第12話 挫折
イタリアのヴェネツィアによく似た街で能力を用いた殺し合いのゲームが始まった。その一角、公園の近くの閑静なホテルで事件が起き、大きな爆発音と共に一人の死亡者を出した。
しかし街ではその事件のことを話すものなど一人もいない。楓たちは知る
そんな夜も明け黎明を迎える。混迷と叫喚を携えた新たな1日が始まる。
楓は地面に突き刺した棒の前で
あの後、フードの人物は表れなかったため、建物の倒壊を危惧した未来が夏希と葉月を建物から運び出した。楓は声をかけても反応がなかったためやむを得ず一旦放置。そのままそこに座りこんでいたがすぐに明の遺体を持って外に出てきた。
明の遺体といっても原型をとどめているのは頭くらいで、あとは潰れてぐちゃぐちゃになったのを楓がかき集めてきた。特に何を発するでもなく黙り込んだまま地面を掘り、遺体を埋め、棒を突き立て墓を作った。特に何をするでもなくずっと墓の前で佇んでいる。
夏希たちが何度か声をかけたが特に反応はなくただ遠くを見つめていた。
そんな時でも同じように時間は進む。そのまま時計の針は下を差し日は暮れていった。昨日のことが嘘だったかのように今日は何も起きず、楓以外の三人は近くの公園で過ごした。未来目線二人のショックは案外少ない。昨日初めて会った葉月はともかく夏希までもが我関せずなのは意外だった。
三人が公園に居座ったのは楓のためである。あの状態の楓を放っておくわけにもいかない。だからと言ってできることもなかったため、せめて楓が見える範囲にいることにした。
沈黙と残響の中、夜の帳が下りる。
「仕方がない。今日はこの公園に泊まろう」
未来が動かない楓を見て提案する。二人もそれに納得したようでなにも言わずに首を縦にふる。未来の予見ははずれ、二人も前からの友達だった楓ほどではないがそれなりのショックを受けていた。
「実際襲われるなら中より外の方が対処はしやすい。問題は周りの木だね」
実際に敵に襲われる場合を仮定すれば未来の能力を使う上でも屋外の方が対処はしやすかった。しかしそれは襲われた場合の対処であり、襲われる可能性の話をするのであれば屋外は室内に比べて圧倒的に危険であった。
「葉月。君の能力でこの木切れないかな」
「できるかも。やってみるー」
葉月の手がチェーンソーに変わる。
葉月の能力、
この能力の真髄は変化させたものがそのものの機能を持つ点である。今回は周辺の木を切るために自身の手をチェーンソーに変化させた。手が変化したチェーンソーは電源がないにも関わらず駆動音を鳴らし、動き出した。
ここまでが葉月が能力説明の際にみんなに話した部分。
ここからが話していない部分。
一見とても強い能力に見えるこの能力にも弱点はある。
一つは変化させる部分が変化させるものによって固定されているということ。例えば、チェーンソーなら腕、乗り物なら足、大きな盾などの一定の大きさを超えたものなら背中と変化する部分がものによって決まっていた。
二つめは一度変化させると少なくとも10分の間、元に戻したり他のものに変化させたりできなくなってしまうことだ。
チェーンソーに変化させた腕を横に振り木を切ろうとする。しかし、木が思ったより太く切るのに想像より時間がかかってしまった。葉月は木を三本分切った後、つまり10分たってから未来に時間がかかる旨を伝えた。
「……あまり時間がかかってしまうと夜になってしまう。仕方がない。多少見晴らしは悪いが私の能力を使えばこれでいいだろう」
未来はすぐに了承するとどこからかテントを二つ出し公園に設置した。おそらく能力を使ったのだろうと葉月は予測したがその無駄のない自然な動きにどんな能力を使っているのかはわからなかった。
葉月には未来に能力について聞く度量はなかった。夏希なら聞けたかも知れないがその間に夏希は楓を呼びに行っていた。
「楓……もう夜だよ……危ないから行こ……?」
珈琲を垂れ流したような夕闇の中、今まで動かなかった楓がようやっと重い腰を上げる。その足取りは重く未だに立ち直れていないことが読み取れた。
少しづつ歩きながら楓が話し出す。
「俺はさ、守れてるつもりだったんだ」
木々に囲まれた無音の中、楓の声が響く。
「守れてるつもりだったしこれからも守るつもりだった。ヒーローみたいに」
「守れてたよ……今回は運が悪かったんだよ……」
楓は顔を歪ませる。
「守れてなかったんだ!世界のどこかには今も助けを求める人がいてそれを助けるのがヒーローなんだ!でも俺は、身近な人間一人すら守れなかった……!」
楓は今回の件で痛感してしまった。自分の限界に。
正確には守れなかったのではない。守らなかった。
楓は夏希を優先し、明を見捨てた。
それによって気づいてしまった。自分には守れない。自分には全員は守れない。
気づいてしまった。自分の限界に。
自分の無力感に。
「俺は……ヒーローになんて……」
「なんで……」
「え……?」
夏希の返答は楓が想像していた答えとは違っていた。
「なんで……そんなこと言うの」
「なんでって……」
「楓は……ヒーローなんだから。少なくとも私も葉月ちゃんも間違いなく楓に救われたんだよ」
夏希の感情の吐露。理由になっていない理由を迸らせる。夏希にとって楓は世界を変えてくれた人。あの夏の日以来、楓は誰でもない楓にとってのヒーローなのである。
楓にとって夏樹が自分に激情するのはめずらしいものであり一瞬呆気に取られる。
「あ、えっと……そうか。ごめん……」
「ごめんじゃない!」
「……えと」
「バカ!」
叫びながら夏希は楓の胸元を殴りつける。
「痛っっ」
夏希は振り返らずに反対方向に走り去る。
「なんだよ……急に……」
昨日のことを思い出し仕方がないかと思いながら目から水が垂れるのを感じ咄嗟に上を向く。先ほど殴られた部分が痛み、手を当てる。
「
殴られた部分がズキズキと痛み、その痛みは夜が明けても止むことはなかった。
「あ、夏希さん来たー」
葉月と未来のところに夏希が足音を鳴らしながら向かってきた。
「なんだあれ」
「さあ……?」
恐る恐る葉月が夏希に声をかける
「……なんかあったの?神咲は?」
「知らない!……どーせすぐ来るよ」
そういうと夏希はテントの中に入っていった。
「まだ、私たちのだとは言ってないのに……夏希ちゃん神咲となにかあったのかな」
「まあまだ中学生だ。こういうこともあるだろう」
「私もですけどね……」
少しすると楓がとぼとぼ歩いてきたので葉月が迎えに行き、そのまま葉月と同じテントで寝ることになった。
本当は夏希と楓がペアで同じテントに入る予定だったが夏希の様子を見て二人を離すことになった。
テントの中で葉月と二人きり。
「神咲……?まだ起きてるー?」
「起きてるよ。なんだ」
「そか……えへへ」
「……随分楽しそうだな」
「いや……そんなことはない!そんなことはないけど……神咲と二人でこうやって話すの久しぶりだなあと思って」
「そうだな。小学生以来か」
葉月は自分が9歳のころのことを思い出す。
あの頃はなにをやっても楽しかった。神咲と二人のことも多かった。
「懐かしいねー」
「……そうだな」
そういうと楓は黙ってしまった。
楓は自分が9歳の頃を思い出す。
あの頃は自分に今ほどの力はなく、ただ自分の無力感に打ちのめされていた。今のように。
それを思い出してしまった。
(こんな気持ちだったんだっけな)
まだ痛む胸を抑えながら想いに耽る。
葉月はそのまま眠りについた。
夜は更けていく。
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