第11話 遭遇

人は探す。  魂の在処を


人は委ねる。 心の在処を


人は辿る。 運命の在処を





「あ、帰ってきたー!」


 葉月が嬉しそうに声を上げる。それを見た楓と明はもう大丈夫そうだと二人で静かに微笑んだ。


「おう。ただいま」


 その後、四人でこれからの話をした。ポイントの入手法と使い方。それに加え、自身の運動神経や能力などの簡単な自己紹介。二時間ほどやった後、疲れたようで明と楓以外の三人は寝てしまった。


 学校の帰りに拉致られていきなり知らないところに連れてこられた挙句、いきなり殺し合いをさせられたのだ。当然である。


「また二人きりじゃねーか」


「だね」


 予想外の二時間ぶりの二人きりの時間。明は予定になかった話をすることにした。


「さっきはいろいろ言ったけどね。僕は君に感謝してるんだ」


「どした?急に」


 いきなりの告白に楓の頭にハテナが浮かぶ。


「葉月のこともそうだけどやはりみんなの精神的支柱になっていると思うんだ。楓は」


 まさかの答えに楓は面食らう。


「……は?どこがだよ。中心にいんのはいつもお前だろ」


 明は首を横に振る。


「いや、みんなをまとめるのとみんなの支柱になるのとでは別物だよ。君の力があるからみんな僕についてきてくれるんだ」


「ふーん……そーゆーもんかね」


「そーゆーもんさ。……それでなんだけどね」


 明の顔が真剣なものになる。楓もそれを感じ取って先ほどのこともあるため身構える。


「それで……なに……?」


「それで……もし、もしだよ?もし僕になにかあったらみんなのことを頼みたいんだ」


 明はそういうと、楓に何か渡してきた。楓はそれを受け取ると、露骨に嫌そうな顔をする。


「……やめよーぜそーゆーの。縁起でもない。まずみんなって誰だよ」


「みんなはみんなさ。夏希、葉月、明日野さんはもちろん。クラスのみんなのことも」


「……無理だよ。俺はみんなを導いていくとか向いてない。夏希一人で手一杯だ」


 楓が明の目を見て言う。


「だからお前は生き延びてくれ。俺のためにも。みんなのためにも」


 楓の言葉はすべて本心だった。今の楓にみんなをまとめるほどの余裕はない。明に生き延びてほしいのも無論本音である。楓は明のことを大切な友達だと思っている。


「ああ……そうだな」


 楓は普段明とこんな風に真面目に話し合うことはほとんどない。例え真面目な話であってもある程度ふざけ合いながら話を進めていくタイプだった。それでも話は纏まるし進んでいく。それは明の力であり、楓が明を信用していた理由の一つだ。

 今回は特殊な状況ゆえに起きたことだ。このゲームの慣れない状況下だから今後のことで緊張しているのだ。


 そう、思っていた。そう、勘違いをしていた。





「じゃ、おやすみー」


「おやすみー」


 ベッドは寝るところが三人分しかないため仕方なく楓と明は椅子で寝ることにした。


 初めは床で寝たが思ったよりも冷たかったし何より汚かったため、椅子で寝ることにした。椅子は素材が温かいもの(楓と明には何の素材かわからない)で出来ており、寝心地は悪くなかった。


 明はそのまま眠りについた。



 きいいい


 夜中、そんな音が聞こえた楓が体を起こす。


(隣の部屋の人か……今まで全く物音がしなかったけどやっぱ人いたんだな)


 楓は警戒しつつもまた椅子にもたれかかる。


 しかしすぐまた飛び起きた。今回は体を起こすだけで無く、椅子から立ち上がった。


(この足音……こっちに近づいてきてる!?)


「夏希!みんな!起きろ!」


 楓が大きな声でみんなを起こすと、驚いたように飛び起きる。葉月は起きるのが遅かったが明に何とか起こして貰った。


「どうした楓」


「足音が近づいてきてる」


 葉月が驚いた様な声を上げる。


「なんでー!?こっちなんもなくない?」


「ああ、無い。だからこそやばいかもしれない。このタイミングでのこちらとの接触……!なにか相談か……あるいは……」


 その足跡は楓たちの部屋の前まで来ると扉の前で止まった。


 向こうの様子を伺いながら明が声をかける。


「なにか用ですか?」


 返事はない。


「どうすr」


 楓が明に対応を聞こうとした瞬間、扉が吹き飛んだ。


 その言葉の通り、楓たちの方に扉が飛んできた。ぶつかる直前楓が扉を手で弾く。とても強い衝撃を受けたらしくその扉には大きな凹みができていた。


「ちっ」


 楓と明が構える。相手に敵意があるのは間違いないと考え、臨戦体制に入る。その者は大きなフードをかぶっていて顔を見ることはできなかったため表情を読むことは叶わなかった。


「さがって楓」


 明が一歩前に出る。


「明!?なにして……」


「大丈夫。安全第一。楓は三人を守って。僕が相手の情報を引き出す」


 そういうと明はその者に向かって歩き出した。


「気をつけろよ」


 楓の警告に明が軽く頷く。


 明が片手を腰の高さまで上げると体から光のようなものが湧き出した。


迷宮探児ラビリンス


 その光が明の周りを飛び回る。


 明がフードの人物に向かって走ると床が軋む音が鳴り、一瞬で距離を詰める。


「速い!」


 明はフードの人物の懐に潜り込むと足をかけ、体制を崩し腕を掴み床に押さえ込もうとする。それを受けたフードの人物は足を回すと明を崩し逆に押さえこもうとする。

 しかし明は足を崩され腰が反った状態から無理やり力で押さえ込む。


「強い……これが明の能力、迷宮革命ラビリンス!」


 明の能力、「迷宮革命ラビリンス」の効果は能力発動と共に自身の周りを飛び交う光の使役。明はこれを精霊と呼んでいた。

 精霊ができることは自身の身体強化から物品の運送、他者の強化まで多岐にわたる。


(今回、僕が使ったのは自身の身体強化。シンプル故に強力!純粋な身体能力で圧倒する!)


 明が押さえこみ切る寸前でフードの人物が懐から棒状の物体を取り出す。


「刀!?」


 明は驚きながらも身を捻り刀の一撃を躱す。フードの人物が持っている刀はでこぼこした物体を無理やり固めた様な形状をしていた。


 お互いに息を整え体制を立て直す。


 フードの人物が剣先を明に向けて突撃してくる。それより早く明が右側面に回り込み、そのまま右脇腹に拳を叩き込む。しかしクリーンヒットとはならず気色の悪い感触が明の手に当たる。


(なんだ?今の感覚……)


 一旦引くと再び距離を詰め、今度は左下から蹴り上げる。


「明!よけろ!」


 三人を守りながらも危険が迫った場合助けられる様な位置にいた楓が叫ぶ。


 楓の声を聞いた明が身を引くとすれすれのところをとてつもない勢いの”何か”がとんできた。その”何か”は宙を切るとその勢いが止まることはなく床に直撃する。その勢いの所為かフードの人物はふらつく。その隙を見逃す明ではない。すぐに蹴りを入れるため、床を蹴って近づく。


 しかしそこにすでに床はなかった。


 振り下ろされた”何か”は床を砕き下の階にまで届いていた。


(何て威力……!)


 五人揃って下の階に落ちる。未来は自分で、夏希と葉月は楓がかばって着地した。明も精霊によって底上げされた身体能力で危なげなく着地する。


 相手も同じ。何の憂慮ゆうりょもなく着地する。


 明は戦いながらも相手の能力が何なのか予想していた。


(床を砕く超パワー、さっきの打ち込んだ時の感覚……そして何よりさっき僕を襲った物体は……)


 明はある程度予想しながらもまだ確信には至れないでいた。


 ある程度相手の反撃に対応できる距離をとりながらも崩壊した瓦礫を避けながら相手に詰め寄る。それを見たフードの人物は壁側に飛ぶと壁を蹴り右側面から距離をつめ、明の拳を掴むと壁に向かって投げつける。


 明が勢いよくぶつかった壁は衝撃で壊れ隣の部屋まで明が飛んでいく。


「明!!」


 楓は明を庇うため自分も加勢しようとしたが、何かトラウマを思い出したかのような表情をした葉月が楓の服の裾を強く握っていたため、動くことができなかった。


 明は精霊によって背中への衝撃を緩和すると床で受け身を取る。しかし素人の見様見真似の受け身ではダメージの多くを受け流すことは難しく地に落ちた側の左半身に痛みが走る。


ぅ……なんだ今の……!腕が……伸びた!?)


 明は相手からの反撃があっても危険ではない距離にいた。それでも尚掴まれてしまったのは相手の腕が人体の限界の範疇を超えて伸びてきたからである。


 フードの人物はさらに追撃をしようと足元に落ちた瓦礫を投げつける。その速度も常人の体からは考えられない速度をしていた。明は反応できず直撃を予感して構えたが、ぶつかる直前でとんできた弾の様な物で砕かれる。楓が遠くから能力を使ったものだった。


 明は楓にアイコンタクトで礼を言うと、体制を立て直し精霊によって向上した動体視力によって体の動きを最小限にして二発目の瓦礫を躱す。

 相手の投擲とうてきに比べ最小限の動きで躱したため、動きの余裕ができたところで反撃する。床を蹴り一気に加速する。相手もそれを迎え撃つ様に瓦礫を投げつける。それを横にずれながら避けると瓦礫の山を蹴ってさらに加速。


 この戦闘が始まって初めて明の拳が相手の肉を捉える。フードの人物は楓の拳を顔面に食らい、弾丸のような速度で後ろに吹っ飛ぶ。

 その拳の威力も精霊で強化されたものであり、格闘経験がない明の拳でも十分なダメージがあった。


「よしっ!」


 見ていた三人が勝利を確信し声を上げる。それほどの衝撃が先ほどの一撃にはあり、楓も明にあれほどのパワーがあるとは思っていなかったため純粋に驚きと称賛の声を上げた。


 フードの人物が倒れこむ。動く様子もなかった。


 ――明目線では。


 ふうと息をつくと相手の様子を確かめるために近づく。


 楓はまだ警戒はしていた。しかしそれだけだった。今の明の戦いを見ていて手を貸したのはたった一回。それほどの力が明にはある。それに加え僅かに高揚感があった。誰もが一度は考えたことがある、ファンタジー世界での冒険。

 明と自分の力があればやれるかもしれない。そう考えていた。


 だから明が近づいた直後、フードから微かに見えた口元が笑ったことに気づくのも遅れた。


 楓は感じ取った。これはまずい。楓は明の勝利を労うため少し明に近づいていた。声をかけるのは間に合わない。しかし本気で加速して駆ければ間に合う。明のところに駆け寄ろうとした。駆け寄ろうとしたのだ。


 しかし楓の脳裏に一番に浮かんだのは――



 公園近くの閑静な街にとてつもない衝撃音が鳴り響く。


 正確には楓たちには何が起こったのかわからかった。しかしフードの人物から溢れ出た”何か”は部屋の壁と床を貫きホテルの外にまで達していた。


 崩れ落ちた瓦礫による土埃で視界が遮られる。


 夏希には一瞬のことで何が起こったのかさえわからなかった。夏希が目を開けると楓が夏希に覆い被さる様な形で膝立ちになっていた。どちらにせよ夏希のところには攻撃は届いていなかったが、どうやら自分を守ってくれたのだと夏希は判断した。


「よかった……無事だったか」


 楓は安堵した様な顔をしていたが、すぐに真面目な顔になると


「悪い夏希、急いで立ってくれ。まだ敵がいるかもしれない」


 楓のその言葉であれからまだそこまで時間が経ってないことを知るとすぐに立ち上がった。


 楓と手を繋ぎ警戒しながら他のみんなを探す。本当は大声で名前を呼んで探したかったが敵がまだいる可能性があるため大きい音は立てられなかった。


「いた」


 後ろから声が聞こえたので振り向くと未来が片手で葉月を抱えて、片手で”何か”を持ち上げこちらに向かって来ていた。


「明日野さん!無事だったんですね」


「うん。葉月くんも無事だよ」


「そうですか……よかった」


「あとは……」


 一番の懸念点。相手の攻撃を一番至近距離で食らったであろう明だ。楓はその瞬間すでに夏希の方へ加速していたため見れていなかった。


 警戒しつつも明の捜索を続ける。


「きゃっ」


 夏希が足を滑らせる。


「大丈夫か」


 楓と手を繋いでいたため、転ぶことはなかった。夏希が大丈夫と言い体勢を戻す。


 そのタイミングで目に入ってしまった。自分が何で滑ったのか。


「きゃああああああああああああ!!!」


 夏希の叫び声で楓と未来も気づく。


「え……」


 楓が”それ”が出てる部分に近づく。”それ”は瓦礫と床の間から出ており、グジュグジュと音を立てて赤い液体を吹き出していた。


 楓にとっては”それ”は疎遠なものではない。しかしそれは楓にとっての敵の場合。


 楓が恐る恐る瓦礫を持ち上げる。


 そこには見知った顔があった。クラスで笑い合っていたあの顔とはかけ離れていてもそこには確かに楓にとって大切な友人の顔があった。


 正確には王前明の首があった。


 胴体と呼ばれる部分は瓦礫で潰されており、左手の部分は相手の攻撃が当たったのか完全に削り取られていた。潰れた体からは”それ”――内臓が飛び出し、持ち上げたことによって擦れた瓦礫によってぶちゃっという音を立て潰れた。内臓、おそらくは腸とおぼしき肉塊は溢れ楓の足元まで落ちてきた。楓は足にぐにゃりという感触と生暖かい体温を感じた。その温度もすぐになくなり周囲と同様冷えていった。


 楓が膝から崩れ落ちる。おそらく夏希が後ろでなにかを言っている。それも聞き取れないくらいに頭が真っ白になっていた。


 なにも人の死に触れるのが初めてなわけではない。血も死体も内臓も見たことはある。それでも明は死なないと思っていた。これからもずっと一緒に戦っていくのだと勘違いしていた。


 これが冒険だと。これがゲームだと。勘違いしていた。


 殺し合いにも戦いにも慣れすぎていた。


 それが敗因。それがこの戦いの結末。



 楓はこの日初めての挫折を味わった。

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