。その道中、夏希と葉月に先ほどの話をしておいた。夏希はもとより、葉月も一瞬曇った表情を見せていたが、ふっきれたのか案外速く元気になりその後はあまり気にしていない様子だった。
楓はこれが少し意外だったが、好都合。無事に歩を進めることができた。
人通りの少ない道をいくと当然悪いこともある。四人が歩いていると目に前に赤黒く変色した死体が転がっていた。
「うわあ……」
グロい光景に葉月は目を背ける。
「イベントの影響だろうね」
未来は楓に話しかけたつもりだったが返事はない。楓は変色した死体を見て明のことを思い出していた。正確には忘れていたわけではない。
なるべく頭の中に浮かばないよう蓋をしていた。その蓋が外れたのである。
「楓……大丈夫?」
夏希が不安げに覗き込む。
「ああ、大丈夫」
楓は気まずげに目線を逸らしながら答える。
目的地がないためまっすぐ進んでいると人が集まっている広場に出た。真ん中に石造りの噴水がある、MMORPGによくある感じの広場だ。
「人がたくさんいる場所にでてしまったね」
「
四人はヴェネツィアに来たことがあるという未来のなんとなくの道案内で進んでいたがその未来もこの広場は知らない様子だった。
「とりあえず端行こ。真ん中にいるのはまず――」
「君に勝負を申し込む!」
「……は?」
あっけにとられていると声が聞こえた方向から白衣のような白い服の女が近づいてきた。
「君、そう君だ。君に勝負を申し込む」
女は楓と向き合うと大きい声でそう宣言した。
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